20 第18話 討伐報告
森を出ると、すっかり暗くなっていた。
今から王都の町に戻っても、町に入る門は既に閉まっているだろう。
食事を済ませ、森の浅い部分に戻った。こっちの方が、レディの【森同調】で安心して休める。
草原の方でも俺がいるから安心なのだが、レディが森で泊まれと煩いので仕方なく森で一泊した。
レディの【森同調】は野営にも便利で、柔らかい草のベッドを作ってくれた。既に姉弟はグッスリと眠っている。
俺はというと、寝床が柔らか過ぎて眠れなかった。
布団ですら眠ったのはいつだったか覚えてないぐらいなのに、高級ベッドにも負けないぐらいの寝心地など、逆に快適過ぎて眠れなかったのだ。
「これは、慣れた方がいいのだろうか……」
俺は一ヶ月は寝なくても平気なのだが、眠れる時には眠っておく事にしている。魔王城に入った時など一ヶ月トータルで数十分しか寝られなかったからな。
今後もそういう事があるかもしれんから、寝溜めでは無いが切羽詰っていない時には眠るようにはしているのだ。
しばらく頑張ってみたが、やはり寝付けなかったので、その夜は近くの樹に持たれかかって眠るのだった。
翌朝、朝食を摂ると、すぐに王都に向かった。
出掛けにレディから木製の剣を渡された。
「この枝を寄り代とし、連絡をくだされば、どこにでも参上致します」
と、短剣ほどの長さの短い木剣を貰ったが、レディはこの森から出られないだろうから連絡を取るぐらいだと予想した。レオフラフィもいるので、誇大な主張したかったのだろう。
だが、装飾品としても悪くは無いな。俺は普段、武器は装備しないが、短剣より少し長い程度だし、魔力もよく通るな。いや、増幅させる剣か…ふむ、これは腰に携えておいてやろう。
朝、早かったので入門の列も短く、三〇分も待たずに王都に入れた。
王都に入ると真っ直ぐに冒険者ギルドへ向かい、先に冒険者ギルドへと入った姉弟から少し遅れ、冒険者ギルドの前にレディに作ってもらった巨木を二本出してから入った。
朝早いにも関わらず、受付姉さんは健在だった。
ただ、冒険者の数が多い。三つある窓口は長い列が出来ていた。
「いっぱいだねぇ」
「そうね、これは困ったわね」
「冒険者の朝が早いのはどこの町も同じだね」
「でも、流石にこれは待てないわね。あっちの買い取り窓口でいいんじゃない?」
たしかにミャールが言う通り、買い取り窓口には誰も並んでなかった。昨日の分は、昨日のうちに売っているのだろう。朝から買い取りに並ぶ者はいなかった。
「どうせ、買い取ってもらうんでしょ? だったら買い取り窓口でいいんじゃない?」
「そうだね、僕達のオークを先に売る? アスラムは何かあるの?」
「ああ、表に出して来た」
「表? なんで表に? うーん……よく分かんないけど、それなら僕達が先でいいね」
そう言ってタックが熊? に声を掛けた。
「おっ、兄ちゃんか。今日は何を持ってきたんだ?」
「はい、オークの討伐部位と毛皮です」
「またか。兄ちゃんは解体するんだったな、面白くねぇ。そのへんに置いときな、数えといてやるからよ」
「はい、オークの討伐部位は舌でしたね。袋に十ずつ入ってます。全部で二〇袋と、こっちの二袋が上位種のオークのもので、このひと袋がオークキングのものです」
「……お前……昨日、全部出したんじゃなかったのか」
タックが出した数が予想以上に多くて、熊? が驚いている。
「いえ、売れそうなものは全部出しましたよ。これは昨日獲ったものです」
「一日でか」
「はい、姉ちゃんと、あと助っ人もいましたけど」
姉弟だけなら、この半分程度だったろう。レオフラフィが姉弟を手伝ったお陰でこれだけの数が獲れたのだ。だが、解体は二人でやったのだし、レオフラフィが潰した後始末|(ミンチ肉加工)もやったのだから、十分自慢していい範囲だろう。
「凄げぇな……」
倒した数も然る事ながら、この数を見つけるためには相当な距離を移動しなければならない事も熊? は、知っていたから素直に賞賛した。ましてや、上位種やキングまで入っているのだ。熊? でなくとも賞賛するだろう。
もう、あの森でなら、姉弟は立派に冒険者をやって行ける実力になっていた。
「そっちの小僧もか」
