傭兵団再び
【復讐とは己の手で行うもの】――という名台詞がイグリーシアにはあるらしい。
これはとある演劇の一幕で、仲間たちが主人公の敵討ちに手を貸そうとした際に頑なに拒み、一人で立ち向かうというものよ。
ならグレイには直接手を貸さずに情報のみを渡す。この方が自然なのかもしれない。
「――って方針にしたわ。ついでに特訓で怪我をしても、見て見ぬフリをする事もね」
「賢明ですわ。【男は孤独を愛する】という言葉もございますし、陰で見守るのも世話女房というものです」
「……世話女房?」
「あら、甲斐甲斐しくグレイの世話を焼いてるところは、好きな男を支える女として――」
「全然違う!」
そもそも仲間だから支えてるのであって、好きかどうかは別!
「あら、違いますの?」
「違いますのよ!」
口調が移っちゃったじゃない。
「そういうレミットはどうなのよ? そんな達観してるくらいだから、好きな男の一人や二人はいるわけ?」
「それはあり得ませんわ。わたくしに釣り合う男などそう簡単には居ませんことよ。これまで数々の男を手玉に取って参りましたが、誰一人としてわたくしの目に止まった男は居ませんでしたわ」
「「「…………」」」
本能が訴えている。レミットは嘘をついていると。
「ねぇ、レミットって――」
「ごめんねアイリちゃん。レミットさんって負けず嫌いだから、こういう嘘は平気でつくんだ……」
「……だいたいダンジョンに籠ってるのに出会いがあるわけないって、爺ちゃんが永遠の眠りにつく前に言ってた」
だと思った。
「ちょ、ちょっと皆さん! わたくしの美貌に魅了されない男はいませんわよ!?」
「あっそ、良かったわね」
「ムッキィィィ! アイリのその顔、さては信じてませんわね!?」
よし、今度からレミットをからかう時は、これをネタにしよう。
ピピピピッ! ピピピピッ!
「ん? この音は――」
「見てアイリちゃん、この間侵入してきた傭兵団だよ!」
モニターに映り込んだのは、私がアイリーンに来た直後に侵入してきた連中だった。
同じデザインの服で統一されてるからすぐに分かったわ。
おおかた団長の弔い合戦って感じなんでしょうね。
「レミット、見たところ男が大半みたいよ? ちょうどいい機会だし魅了してきたら?」
「わ、わたくしにも好みというものがありますの。むさい男はノーセンキューですわ」
なら仕方ない。ちゃっちゃと片付けて――ん、待てよ?
「そうだ、良いこと思い付いた!」
「「「良いこと?」」」
「うん。グレイの相手にちょうどいいんじゃないかと思ったのよ」
すでに敵対してるから殺しちゃっても構わないし、万が一にもグレイが死なないようにフォローすれば完璧だわ。
そうと決まればさっそくグレイを連れてこよう。
「え……好きなだけ暴れていいって?」
「ええ。多数の犠牲者を出したにもかかわらず懲りずにやって来たんだし、ダンジョンの恐ろしさを思い知らせてやるのよ。ワグマとグルースに鍛えられたんだし、その力を存分に発揮してちょうだい」
「分かった!」
改めてモニターを確認する。
現在連中は1階層を進行中で――ん? 後ろから別の侵入者も来たわね?
「うわぁ、なんか強そうな獣人の人たちがいっぱい来たよ……」
「落ち着きなさいミラクル。例え何人来ようと大丈――」
「あーーーーーーっ!」
「ブフッ! な、何?」
グレイがモニターを指して叫んだ。
「奴ら村の連中だ!」
「それってグレイの村の?」
「ああ。どうやら現役を引退した村人で編成されてるみたいだ。友達や幼馴染みだった奴らの親がいるし、俺の両親も……」
これは思わぬ遭遇ね。
「グレイ君、この人たちって本当に退役してるの? まだまだ戦えそうだし、あたしよりぜんぜん強そうなんだけど……」
「そりゃそうさ。第一線から退いてるだけで、戦おうと思えばぜんぜん戦えるよ。普段は村民として過ごしてるけど、戦闘に関わる依頼が舞い込んだら喜んで引き受けるさ」
まぁミラクルより強いのは当然だとして、随分と血の気の多い村民ね。
先頭を進む傭兵団に依頼されてダンジョンまで来たってところか。
「カゲマルの手引き無しに魔女の森を突っ切って来たんだし、そこそこの実力はあると」
「ああ。ご覧の通り傭兵の真似事で金を稼いだりして、名声を高めてきたんだ。そのためか名誉には物凄い拘りを持ってて、そんなくだらないもののために俺は……」
その先は敢えて聞かない。
だいたい予想はつくし。
「でも残念ですわね。恐らく彼らは1階層を突破出来ませんわ」
「どうして?」
「1階層の管轄はわたくし――レミットなのです。よくご覧なさい、すでに彼らはわたくしの術中に嵌まってますわよ」
モニターを注視すると、森林エリアを進む傭兵たちが次々と樹木の枝に拘束されていくのが見える。
『な、なんだこれは! 魔物か!?』
『バカな、ソナーに魔物の反応はないぞ!?』
『違うトラップだ! この木そのものがトラップなん――くそっ、放しやがれ!』
これはバインドウィローというトラップで、近付いた生命体を無差別に拘束するものよ。
普通の樹木とは違って毒々しい見た目なんだけど、フロアに群生している樹木の葉に遮られて見分けずらくなっている。
『なんだお主ら、この程度でパニックを起こすとは大したことはないのぅ』
『な、なんでもいいから早く助けろ!』
『世話が焼けますなぁ――ホイッと』
ズバズバズバッ!
