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第三章「こんなモテ期はいやだ」5


 長時間、腹筋の苦しさに耐え忍んでいた気がしたけど、実際には数分しか経ってなかったらしい。先生が教壇に立ち、教室のお喋りは徐々に静まっていった。


 そのまま先生の話が始まるのかと思ったけど、違った。

「じゃあ、後は頼むな」と先生に言われ、代わりに教壇にやってきたのは、噂のモテ男・藤本だ。

 立っているだけなのに、藤本はものすごく目立っていた。

 茶色い髪と目のせいだろうか。女子は一斉に注目しだした。


 こういうのを見てると、モテなくて良かったって思う。

 おれが二クラス分の視線を浴びたりしたら、緊張のあまり腹を下しそうだからだ。決して負け惜しみではない。

 それにしても、女子に該当するはずの佐山とその友人は、全く藤本を見てないな。

 佐山達にとっては男子の見てくれよりも、肉まんの中身が大事なようだ。おれは全然構わないんだが、女子的にはどうなんだろうか。


 藤本はぐるりと教室全体を見渡してから、口を開いた。

「じゃあ、文化祭について決めまーす。あっ、俺、文化祭実行委員になったんでよろしくー」

 奴が頭を下げると、教室のあちこちから「よろしくー」、「頑張れよー」などと声が上がった。相変わらず人望が厚い。


「ええと、いきなりですけど、出し物の提案があります。今年の文化祭、二クラス合同で出し物をするのはどうだろう? 二クラス合同なら、本格的なのができそうじゃない?」


 二クラス合同? あんまり聞いたことないなあ。周りの人間も聞き慣れないことだったのか、一斉にざわめきだした。

「合同はいいけど、何をするんだ?」

 誰かが質問をすると、藤本はよくぞ聞いてくれました、といった風に身を乗り出した。


「うん、これも俺の提案なんだけどね、ホラーハウスってどう? お化け屋敷っていうより、ホラーハウス。何か洋風な奴。あ、もちろんみんなが賛成してくれればだけど」


 再び教室中がざわめく。けど、藤本が熱心に話しているうちに、段々静かになって行った。

 奴は場所取りや道具の調達方法など、念入りに計画を練っているらしく、口を挟む要素がどこにもなくなってしまったのだ。


 正面切って反対する者はなく、クラス中がおおむね賛成、というムードになっていった。

 賛成って言うより、他の出し物を考えるのが面倒だっただけかもしれない。

 議論に議論を重ねて、準備前から疲れるよりは、最初から決まっているほうが楽。渡りに船って感じなんだろう。先生もそう思っていたのか、どこか安心した様子に見える。

 藤本は反対する奴がいないだろうと踏んで、計画を立ててたのかな。


「じゃあ、いいですかー。決めちゃいますよー」

 話をどんどん進める藤本は、爽やかだけど強引だった。教壇に立って数分で、文化祭の出し物を決めてしまった。これがモテ男の力なのか。半端ねえ。


 だけど、藤本って、こんなに押しの強い奴だったっけか? 去年同じクラスだったときとは、雰囲気が違う気がする。


「何か意外だな。藤本、普段は自分より周りの意見を重視するタイプなのに、今日は強引っていうか、一人で決めちまったな」

 一樹もおれと同じようなことを思ったらしい。

 まあ、だからどうだってわけじゃないんだけどさ。「藤本の奴、そんなにお化け屋敷がやりたかったんだな」って思う程度だ。


 出し物が正式に決定したあとも、藤本の勢いは止まらなかった。

 ホラーハウスの具体的な案を、ものすごい勢いで黒板に書き出し始めた。どれだけ構想練ってたんだよってくらい、みっちりと。


 舞台は古めかしい洋館。入場者はなぜかそこに閉じ込められてしまった、という設定だ。キーアイテムの人形を見つければ脱出できるらしい。

