ミラクル奮闘
『ここか? ロクに魔物がいなくて罠も少ないってダンジョンは』
『間違いねぇぜ? 嘘だけは言わねぇって定評のある情報屋だしな。モタモタしてっと、他の奴らに取られちまう』
『ならさっさと進もうぜ。最初にコアを見つけたヤツが取り分多めな』
『あ、テメ――待ちやがれ!』
モニターから聴こえてくる会話にミラクルは身震いを始める。思った通り、事前に情報を仕入れていたらしい。情報屋というのはカゲマルに違いないわ。
「こ、今度は20人もいますぅ。こんなの、アイリちゃんがいないと無理ですよぅ……」
「落ち着きなさいっての。例え相手が20人だろうと、地の利はこちらにあるの。ダンジョンマスターなんだから当たり前の事よ。対して連中は初めて入る上、完全に油断しきっている。これ以上の好条件は中々ないわよ?」
特に油断してる奴は真っ先に罠に掛かったりするのよ。
こんな風にね。
ガコン!
『ヒッ!?』
『うわぁぁぁぁぁぁっ!』
『なんで罠があるんだよぉぉぉ!』
『お前ら――クソッ、油断しすぎたか……』
先頭を走っていた3人が落とし穴へと落下した。下は剣山になっているから、まず助からないわね。
油断して落ちたなら、マジックアイテムすら使う隙はなかったでしょうし。
「ナイスな場所だったわエレイン」
「ありがとう御座います。これもアイカ様によるご指導のお陰です」
侵入者の知らせを聞いて、手本を見せるために罠を仕掛けてもらったのよ。
通過しようとしたら地面が開くタイプの罠をね。
「分かったミラクル? 永続的に使える罠は重宝するわ。DPはそこそこ貯まってるはずだから、どうやって撃退するかを考えながら仕掛けていくの、いい?」
「……やってみます!」
ピンチになったら助ける事にして、まずはミラクルにやらせてみよう。
「尚も連中は一本道を直進中。マスター、頑張ってください」
「分かった。エレイン、この地点に落石を仕掛けて」
「了解です」
奴らが進む少し先に、踏み込んだら落石という罠をしかけた。
さて、どうなるかな?
パカッ!
「ん?」
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴ!
『ぐわっ、落石だ!』
『イデデデデデデデッ!』
『落ち着けお前ら、その場から離れろ!』
罠を警戒していたのか、落石による死者は無し。まぁ早々生き埋めにもならないしね。
その代わり、ちょっとだけ面白い事が起こった。
『おいおい、分断されちまったぞ!』
『こっちに進んだのは14人、出口側に3人だ。どうするリーダー?』
『……チッ、しゃ~ねぇ。おーいお前ら! わりぃが入口で他の冒険者が入らないように見張っててくれ!』
『『『了解!』』』
これは使えるかもしれない。
中の連中が戻って来なければやむを得ず帰還するだろうし、このダンジョンはヤバイと思われれば噂として流れ始める。
そうすれば近寄る連中も減って、当面の安全は確保できるわ。
「すみません、失敗しました……」
「いいのよ別に。それを糧として次に生かせればね」
「そうですよマスター。まだまだDPには余裕がありますし、強気でいきましょう」
「うん!」
改めてモニターに視線を落とすと、ちょうど1階層のボス部屋へと入ったところだった。
『へへ、見ろよリーダー。ボス部屋なのにゴブリンが1匹だけだぜ?』
『やっぱこのダンジョンはチョロいぜ!』
『油断すんじゃねぇ! そうやってトーマスたちは穴に落っこちやがったんだからな。まずは迂闊に近寄らずに周囲を調べろ。そいつの他にも潜んでるかもしれないからな!』
『『『おぅ!』』』
さすがはリーダーとも言うべきか、犠牲者が出た直後から警戒し続けてるわね。
ただ残念なのは、ゴブリン1匹しかいないのは事実だってところ。報われないわね、このリーダー。
そして難なくゴブリンを倒すと、2階層へと進んでいく。
『やっぱりゴブリン1匹だけだったな』
『リーダーよぉ、ちょいと警戒し過ぎじゃねぇか?』
『……かもしれねぇな』
あらら、眉間にシワを寄せて考えを改めだしたわ。最初に起こったのは不運な事故とでも決めつける気らしい。
「ミラクル、次はどうするか考えた?」
「はい。もう一度最初みたいに落とし穴を仕掛けます。エレイン、ここのT字路の真ん中に仕掛けて」
「了解です」
先は直進か右折の二択になっていて、直進すればボス部屋へ、右折は宝箱のある小部屋へと繋がっている。
場所としては最適だけど……
『リーダー、どうやら罠みたいだぜ――ほいっと』
ガコン!
