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第三章「こんなモテ期はいやだ」7

 隣の教室を覗いてみると、藤本はまだ残っていた。

 一人席に座って、机に広げたプリントをあれこれ手に取り、何か書き込んだりしている。文化祭関係の書類かな。


 とりあえず、いてくれて助かった。明日になったら、案内役になる勇気がどこかに逃走していないとも限らない。


 何と声をかけるか悩んだ挙げ句、無言で奴の前の席に座った。

 そして早くも失敗した気分になった。仲のいい奴相手にならともかく、それほどでもない奴に無言で近寄られたら、気持ち悪いんじゃないだろうか。


 しかし藤本は、「ああ、流森くんかあ」と気の抜けたように言い、一瞬おれを見ただけで、すぐプリントに視線を戻した。

 口元には笑みを浮かべていて、驚いた様子もない。心配するほどのことでもなかったかな。


 よし、次のミッションは「用件を伝える」だ。

 返事をしにきたはいいけど、どう切り出すかシミュレーションするのをすっかり忘れてたんだよな。

 しばらく「あー」と唸り声を出してみたり咳払いをしたりしつつ、やっと一言を絞り出したのは、座ってからたっぷり三十秒も経った頃だと思う。


「やっぱり、やることにした」


 藤本は顔を上げた。

 ホームルームのときみたいなテンションだったらどうしよう、と身構えていたけど、奴は気の抜けたような笑顔のまま、ちょっとうなずいただけだった。


「うん、流森くんだったら、引き受けてくれると思ってたよ」

 ……それだけか? 何だろう、反応が良すぎるのも困るけど、そこまで淡泊だと物足りない気もする。せっかく悩みに悩みまくって、わざわざ来たってのにさ。


「けど、こういうの本当に苦手だからな。本番でどうなっても知らないぞ」

 悔しいので、とりあえず釘を刺しておく。

「うんうん。ありがとう。本当に助かったよ」

 ゆるくうなずく藤本。

 こいつ、本当に藤本なのか。


 おれを勧誘してきたときは息もつかせぬほど喋りまくってたくせに、今はゆっくりとした受け答え。

 テンションが低めというか背骨を引き抜いたみたいというか、ロングホームルームのときとは全然違う。妙な感じだ。


 机にある山積みのプリントに目を移し、文化祭実行委員になって疲れてるんだろうか、と想像した。

 詳しい仕事内容については、他の案内役や接客係を集めてまた後日説明するということになり、そこで会話は途切れた。

 藤本はやっぱり曖昧な笑顔を浮かべつつ、書類をめくっている。


 おれ、もう帰っていいのかなあ。

 こういうとき、適当に「じゃ」とか言って席を立っても、失礼に当たらないものなんだろうか。難しい。

 ふと、脳裏にひらめいたことがあった。そう言えば、藤本に聞いてみたいことがあったんだ。


「さっき、妙なこと言ってただろ。おれに対して『そのまんまでいいな』とか何とか。あれって、どういう意味なんだ」

 おれはコミュニケーション筋肉を力の限り振り絞って、藤本に訊ねた。

「ああ、あれ」


 一瞬目を丸くしたので、もしかして言ったこと自体を忘れてるんじゃないかと冷や冷やしたが、どうやら覚えていたようだ。

 藤本はごまかすように頭を掻き、鼻の頭をこすり、一通り怪しい挙動をしたのち、口を開いた。


「流森くんは、大勢の前でいるときもそうでないときも、あんまり態度が変わんないだろ? だからいいなあって。そういう意味」


 余計にわからん。態度が変わらないっていいことなのか? 逆に、環境によって態度を変化させられるほうがコミュニケーション上級者なんじゃないか?


「俺はさあ、駄目なんだよね。何かの役になりきらないと人前に出られない。「いい奴」の皮をかぶってないと、自分が不安なんだよ」

 一応相づちは打つものの、やっぱり問題があるとは思えない。

 かぶるのが「いい奴」なら、別にいいんじゃないだろうか。誰に対しても仏頂面で不快感を与えるよりは、遙かに有意義だと思うけどなあ。まあ本人が不安に思うんなら、仕方ないけど。


 とりあえず、藤本が女子にモテる以外にも悩みがあるってことはわかった。しかし共感は全くできないが。自分よりも遥かに知能レベルの高い宇宙人が何か言ってる、って感じだ。


「でもさ」

 藤本は一度窓側に視線を移した。西日のせいか、眩しそうに目を細める。そのままの表情で、奴は先を続けた。

「ずっといい奴のふりしてちゃだめだなー、っていつも思ってた。だから今年の文化祭は、自分がやりたいことをやろう! って、決めたんだ。で、さっきのホームルームみたいになっちゃったわけなんだけど」


