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18 第16話 下方修正


 ニンフの居場所の目処は付いている。ハッキリと分かっているわけではないが、凡その検討は付いている。

 五日も森の中にいたのだ、俺が見つけていないはずが無い。

 ただ、ニンフは倒すのが面倒なため、放置していただけだ。たとえ倒したとしても魔石ぐらいしか旨味が無い。その程度の魔石ならいくらでも持ってるし、ニンフの枝や葉だったら、俺の持ってる世界樹の枝や葉や樹液の方が数百倍価値がある。

 放っておけば、こちらに実害は無いのだし、面倒なだけで価値が無いものは放置するに限る。

 今回も依頼でなければ手を出す価値もない魔物なのだ。



 目的の森の入り口に到着した。南北に細く延びる森だが、森全体が大きな森だから東西にも結構な距離はある。五〇キロはあるだろう。

 だが、ここからでも、森の中央にいるニンフに火魔法を着弾させる自信はある。だが、奴らには通用しないだろう。

 樹の魔物達は魔法耐性が高いのだ。それは火属性でも同じ事。

 たいまつのような魔力を使わない火なら100%ダメージを与えられるのだが、火魔法は魔力で作る火だ。だから、火魔法で攻撃すると、魔力を散らされ、火のダメージは一割も通らない。

 奴らは火耐性が高いのでは無く、魔力耐性が高いのだ。


 それでも、俺なら他にも手はある。だが、今回は他の目的もあるから俺が直接行く必要がある。その為の、姉弟とレオフラフィの陽動作戦なのだ。


 俺は森に入ると、ニンフがいると思われる場所を一直線に目指すのではなく、まずは弧の字を描く進路でニンフに向かった。

 真っ直ぐ突き進んでバレるようなヘマはしない。

 違う進路を取ったり、ジグザクに進んだり、時には魔物と戦って時間差を付けてニンフに向かう。姉弟の陽動も上手く行ってるのだろう。まだ気付かれた様子は無い。

大した邪魔も入らず、順調に森の中央に近付くにつれて、目的地が間違いないことを確証した。


 だが、確証したことによって、より面倒な状態なのが確認できた。

 ここのニンフは十体いて、どれが親玉なのかハッキリしないのだ。しかも、密集していない。点在しているのだが、直径一キロの範囲内なので、何とかなるだろう。


 さて、どいつから片付けるか。一番レベルが高いのが中央にいるのだが、他のレベルも然程変わりは無いので、親玉と断定はできない。

 纏めて倒すのは難しくは無いんだが、俺の目的のためには一体は残したい。それも一番の親玉をだ。


 こいつら樹系の魔物の厄介な所は、こういった複数の親玉で構成されている時だ。

 通常ならば全滅が理想だ。もちろん、この状況でも俺にはそれができる。だが、今回は親玉を残して森を管理させようと目論んでいるのだ。

 そうする事で、レオフラフィの傘下に入れ、この広大な森を全て手中に入れてしまいたいのだ。


 Aランクになれなかった時のための保険だな。

 今回の『森の主討伐』を達成すれば、Aランクになれずとも、あれだけ危険な依頼だと匂わせていたのだ、Aランクにはかなり近づけるはずだ。

 今回は無理だったとしても、あと一~二回の依頼を熟せばAランクになれると踏んでいる。だが、追っ手がそれを待ってくれるか分からない。そういう状況になった時に、安全な場所も確保しておきたい。

 森を支配下に置けば、追っ手からの追求も防げるだろう。そして、隙を伺いつつAランクを目指せばいい。その時に、冒険者ギルドの対応がどうなってるかは分からないがな。


 俺は目的を達成するべく、現在の『森の主』であるニンフを目指した。

 あと、五〇〇メートルで一体目のニンフに辿り着く、という地点でバレたようだ。周囲の樹々が俺の進路を阻んだ。と、同時に精神干渉もして来た。

 これが姉弟を連れて来なかった理由だ。

 ニンフなどの樹の魔物は、精神攻撃に長けている。俺には【身体異常無効】があるからそんな攻撃は効かないが、姉弟は違う。あの単細胞たちならすぐに精神干渉されて殺られてしまうだろう。