先行していた1人が近くの石を放ると、それに反応して地面が開き始めた。
落とし穴は基本何かが通過しようとするのに反応するから、こういった対処はよく使われたりするのよ。
『お前ら、範囲は見てたな? 落ちないように右側に飛び移れ』
範囲ギリギリで軽くジャンプすれば右側には飛び移れる。そこから直進ルートへも簡単に飛び移れるし、今回は失敗ね。
「また失敗……」
「気を落とさないでくださいマスター。次はわたくしがキメてみせます」
シュンとするミラクルに代わってエレインが仕掛けを施す。
連中は小部屋に入って宝箱を見つけたところよ。
『何もないって聞いてたが、さすがに宝箱の一つは有ったか』
『罠は――――無いみたいだな。リーダー、開けてもいいよな?』
『罠がないなら問題ねぇぜ』
『おっしゃ!』
罠が無いと知り、腕捲りをして解錠にかかる。
その宝箱にはエレインが何かを仕掛けてたけれど、さてさて……。
『おっし、解錠でき――』
ガシィィィン!
『『『なっ!?』』』
解錠した途端、入口の扉が強制的に閉じた。
なるほど。解錠したら出られないようにしたのね。
これにより連中は軽くパニックを起こしてるわ。
『おい、罠は無いんじゃなかったのかよ!?』
『し、知らねぇよ、宝箱そのものには罠は仕掛けられちゃいねぇ! 俺は悪くねぇぞ!』
『まさかこのまま出られないとか……』
『だから落ち着けお前ら! 少なくともあの扉は宝箱と連動してやがるのは確かだ。もう一度施錠すれば開くはずだ』
リーダーの一言により、宝箱を開けた男が慌てて施錠する。
すると閉じていた扉はゆっくりと開きだした。
ゴゴゴゴゴ……
『ほら見ろ。落ち着いて対処すれば何も問題はない』
『助かったぜ。さすがはリーダー!』
『おぅ、便りになるぜ』
『お世辞はいいからさっさと行くぞ』
そのまま小部屋を出ようとしたところで、先ほど宝箱を開けた男が待ったをかけた。
『な、なぁリーダー、さっき箱の中に金が見えたんだが、持ってっちゃダメか?』
『金だと!?』
イグリーシアにおいて金というのは貴族というイメージを強く打ち出す。
ゆえに邸や衣類にどれだけ金を含ませているかの見栄の張り合いが行われていて、オークションに流せば高値が付きやすい。
コイツらもそれを知っているはずで、金と聞いてリーダーまでもが目の色を変えた。
『さっきの罠を見る限り本物っぽいな……。よし、箱ごと運び出せ』
『『『おぅ!』』』
ま、当然飛び付くわよねぇ。
「掛かったみたいよエレイン」
「フフ、ですね」
小部屋の外で解錠すれば、そのまま持ち去る事ができる。
但し、それは理論上の話であって、解錠した結果、どうなるかはまた別の話になるのよ。
何しろここはダンジョンだからね。
『……よっしゃ! 解錠した――』
ガコン!
『うわぁぁぁぁぁぁっ!』
『また罠かよぉぉぉぉぉぉ!』
『――――クソッ!』
またしても床が開き、宝箱と一緒に一気に10人もの傭兵が落下していく。
実はあの宝箱と連動していたのは扉だけじゃなく、小部屋の外の床も開くように施されていたのよ。
「やるわねエレイン。いっその事、ミラクルに代わってエレインが罠を考案したら?」
「わたくしとしては異論ありませんが、マスター、いかがいたします?」
「あたしもエレインに任せようと思う。その代わり、魔物の配置は頑張って考えるから!」
「はい、頑張りましょう」
どうもミラクルだと空回りする事が多かったからね。
それにしてもエレイン、中々エグい仕掛けを考えるわね……。
『ど、どうするよリーダー、こんなに危険だなんて聞いてねぇぜ?』
『俺だって聞いてねぇよ。だがこのまま引き返しちゃ何も獲られねぇ。せめてダンジョンコアだけでも持ち帰るぞ』
『だよな。むしろ分け前が増えるって前向きに考えるべきだよな?』
『ああ、それでいい』
残った4人がボス部屋を目指す。
リーダーは真顔で何やら考えてるみたいだけれど、他3人は明らかに身の危険を感じてるわね。
命と見返りを天秤にかけて、辛うじて見返りを求めてるってとこかな?