「違うよ、アスラムは『森の主』を倒して来たから、僕達とは別行動だったんだよ」
「『森の主』!? その証拠は!」
驚いて大声になる熊? 凄い目でアスラムを睨んでいる。
「表に出して来たぞ」
「表~!? 表に何を出してきたんだ」
「えっ? 表? あ、さっきの話の。アスラムは表に『森の主』を出して来たの?」
「全然気付かなかったけど、いつ出したの?」
先に出すと、邪魔で中に入れなかったから、後で出したのだ。姉弟が気付かなかったのは当たり前だ。
「討伐部位ってやつだ。面倒だから二体しか持ち帰らなかったがな」
二体以上持ち帰れたが、討伐証明には二体で十分だと判断してレディに作らせたものだ。
嘘ではあるが、ここの奴らには判断つかないだろう。
「討伐部位なら何でここに持って来ねぇんだ。表に置く奴があるか!」
「ここで良かったのか? この建物が壊れてしまうぞ。二体分の部位じゃなくて二体だぞ」
「はぁ~?」
熊? は、カウンターの中からこっちを見てるから、冒険者ギルド内の騒ぎが目に入ったようだ。
「まさか、あの騒ぎは小僧のせいじゃねーだろうな」
「さぁ、どうだろうな。だが、早く移動させないと誰も通れないぞ」
「小僧、お前ぇ、まさか……バッキャロー! 樹の魔物を丸々表に置いてんじゃねー! 誰も通れねぇじゃねーか!」
熊? も、『森の主』の情報を知っていたのだろう、ようやく気付いたようだ。
俺が表に『森の主』を置いたと言ったのに対して、凄い形相で俺に罵声を浴びせながらカウンターから飛び出して行った。
朝の冒険者ギルドラッシュ時に、更に混雑させるようにしたのは訳がある。
目立つためだ。
目立ちたくないのに、目立つための事をしたのには、それなりの理由がある。
一番は、俺のランクが確実にAへの昇格を有利にする事。二つ目は、姉弟を目立たせる事。三つ目は、それだけの力を持ってるから誰も絡んで来るなとメッセージを送る事。姉弟に冒険者ギルドでは新人や急に伸びだした者は絡まれると姉弟から聞いてたからな。実際、初日に絡まれてたしな。
あれは、騒ぐ姉弟も悪かったとは思うが、今日は冒険者も多い時間帯だから大いに宣伝になるだろう。どうせ、目立つなと言っても目立つ姉弟だ。俺に注目は向かないだろう。
結果的に見ると、後で祝福の方で絡まれることになったので三番目の目的は達成できなかったが、一つ目と二つ目は達成できた。ま、一番目の目的が達成できたのなら、それでいい。これで堂々と国境を越えられるのだから。
熊? が、いなくなってしまったので暇になったのだが、喧騒が起こると受付の列に並んでた奴らもそっちに行ってしまって、受付に人がいなくなったからすぐに達成報告ができた。もちろん、いつもの受付姉さんにやってもらった。
「今から行くの?」
「どこへだ」
「どこへって森しかないでしょ。まだ、ここにいるって事は、昨日は出発の準備をしてたのよね?」
受付姉さんは、俺が今から森へ向かうものだと思ってるようだ。しかも、俺が『森の主』討伐に行くのは分かっていたようだ。
「いや、もう行って来た。オークの討伐証明はあっちで出したぞ。俺の分は、今確認中だ」
「行って来たってどこへ?」
「森以外にどこがあるんだ」
「も、森って、昨日の話でしょ?」
「そうだ」
受付姉さんとの噛み合わない話に、猛烈な勢いの熊? が、邪魔に入った。
「小僧! お前ぇ、なんてものを出してやがる! あんなのをどうしろってんだ! 誰も通れなくなっちまってんじゃねーか!」
「邪魔なら収納すればいい」
「バ、バカ言ってんじゃねー! あんなデカぶつが入る収納アイテムなんてここにはねーんだよ!」
高さ…今の場合は長さか。長さ三〇メートル、直径五メートルの巨木の二本ぐらい入る収納バッグも持ってないのか。
道幅がちょうど巨木一本分で二本並べられなかったから、冒険者ギルド前の道を左右に三〇メートルずつ、長さ六〇メートルの道を塞いでるんだからな。誰も通れなくて当たり前だ。
「ここは冒険者ギルドだろ。それぐらい持ってないのか」
「そ、それぐらいって。小僧! あんなのが入る収納アイテムがいくらするのか分かって言ってやがんのか!?」
「仕方が無い、貸してやろう」
