ランチタイム
俺は今、シアという少女とともに、ランチを取っている。
昼食代は彼女のおごりで、だ。
「礼を言うくらい、朝のうちに済ませればよかっただろう……」
「す、すいません……」
話を聞いてみたところ、シアは俺に、助けられたことのお礼を言いたかったのだそうだ。
それならそうと、早く言ってほしかったな。
無駄に勘ぐってしまった俺が馬鹿みたいだ。
まあ、もしかしたら嘘をついている、という可能性もある。
が、彼女の様子からして、その線は薄いだろう。
見る限り、なかなか俺に話しかけられなかったというのも頷けてしまうほど、この子は気弱すぎる。
今はひとまず、ごく普通の女の子と考えて接触しよう。
この気弱さが演技でないことを祈るばかりだ。
「朝は私も冷静じゃなかったですし……遅刻しそうだったという事情もあって、クオンさんに話しかけることができませんでした……」
「なら、休み時間に話すという選択肢は?」
「クオンさん、休み時間は先生やアリシア様とお話ししてて、入り込む余地がなさそうでしたし……」
「それは……そうかもしれない」
なるほど。
彼女なりのちゃんとした事情があったわけだな。
であれば、これ以上責めるのも酷かもしれない。
「朝は仕方がなかった理由があり、休み時間も俺に気を使ってくれたことは理解した」
「そ、そうですか……よかった……」
シアは安心したかのようにホッと息をついた。
「さっきは手荒な真似をして悪かった。痛くはなかったか?」
「え? あ、大丈夫です! 全然痛くありませんでしたし!」
「そうか、ならいいんだが」
あのときは、あまり力を入れずに拘束できたからな。
彼女が抵抗していれば、多少は痛かっただろうが、まったくの無抵抗だった。
恐怖に怯える子羊かと思ったくらいだ。
「……そういえば、自己紹介がまだだったな」
「あ……確かにそうでしたね」
彼女については、名前がシアだということだけしか知らない。
だから、ここで一度、互いに名を名乗っておいたほうがいいだろう。
今後、友人関係を築くためにもな。
「朝のホームルームで聞いたと思うが、俺はナギ・クオンだ。これからよろしく」
「し、シア・ノーツです。至らないところがたくさんある身ですが、よろしくお願いします!」
そうして俺たちは、軽く自己紹介をしあった。
どうやら、彼女は俺のことを悪く思っていないようだ。
他のクラスメイトは、アリシアとの一件があったからか、俺に近づく素振りもないというのに。
そう思いつつ、俺は目の前にあるパンと野菜スープを口に運ぶ。
初めての学食は、値段的に控えめの物をチョイスした。
あまり高い物を奢ってもらうのも、気が引けるからだ。
ちなみに、シアも俺と同じ物を頼んでいる。
俺からすれば物足りない。
が、小中学生くらいの女の子には、ちょうどいい量の食事だろう。
……そういえば。
「これを訊くのは失礼かもしれないが、君の年はいくつなんだ?」
見た目からして、シアは俺と同い年に見えない。
ただ、フィーナ先生のような例もあるので、一概には言えないのだが、はたして……。
「わ、私は……えと、今は13で、今年14になります」
「13か……」
今回は俺の見立てで合っていたようだ。
しかし、これはこれで、新たな疑問が浮上する。
「この学院には15歳以上の魔法士が入学するのだと思っていたんだが、君のような例も少なくないのか?」
「は、はい。15以下で入学する人も、毎年数人はいるそうです」
「そうだったのか」
飛び級のようなものか。
まあ、この学院に初等部や中等部のようなものはないから、厳密には少し違うのだろうが。
「つ、次は私のほうから質問しても……いいですか?」
「……まあ、答えられる範囲の内容なら答えよう」
彼女のほうから質問をされるとは思わなかった。
だが、俺は彼女に一度、質問をしたんだ。
ならば、今度はこちらが彼女の質問に答えないと、フェアではないだろう。
「そ、その……地球という世界では、私たちと違う言語を用いると聞いていたのですが、クオンさんってスフィア語がお上手ですよね……どこで学ばれたんですか?」
「……それか」
スフィア語というのは、この異世界における共通言語のことだ。
地域によっては違う言葉を話す種族もいるようだが、スフィア語さえわかれば、どこでもだいたい話が通じるらしい。
そして、俺がそんなスフィア語を上手に喋れるのは、魔道具のおかげだ。