 俺の行く手を阻むため、樹々が密集して俺を通さない。しかも、蜂や蟻などの虫系の魔物のオマケ付きだ。

 これがもう一つの厄介な点だ。この妨害が本当に面倒なのだ。

 だが、今回は姉弟の陽動が上手く行ったのか、かなり近い地点まで近寄ることが出来た。

 あとは、仕上げに掛かるだけだ。


 指を二本立て、指先から魔法を放つ。


竜巻結界トルネードガード

 まずは、ニンフの操る樹々や下僕しもべの魔物に囲まれてもダメージを受けないように身体の周囲に結界を張った。


【一指土穿孔アースドリル

 既にニンフにはバレているので、誤魔化す必要は無くなった。目標に向かって道を作るべく、大きなドリル状の三角錐を土魔法で作り、高速回転させながら前方に放った。


 中指から放った【一指土穿孔アースドリル】は、その姿をすぐに大きくさせて、バキバキバキー! と、破壊音の立て、強引に一体目のニンフまでの道を作った。

 邪魔な虫系魔物も巻き込んで、全てを吹き飛ばしながら大きなトンネルを作り、突き進んで行く。目の前には一本の直径三メートルはある、樹のトンネルが出来上がっていた。


 ここでは、まだ火魔法は使わない。既に警戒はされているだろうが、更なる警戒をさせる必要は無い。奴らは火に弱い。いくら魔法耐性が高くとも、内部に直接火魔法を放たれればタダでは済まないのだから。