そう言ってタックに渡してる収納バッグと同じものを出してやった。これなら巨木二本入れても、まだ少し余裕があるだろう。
「お、おまぇ……凄いな小僧。そんなものまで持ってやがんのか。もうAを飛び越してAAでも構わねぇかもな。ま、今回は借りとくぜ」
熊? は、収納バッグを受け取ると、表に向かって走って行った。
熊? が、出て行くと、騒ぎは徐々に収まって行くように見えたので、俺は受付姉さんと話を続けた。「凄げぇ」「そんな収納バッグを持ってたのか」「さすが王都の冒険者ギルドだな」などと、別の騒ぎが起こってるようだが向こうの騒ぎには興味は無い。
「今、討伐証明をしてもらってる。部位じゃなく本体だからすぐに証明してくれるだろう。全部は持ち帰れなかったが、その代わりに魔石は獲ってきた」
レディの姉達の魔石だ。この程度の魔石なら沢山持ってるから、九個全部出しても勿体無いとも思わない。むしろ、この程度の魔石でAランクに上がれるのなら更に追加してやってもいいぐらいだ。
俺が出した魔石で、更に受付姉さんが驚いている所に熊? が戻って来た。そろそろ名前を聞いてもいいかもしれない。
鑑定すれば分かるのだが、現状の熊だか大猫だか何の獣人だか分からない状態でも困らないので鑑定していないのだ。名前より熊? って思ってた方が覚えやすいというのもある。
その熊? が、大勢の冒険者を引き連れて帰って来た。
「小僧、協力を感謝だ。それと、この収納バッグだが、このまま売っちゃくれねーか? 倉庫に行きゃあ、収納バッグは空にできるんだが、ここまでの容量のものは中々買えねーんだ」
「なんだ、ここの冒険者ギルドはそんなに貧乏なのか」
「な! 失礼な小僧だな。そうじゃねーぞ、ここの冒険者ギルドは王都の冒険者ギルドだけあって金は持ってる。だが、これだけの容量の収納バッグは中々出回らなねーんだ。白金貨一枚でどうだ! 悪くねー金額だと思うが」
熊? の後ろにいる冒険者が、俺達の会話を聞いて色んな言葉を口にしている。
「おい、あの小僧、おやっさんにタメ口聞いてるぜ。命知らずな奴だぜ」
「おやっさんも子供だから許してんじゃねーか?」
「白金貨だってよー!」
「あんなに可愛い猫の獣人って、いつからいたんだ?」
「男の方も強そうだぜ」
「ふっ、俺は前から知ってるぜ。確かに奴らは強い」
「あの収納バッグは、あの小僧のものだったのか?」
「あいつ売るのかな」
「あの樹は、誰が持ってきたんだ?」
「あいつらの冒険者ランクはいくつなんだ?」
これだけ注目を浴びれば、今後は絡まれることも無いだろう。まぁ、絡まれても負ける事は無いのだが、前回のようにやり過ぎてしまうのも困りものだからな。姉弟はまだ手加減を覚えてないのだから。ちょうど、前回絡んで来た奴もいるようだし噂を広げてくれる事を期待しよう。
俺はフードを被って顔を隠してるが、姉弟は大きいから目立ってるしな。二人が俺の後ろに立ってて俺の声は聞こえてても姿までは見えてないだろう。
しかし、また白金貨か。凄い価値のようだが、これだけ頻繁に出てくると価値が無いように思えるぞ。
だが、収納バッグが出回らないとはどういう事だ。ダンジョンに行けば偶に宝箱に入ってるし、作れる奴もいるだろうに。
別に売るのは構わないのだが、この世界だとその辺りはどうなってるのだろう。
「別に構わないぞ」
収納バッグは呻るほど持ってるからな。
「ほ、ホントか! ありがてぇ、言ってみるもんだな」
「「「おお!」」」
と、野次馬からどよめきが起こった。そこここから「白金貨」という単語が聞こえてくる。
俺は別にお金には困ってない。商業ギルドのプラチナカードには沢山のお金が入っている。ま、使う予定も全然無いんだが。それでも、アスラムが目覚めた時には、少しでも多くあった方がいいだろうし、心象も良くしておいた方がいい。収納バッグを売る事でアスラムの株が上がるなら、いくらでも売ってやるよ。
カウンターでは、そのやり取りを驚きと呆れの入り混じった複雑な表情の受付姉さんが俺達を見ていた。
俺の後ろでは姉弟が「白金貨……」と言って、また自分の世界に旅立つミャールを「姉ちゃん目が金貨になってるよ! 気をしっかり持って!」と介抱しているタックの姿があった。