「このボス部屋で決着をつけます。――マスター、既に罠は仕掛けましたので、魔物の増強をお願いします。さすがにゴブリン2体では心許ないので」
「そ、それじゃあ……」
首を捻って考えた結果、ミラクルが召喚したのは……
「ゴブリン5体とゴブリンナイトを1体追加して。あ、スライムも2体配置したいな」
「スライムを? ……構いませんが、何か理由が?」
「り、理由ってほどじゃないんだけど、ゴブリンだけだとつまらないかな~って……」
「「…………」」
何となく分かってたけど、ミラクルって戦略を練るのが苦手よね……。
まぁ、私がフォローすればいいか。
『さて、2階層のボス部屋だが……ゴブリンが7匹にゴブリンナイトが1匹か』
『ならいつものアレでいくか?』
『おぅよ、俺たちゃそこらの冒険者とは違うってのを見せてやろうぜ!』
『了解――そらよ!』
ボフッ!
『グギギィ!?』
『グギァァァ!』
連中の1人がマジックアイテムをゴブリンに投げつけた。
するとゴブリンがいる周囲の空気が濁っていき、目を押さえてもがき出す。
『っしゃあ! 一斉射撃だぜ!』
『『『おう!』』』
恐らく催涙系の何かね。まともに戦えないゴブリンは、次々と弓矢で倒されていく。
これは失敗かな――と思ったら!
『うっしゃあ! このままゴブリンナイトも仕留め――』
ガシッ!
『な、何だ――オブッ!?』
『リーダー、どうした――グオッ!?』
『おい何があった!?』
『わ、分からねぇ! 突然水溜まりに足を取られて――いや違う、コイツぁ水溜まりじゃねぇ、スライムだ!』
スライムに指示を出していなかったのが幸いしたのか、連中は足元にいたスライムを水溜まりだと思っていたらしく、足を取られて転倒していく。
『クギャグギャ!』
『『ギィィ!』』
そこへ態勢を立て直したゴブリンが連中に襲いかかった。
『グワァァァッ!』
『サムソン!? コイツ――ゴフッ!?』
ゴブリンナイトとゴブリンの計3体ではあるものの、男2人を仕留める事に成功した。
『マズイ、ずらかるぞ!』
『ま、待ってくれリーダー!』
不利を悟ってかリーダーが真っ先に逃走を開始し、その後を手下が必死に追いかけていく。
「あ、彼らが逃げちゃう!」
「ご心配には及びません」
逃げられるのを危惧したミラクルに対し、エレインは自信満々で返す。
その理由は、倒した連中を剥ぎ取っていたゴブリンが答えを出してくれた。
『ギャウギャウ!』
ボフッ!
『ぐわっ!? チキショウめ、コイツら俺らの真似を!』
『ま、前が見えねぇ――ンガッ!?』
自分たちが使っていたアイテムで自身が苦しむ羽目に。
リーダーは顔を覆いつつ出口を探し、手下の男はでたらめに走って柱に激突した。
「さぁトドメです。やっておしまいなさい、ゴブリンナイト」
『ギャギャ!』
ズバッ!
『ガハッ!』
ようやくリーダーを打ち取る事に成功し、手下の男も他のゴブリンが仕留めた。
「や……やった……あたし、勝ったんだ!」
「そうですマスター。これまでダンジョンバトルですらロクに勝てなかった我々が、ついに白星を上げたのです」
これまで勝った事なかったんだ……。
「これもアイリちゃんのお陰だよ、ありがとう!」
「わたくしからも礼を言います。お力添え、ありがとう御座います」
「だけどまだまだ先は長いわよ? これからも色んな奴らが攻めてくると思った方がいいわ」
「「はい!」」
さて、コッチは落ち着いたし、アッチもそろそろかな?
『アイリは~ん、カゲマルの潜伏先が分かったで!』
『ナイスよホーク!』
予定通りね。次はカゲマルを尋問しに行きましょうか。