警戒心を最大にさせないためにも、まだ火魔法は温存しておく。


 樹の魔物はその場から動けない。だから、森の支配下のものを全て使って邪魔をしてくるのだ。油断させておく方が、邪魔も少なくていい。


 【一指土穿孔アースドリル】で作った道をダッシュで走り抜ける。


 あ……


 道を作るために放った【一指土穿孔アースドリル】が、想定していたよりも威力が高過ぎた。

 魔法で作られたドリルは、ニンフの元になっている本体の樹も破壊して、更に先の方まで道を作っていた。


 おかしい……なぜ、ここまで調整を間違えたのだ。想定以上に、こいつは魔法耐性の低い単体だったか。

 一体目のニンフを突き抜けて延びた道を行ってみると、二体目のニンフまで倒してしまっていた。あと、八体。慎重に進もう。


 しかし、調整が上手く行かず、その原因に気付いた時にはニンフは残り一体となっていた。

 ニンフへの道を作るために放った【一指土穿孔アースドリル】が、悉くニンフを葬ってしまったのだ。


 原因は、俺の行く手を阻んでいる樹にあった。

 この樹も、虫系魔物と同様に、下級の樹の魔物だと思っていたら普通の樹だったのだ。

 当たり前だが、防御力は魔物より格段に低い。俺は虫系魔物が出てきた事で、操られている樹も魔物だと勘違いしてしまっていたのだ。


「残り一体か……こいつを倒してしまうわけには行かないぞ」

 もう、誰がボスだったかなどどうでもいい。他のニンフは全て死んでしまって、一体しか残ってないのだから。

 だが、一体でも残っていれば何とかなる。いや、何とかしてやる。


 今度は慎重に、魔法ではなく武器で樹と魔物でバリケードを突破を試みた。想定以上に弱いニンフのために下方修正をした結果だ。


 【亜空間収納】から出した『岩伐斧ガンバップ』を右手に、『伐砕鉞バッサイエツ』を左手に持ち、樹を伐り進んだ。

 樹は紙のように軽く伐れ、虫系魔物は身体に纏った風結界で微塵切りになったり吹き飛ばされたり、斧鉞の餌食になって道を開けて行く。


 確かにこれだけ脆いのなら、読み違えたのも納得だ。

 樹だけではなく、虫系の魔物も弱すぎる。虫系の魔物は硬いし中々死なないというしぶとさを持ってるはずなのに、思ってた以上に脆かった。


「おい、お前はどうする気だ」


 樹々のバリケードを抜けた先で、ガタガタ震えながら、俺に刃向かおうと立っている女がいる。ニンフだ。

女の後ろには大きな樹があった、高さ三〇メートルはありそうだ。あれが本体だな。


 ニンフの実体というか、ニンフが行動を起こす時の念仮身体スピリチュアルボディだ。

 移動できない本体から離れ、魔法を駆使したり、コンタクトを取ったりするための仮初めの身体だ。

 樹の魔物にはよく見られる能力だ。こいつにダメージを与えても、あまり本体には影響が無い。本体と繋がってるのは命令系統だけで、力は本体が念仮身体スピリチュアルボディを出す時に分け与えた分だけしかない。だが、目の前にいる念仮身体スピリチュアルボディは、本体に余裕がなくなるぐらいの力を分け与えられているようだ。


「ふむ、答える余裕もないのか。ならば、答えを用意してやろう」

 答えを問う前に、脅しをかけて答えやすくしてやろう。

 『岩伐斧ガンバップ』と『伐砕鉞バッサイエツ』を収納し、大剣を代わりに出した。

 『斬壊大剣クラッシュバスタード

 刃渡り二メートルの大剣だ。斬るより潰す事を目的とした大剣だが、大きな樹の魔物相手にするにはちょうどいい武器だ。

 ついでに、ここまで温存していた火魔法で、一瞬だけ火柱を見せてやった。脅しとしては、これだけやれば十分だろう。念仮身体スピリチュアルボディも腰を抜かして座り込んでしまっている。


「選べ。服従か恭順か降伏か」

「はい! ふく……じゅ?」

「服従だな」

「あの…どれも同じ意味かと……」

「服従だな」

「はい! いえ…どれでも。殺されないのならどれでも結構です!」

「服従だな」

「はいー! それでお願いします!」


 よし、これで目的の半分は達成されたな。

 人間と違って、魔物は力が上位の者には服従する傾向が強いから楽でいい。


「お前が、この森のぬしで間違いないな」

「はい! でも…もうお姉さま達もいなくなりましたので、森全域まで干渉できる力は無くなってしまいました。今はせいぜい森の1/3ぐらいだと思います」

「それは問題ない。森の主である事が確認できたのならそれでいい。力は俺がなんとかしてやる。それより、ネコの獣人と魔獅子デビルレオは確認できるか」

 森の1/3も干渉できるのなら姉弟の位置ぐらいは確認できるだろう。


「え? あ、はい。えーと……はい、確認できました。二人のマーゲイの獣人と魔獅子デビルレオですね! 今はオークの巣があった所で休んでおられるご様子です!」

「そうだ。その魔獅子デビルレオの傘下に入り、一緒にいる二人のネコの獣人の補助をすると言うなら、お前に力を与えてやろう」

「はい! 助けて頂けるのでしたら、なんでもします! ですからお姉さま達のように殺さないでください!」

「あー、あれか。あれは殺す気は無かったのだが、少し調整を間違ってな。あのままやってたら、お前まで殺してしまう所だった。お前達、弱すぎるぞ」

「ちょ、調整を間違っただけって……これでも、この森の支配者だったのですが……」


 さっきまでガタガタ震えてたニンフだったが、今は逆にショックを受けて落ち込んでいた。『弱すぎる…弱すぎる…弱すぎ…』とずっと呪文のように呟いていた。

 森の支配者だろうが、これだけ弱くては俺の計画に支障をきたす。もっと強くなくては……魔改造だな。



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