「あ! せっかくレミットさんが捕まえたのに解放されちゃった……」
「ムッキィィィ! この憎たらしい獣人共め、よくもわたくしの邪魔を!」
少なくとも傭兵よりは強いわね。
さすがにグレイ1人だと厳しいし、もう少し数を減らせればベストかな?
「ならば次の罠です。強欲な傭兵なら必ず引っ掛かるはずですわ」
獣人たちの活躍で拘束を逃れた傭兵たち。
次に連中の行く手を遮ったのは左右に広がる沼地で、その中心にはわざとらしく土が盛り上がっている部分がある。
『……思ったより浅いな。足首くらいまでしか沈まない。おい、このまま進めるぞ』
『ああ。――ん? おい見ろ、あの土に埋まってるやつ。ありゃ宝箱じゃねぇか!?』
『マジか!? ヒュウ♪ 貴重な収入だぜ!』
さっそく食いついたか。
侵入者のために豪華景品を用意するわけないのに……フフン、バカな連中ね。
「あの宝箱も罠よね?」
「もちろんですわ。どうなるかは見てのお楽しみですわよ」
再びモニターに視線を移す。
そこでは必死に土をほじくり返してる傭兵たちがおり、ちょうど箱を開けたところだった。
パカッ!
『んあ? なんでぇポーション1個かよ。しけてやがんなぁ……』
『しゃーねぇ、無いよりはマシ――』
ズズズズズ……
『な、なんだ、この奇妙な音は?』
『だが特に変わった感じは――』
――と思った矢先、沼地に入っていた傭兵に変化が訪れる。
『うわぁ!? あ、足が、足が取られるっ!』
『こっちもだ! この沼、普通の沼じゃねぇ、底無し沼だ!』
『総員、向こう側まで急げ!』
足首までしかないと思われていた沼地で次々と沈んでいく傭兵たち。
獣人たちは全員が無事渡りきったのに対し、傭兵は半数が沼地の底へ。
「ポーションを戻せば解除されましたのに。強欲は身を滅ぼすとはこの事ですわ、オーーーッホッホッホッ!」
10人いた傭兵が5人になり御満悦なレミット。
但し獣人たちは余裕顔を晒していて、全然大した事はないって感じね。
「この調子で参りますわよ。そろそろ次のトラップが見えてきますわ」
「トラップ? でも樹木は普通のだし沼地もないよ?」
「甘いですわよミラクル。足元の草が前のフロアより延びているとは思いませんこと?」
言われてみれば、足首がスッポリと埋るくらいは延びてるわね。
つまり、地面には何らかの仕掛けが――
ガチン!
『ギャッ! あ、足が何かに噛まれた!』
『総員警戒しろ! 地面に何かが潜んでやがる!』
『だがソナーには反応がねぇ、またトラップだ、トラップが仕掛け――』
ガチン!
『グワァッ! こっちもかよクソが!』
次々と何かに噛みつかれる傭兵たち。
倒れたところに顔や腕にまで噛みつかれ、草むらに血が撒き散らされる。
「魔物捕獲用のトラバサミですわ。並の傭兵では解除できないでしょうね」
レミットの言う通り傭兵は1人を残して血溜まりに沈み、実質パーティは崩壊していると言ってもいい状態だ。
但し――
「獣人たちは無事みたい。やっぱり凄く強そう……」
「何言ってんのよミラクル。傭兵は粗方始末したんだし、後はグレイに任せましょ」
「その通りですわ。グレイに花を持たせるためにあ・え・て、獣人たちは残したのですから」
そんな出任せ部分は強調しなくてよろしい。
「――で、どうする?」
「……やる! 以前より強くなったんだ、俺を殺そうとした事を後悔させてやる!」
剣を握りしめたグレイが意思を明確にした。
なら相応しい舞台を用意しなきゃね。
「あ、見て見て、傭兵の人が引き返していくよ?」
あらら、さすがに1人じゃどうにもならないって判断したかな?
「ですが獣人たちは懲りずに進むようですわね。次はいよいよボス部屋ですわよ」
ますます好都合ね。
ボス戦で消耗した直後に襲ってやれば、今のグレイなら勝てると思う。
「グレイ、準備はいい?」
「ああ。いつでも行けるぜ」
サムズアップしたグレイが1階層に向かったのを見届け、私は徐にスマホを取り出す。
死なせるつもりはないもの、後方支援はキッチリと行うわ。




