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 目を開くと、白い天井が目に入った。


 見慣れた檻は、ない。

 ここはどこなのか、何があったのか。なかなか思い出せず、頭に手を当てたところで、ハッとして両手を目の前にかざす。


 黒くない。

 鋭い爪も、付いていない。普通の人間の手だった。


 そこまで確認して、ガバリと起き上がる。どうやら俺は、ベッドに寝かされていたらしい。

 転がり落ちるようにベッドから降り、部屋の扉へ向かおうとしたところで床に倒れこんだ。手足が震えて、思うように動かない。


「ぃっ!?」


 声を出そうとして、むせる。喉も、働き方を忘れているようだった。

 ゴホゴホと咳き込んでいると、いつの間にか背をさすられていた。小さいが、温かな手が、優しく背中を撫でている。

 その感覚に、涙が溢れた。


「……ュディ?」

「ジーン……」


 顔を上げると、そこには望んだひとが居た。

 緑色の瞳から、大粒の涙を零しながら、くしゃりと笑う。


「おはよう……! ひどい、寝坊だぞ……」

「ユディ……!!」


 何故なのかは分からない。

 でも、自分が人間のままで、ユディが隣に居る。絶対にあり得ないと思っていたことが、実現している。

 信じられなくて、そっとユディの頬に触れる。流れ続ける涙が熱い。

 白く滑らかな頬に、いくつも赤い傷跡が残っていた。細い左腕も骨折しているのか、三角巾で吊っていた。でも、ユディだ。

 二度と触れることは出来ないと思った彼女に、触れられている。


 恐々と、ユディを抱きしめる。

 小さい彼女の体は、前よりも細くなっている気がした。


「ユディ……。なんで……?」

「ばかジーン。危うく、間に合わなくなるとこだった。本当に、危機一髪だったんだぞ」


 そしてユディが語ってくれたのは、信じがたいことだった。

 なんと彼女は、俺の症状を解明し、その対処法まで生み出したのだ。


 以前立てた仮説の通り、血中魔素けっちゅうまその成分が闇に偏っていることが、俺の体が魔獣のようになっていく原因だった。血中魔素の成分が闇に占められるにつれ、魔獣化が進んでいた。そして血中魔素の成分を整える薬剤を投与することで、俺は人間に戻ったのだった。

 しかし俺は、魔獣に成り果てる一歩手前までいっていたそうだ。絶望が闇の魔素を増やし、魔獣化を進めていたのだ。

 あの日、絶望に埋め尽くされた俺は、本当に危なかったのだ。


 だから、俺が人間に戻るまで非常に時間が掛かり、しかも体が人間に戻ってもなかなか目を覚まさなかったらしい。さらに、魔獣に近かったころは理性もなく、幾度も暴れたようだ。

 ユディの怪我は全て、それが原因だった。


「ごめん、ユディ……」

「大丈夫だ、このくらい。それより、ジーン。体は?」

「俺は何ともない。長く寝てたからか、ちょっとうまく手足が動かないけど、どこも痛みとかはないよ」


 そう告げて、もう一度ユディを抱きしめる。今度は、ユディも背中に右手を回し、抱き返してくれた。

 小さな体が、温かくて柔らかい。


 そのまま、気になっていたことを口にする。


「それにしても、こんな短時間で対処法まで生み出すなんて、無茶をしたんじゃないのか?」

「いいや、知り合いは多いからな。まぁ、少々借りは出来たが、どうせすぐに返せる」


 そう言って、からりと笑うユディの頬は少しやつれている。抱きしめている体は、やっぱり細くなっているように感じる。


「ごめん、ユディ。俺が弱いから……」

「いや、私もお前を放置しすぎた。お前が、人間だと証明出来れば、普通に接してくれると思って、勝手に突っ走った」

「でも、そのおかげで助かった」

「ジーン……」


 体を少し離し、顔を覗き込むとユディが頬を赤く染め、困ったように笑っていた。その姿に、堪え切れずに唇を奪ってしまう。

 幸せが、胸を満たす。

 これなら、きっともう魔獣化することはないだろう。


「ユディ。勝手に絶望して、勝手に突き放して、ごめん。こんな俺のこと、もう沢山だって思ってるかもしれないけど。でも、もし、許してくれるなら、一緒に居させて。ユディと一緒に生きたい」


 額をくっつけて、緑色の瞳を間近で見つめながら告げる。

 きらりと光る涙が、一粒零れ落ちた。


「嫌なわけ、ない! 嫌だったら、とうの昔に見捨ててる」


 そしてニッコリと笑い、ユディからキスを贈ってくれた。


「好きだよ、ジーン。共に生きよう」

「……ありがとう、ユディ。愛してる」


 ユディをきつく抱きしめ、何度も何度も、唇を重ねたのだった。





   § § § § §


 後に、魔獣化の症状とその対処法は世に広く普及し、多くの命が救われることになった。

 そしてその対処法の発見者である魔法化学者ユディの名は、常に共に居た伴侶のジーンと共に、長く後の世まで知られることとなった。

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