 もちろん、洋館をさまよっている間、色々と怖い目に遭うのだそうだ。


 話を聞いてると普通って感じだけど、入場者を怖がらせるのはおれ達の仕事なのか、難しそうだな。

 一体どんなことするんだろう。お化け屋敷に入ったことがないおれには、全く想像がつかない。


 クラスの人間がホラーハウスの概要を把握したところで、誰がどの役割を受け持つか、それぞれ考えることになった。

 役割を大まかに分類すると、舞台の背景なんかを描く技術班と、脅かす役の役者班、入場客の案内役が必要になるらしい。


「ホラーハウスかあ、楽しそうだねえ。私は何をしようかなあ」

 騒がしい中でもよく通る、佐山の声が聞こえてきた。数人の友達と一緒に盛り上がっている。

 彼女は周りから、

「逸香は力が有り余ってるから、大道具係がいいんじゃない」

「お化け役だけはやめときなよ、逸香みたいに明るい幽霊いたらちょっと困るから」

 なんて好き放題言われて、大笑いをしていた。


 わかりきってたことだけど、佐山は文化祭、すごく楽しみにしてるんだな。

 佐山だけじゃない。クラスの奴らも、お仕着せの出し物の割にはやる気一杯のようで、真面目に役割について話し合っている。


 おれはと言えば、周りの熱気に圧倒されて、ただぼんやりと見ているだけだった。このままだと、中学最後の文化祭も、参加せずに終わってしまいそうだ。


 けど、本当にそれでいいのかな。


 去年までの自分なら、そんなこと疑問に思わなかっただろうけど、今年はちょっと違う。

 例えば、さっき佐山達と「ぷるぷる」のことで盛り上がったみたいに、皆ではしゃぐ楽しさって奴を知ってしまったからなあ。

 文化祭みたいに大きなイベントなら、もっと騒げて、もっと面白いんじゃないかって期待が膨らんでしまう。

 まあ、だからって、自分にどんな仕事ができるか、わからないんだけどさ。


「慎は、どうする?」

 おれが考えてることを見透かしているのかいないのか、絶妙なタイミングで一樹が訊ねてきた。一樹こそどうするんだろう。今年もさぼる気かな。

「そうだな……」

 言葉を濁していると、どこからか視線を感じた気がした。顔を上げると、こっちを見ていた藤本と目が合う。


 しかし、特におれに用があるわけではなかったらしい。

 隣にいた一樹、そしてまたその隣の奴、と順番に視線を移していった。まるでおれ達を品定めでもしてるみたいだったな。何だったんだろう?


 藤本の怪しげな目つきの謎は、すぐに解けた。ほんの三分後くらいに。


 やる気にあふれた奴らは教室の中心に集結し、楽しげに打ち合わせをしている。競うようにアイデアを出し合い、盛り上がっているようだ。

 あんまりやる気のない奴らは邪魔をしないように、自然と教室の隅に移動していた。つまり、おれや一樹のことだ。


 いや、やる気がないってことはないんだ。外側からはそう見えるかもしれないけど、心の中には参加したい気持ちが芽生えつつあるんだ。

 おれは自分自身に言い訳をしつつ、参加できそうな仕事がないかどうか考えてみることにした。

 大まかに分けて役割は三つあるって、藤本は言ってたっけ。


 まず役者班。普通に考えると、お化け役か。

 まず無理だよなあ。おれみたいに無表情な奴に向いてるんじゃないかって一瞬思ったけど、おどかすタイミングやら何やら、想像するだけでも、かなりの演技力と度胸が必要とされそうだ。

 おれを逆さに振っても、度胸なんてものは埃さえも出てきやしないぞ。


 あとは、技術班。

 おそらくホラーハウスの仕掛けや衣装を作る仕事なんだろうけど、自分にそれができるとは思えない。

 自慢じゃないけど、技術も家庭科も平均点以下だ。一人で細々したことをやるのは好きだけど、人から見られてたり、作ったものを人に見せなきゃいけないと思うと、どうにも上手くできなくなる。