 実行委員は演じる役の一つってわけじゃなくて、本当にやってみたかったことなのか? だから出し物を決めるとき、あんなに強引だったのか。

 訊ねると、藤本は大きくうなずいた。

「うん、だから無理矢理誘っちゃった流森くんには悪いなあと思う」

「別に無理じゃない」


 おれの答えは本心だった。無理矢理だろうが何だろうが、おれが考えておれが引き受けると決めたことなんだから、藤本の腹にどんなエゴがとぐろを巻いていても、たいした問題じゃない。


「そっか、良かった。正直不安だったんだよねー。何だかんだ言って、悪く思われたくはないしさあ」

 やっぱり「いい奴」の皮はひっついてとれない、と藤本は苦笑した。

 それが普通だと思うけどな。悪く思われたい奴なんて、いないと思うし。


「皮でも何でもいいだろ。文化祭実行委員なんてしち面倒くさいこと、おれなら金を積まれてもやらない」

 何を言えば藤本のフォローになるのか、考えたけどわからない。その結果、投げやりとも取れる言い方になってしまった。

 しかも、面倒だからやらない、なんて何を格好つけてるんだか。能力的にできない、が本当のところだろ。

 ぐだぐだな返答だったけど、藤本は何故か納得したようだ。「そっか」と気楽そうな様子で椅子にもたれ、両手を首の後ろで組んだ。

 その様子を見て、ちょっと思った。意外と、話しやすい奴なのかも。


 質問ついでに、ホラーハウスが好きな理由も聞いてみたところ、

「だってさ、女の子の悲鳴っていいじゃん」

 などという、全く理解不能な答えが返ってきた。

 どうしよう、リアクションに困る。

 こういうときは、「この変態野郎」って言ってやればいいのか? それとも相手を思いやって「実はおれもあの絹を裂くような声がいいと思ってたんだ」とか同調すればいいのか?

 いや、二番目のはやめておこう。誰かに聞かれて、ありもしない性癖について噂されても困る。


 藤本のカミングアウトに少々引いたけど、まあヤバいことをするわけでもなし、いいだろう。とりあえず引き受けちまったからには、きっちりと案内役をやらせてもらう。

 もうとっくに夏だけど、おれにとっては今日が本当の夏の始まりだ。

 中学最後の、たった一度しか味わえない夏。めいっぱい、浮かれた奴になってやる。



 翌日。学校に着くなり、携帯を手にした江見と棚橋に襲撃された。

「なあなあ流森、今日のうちのわんこを見ろよ! いえ、是非見てくださいっ」

「何だよー、取れたてにゃんこ画像の方が先だろ?」

 今日の二人は、どっちが早くおれに画像を見せるかを競っているらしい。相も変わらずくだらない。

 ああいや、おかげでおれは可愛い犬猫の画像を拝めるんだから、素晴らしいことかな。


 校舎に入ると、今度は朗らかな声とともに肩を叩かれた。

「流森くん、おはよう! ミーティングの日が決まったら伝えるから、よろしく頼むなー」

 振り返ると、昨日の気だるさは露ほどもない、明朗活発な藤本がいた。


「あ、ああ」

 藤本の外面用テンションに、気圧されてしまう。昨日の放課後みたいな、温度低めの方が接しやすいんだけどな。

 鞄を提げてないところを見ると、藤本は隣のクラスからわざわざ挨拶しに来てくれたんだろう。案内役を頼んだ借りがあるとは言え、律儀なことだ。


 江見と棚橋は対決続行中でまだ周りをうろちょろしてるし、藤本は構わず話しかけてくるしで、おれは自分の教室にたどりつくまで、いらないお供をはべらせて歩く羽目になった。

 いいけど、いいんだけど何か、落ち着かない。文化祭が終わる秋まで、ずっとこんな風に騒がしいのか? おれのコミュ筋、そんなに長期間保つのか?


 おれが席についたとき、佐山は友人と話し込んでいたので、今の騒ぎを見られてはいないと思ったんだけど、甘かったようだ。開口一番、


「流森くん、今日もモテてるねえ。もしかしてモテ期到来?」

 なんてことを言われてしまった。そんなに目を輝かせて、背筋を凍らせるような冗談はやめて欲しい。

 おれは珍しく、即座に最適なリアクションをした。

 重々しく首を振ってから、悲痛な口調でこう言ったんだ。


「こんなモテ期は嫌だ」

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