 我ながら小心者だ。


 で、最後の案内係。

 これって、言葉通りに取るなら、ホラーハウスの入り口で客を案内する役のことなのかな。

 だったら客にわかるよう、ハキハキと話さないといけないんだよな。想像しただけで顔面の筋肉が痛いぞ。おれに務まるとは、とても思えない。


 ……果たしてこんな自分に、向いてる役割があるんだろうか。いや、そもそも最初からできないと決めてかかってる、おれの姿勢こそ問題があるんじゃないだろうか。

 ふいに浮かんできた「無能」「役立たず」って単語は、心の奥底にそっと埋め直しておいた。

 今更、自分の駄目さを再認識したところで悲しくなるだけだ。


 つらつらと考えごとをしていたとき、すでにおれの背後には、怪しげな影が忍び寄っていたらしい。


「わっ!」


 前触れもなく、誰かの大声が鼓膜に突き刺さった。間髪入れずに背中を押される。

 教室の隅に陣取っていたから、後ろに人がいるなんて思いもしてない。心臓が口から飛び出しそうになるほど驚いた。


 あまりにもベタなおどかし方だけど、油断していた分、効果は抜群だった。

 もしおれが耳か心臓の弱い人間だったら、どえらいことになっちまうだろ。何てことをしてくれるんだ。

 心の中では、驚かした奴にものすごい勢いで謝罪を要求していたけど、実際には動けずに固まっているだけだった。つまり、いつものように銅像状態になっていた。


 おれより先に反応したのは、近くにいた一樹だ。

「うおっ、びっくりしたー。何してんだよ、藤本」

 今日はよく耳にする名前が、また出てきた。

 やっとフリーズ状態から脱して振り向いたとき、そこには満足そうな笑みを浮かべている当人、藤本がそこにいた。


 さらに驚き、またしても動けなくなってしまう。

 どうして突然こんなことするんだ? こいつとは去年同じクラスだったけど、ほとんど会話もしたことなかった。望み通りの出し物が採用されて浮かれてるから、その余波がここにまで飛んで来たのか?


「おお、その変わんない顔、やっぱり、思った通りだ!」

 満足そうにうなずきながら、藤本は大きな独り言を発した。


 何が思った通りなんだか、さっぱりわからない。一人で勝手に納得するなよ。

 そして人が気にしてることを嬉しそうに指摘するなよ。おれとしては驚いてる表情をしていたかったんだよ。

 藤本の意味の分からない行動はまだ終わってなかった。爽やか全開な笑顔のまま、おれの肩に両手を置いてこう言ったんだ。


「流森くん、ホラーハウスの案内役は、君に決まりだ」


 ……えっ?

 何がどうしてそうなったんだ。話のつながりが全く見えないぞ。

 一樹も同様らしく、「いや、意味わかんないよ」と、当事者のおれより場に適した反応をしていた。


 おれが話題から振り落とされてることに気づいたのか、藤本は困ったように眉を下げて笑い、髪をサラリとかき上げながら補足説明を始めた。


「ええとさ、ホラーハウスに入ってすぐのところに執事の格好した人を立たせてさ、お客さんにルールの説明をしてもらおうかと思ってるんだ。で、俺が考えてる執事のイメージに、ぴったりなんだよね、流森くん」


 案内役だって? お客さんに説明するって?

 それはさっき、自分には出来そうにないという結論を出したばかりだぞ。しかも執事の格好するって、難易度が高すぎだろ。


「あー……」

 このまま聞いていては、否応なく執事役を押しつけられてしまいそうだ。危機感を覚えたおれは、必死で口を挟もうとした。けど、


「ああ、イメージってのは、何があっても冷静沈着な奴ってことなんだ。何人か驚かしてみたけど、流森くんの反応が一番良かったんだよ」


 あえなく失敗した。

 おれがもたもたしている間に藤本は、執事の衣装をどこで調達しようか、なんて具体的なことまで話を進めていた。

 立て板に水、とかいう言葉があるけど、そのイメージ以上に淀みなく話しすぎだろ。こいつの立て板は急傾斜になってるのか。

 ちなみにおれの場合、その板自体が存在しなくて、水がこぼれまくりなんだと思う。何せ驚かされてからこっち、おれは「あー」しか言ってないんだ。何てことだ。


 普段の一樹なら、おれが困ってるところを黙ってにやにや見てるけど、今回はさすがに同情したのか、助け船を出してくれた。


「藤本、慎は見た目リアクション薄いけど、死ぬほど驚いてたんだぞ。お前が探してる『冷静沈着』とはちょっと違うんじゃないかと思う」


 それだ。それが言いたかったんだ。

 おれみたいにフリーズしてばっかりな奴に、案内なんて大役、務まるわけがない。胸張って主張することじゃないけどさ。


 ここは本人がはっきり断って、駄目押しをしなければ。

 江見と棚橋の対決に巻き込まれたときに習得したスキルを今こそ発揮するんだ。

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