「俺の両耳にピアスがついているだろう?」
シアに耳を見せる。
小さなものではあるが、これこそが翻訳の魔道具だ。
「これは、言語を自動的に翻訳してくれる魔道具なんだ」
「えっ……ま、魔道具……ですか?」
「今、俺が流暢にスフィア語を喋ったり、聞きとることができるのも、これのおかげだ」
「そうだったんですね……」
正直、これがなかったら、異世界留学も難しかっただろう。
中には小さな魔石が組み込まれている。
それを定期的に取り換えさえすれば、ほぼ誰でも使える一品だ。
だが、この魔道具の価値については、俺も詳しく知らない。
新宿ダンジョン攻略作戦。
それが行われる少し前に支給された、ただの便利道具という認識しかない。
「でも、それだとスフィア語を読んだり書いたりすることはできない……てことですか?」
「ああ。だから俺も勉強中だ」
いくら言葉が通じるといっても、読み書きが不自由なままでは不便すぎる。
授業についていくのも苦労してしまうし、書物を読み解くこともできないのだからな。
一応、俺にはスフィア語についての知識がある。
しかし、それも精々、『幼稚園児がひらがなを読み書きできます』というレベルのものだ。
スフィア語の完全習得には、今後、それなりの努力が求められるだろう。
「えへへ……それなら、語学については私と同じですね。私も、読み書きはあまり得意ではないので」
「そうなのか?」
「はい。私はこの学院に入学するまで、小さな農村にいましたから。そういうことができなくても問題はなかったんです」
スフィアの文明レベルは、俺たちのいる世界よりも遅れている。
魔法や魔道具という存在があるから、一概には言えないが。
また、スフィアの教育レベルについても、あまり高いとは言えない。
子どもが学校に行くのも、全体で見たら少数派なのだとか。
当然、識字率も低い。
なので、シアのような子は、そう珍しくもないのだろう。
「といっても、全然できないってわけではないんですよ」
「そうなのか?」
「村にいた頃、お爺ちゃんから多少は教わっていましたので」
「なるほど……いいお爺さんを持ったな」
「はい、私にとって、お爺ちゃんは唯一の肉親で……一番大切な人です」
そこでシアが微笑んだ。
どうやら、お爺さんを褒められるのは、彼女にとって嬉しいことのようだな。
……それにしても、唯一の肉親、か。
両親については、訊かないほうがいいのだろう。
「そういえば、さっき『小さな農村』と言ったが、シアは貴族じゃないのか?」
「私は平民ですね。爵位もなにもありません」
この世界で学校に行く子ども。
それは、大半が貴族出身と聞く。
平民の場合、金銭的に余裕がなかったり、仕事を手伝わせていたりで、そんなところに通わせないらしい。
「それでも、この魔法学院にいるということは、シアは魔法の才能を認められている、ということか」
「と言いましても、クラスEからのスタートですけどね……」
クラスEということは、それほど期待されていない、ということか?
しかし、フィーナ先生は俺の自己紹介の際、彼女のことを『特待生』と呼んでいたな。
「……シアは特待生らしいが、なぜクラスEなんだ? 特待生なら、クラスAとかに入るものだと思うんだが」
「特待生は、魔法の才能ただ一点を認め、学院に入学させる制度なんです。それ以外にも勉強や運動ができればクラスAになりますが、できないとクラスが低くなるそうです」
「なるほど」
要するに、特待生は俺のような人材に与えられる特別枠ということか。
また、学内での特別措置はなく、より上のクラスになるためには総合力が求められるわけだな。
「そういえば、クオンさんもクラスEですが、どうしてなんでしょう?」
……さっきの質問は藪蛇だったか。
彼女にいらない疑問をさせる機会を与えてしまった。
「魔力がない、というのがネックになるんじゃないか?」
「まあ、魔力保有量も重要な要素ですが……私は、クオンさんならクラスAでもいいと思うんです」
なんだか、シアは俺のことを高く評価しているみたいだな。
今朝に助けられたことで、そうなったのだと思うが、評価しすぎな気もする。
俺は、魔力ゼロであることもさることながら、学力面でも、語学や歴史といった面で大きく劣っている。
なので、クラスEになっても仕方がないと言えるはずだ。
「あまり俺を買い被らないでくれ」
「か、買い被ってなどいません! 今朝の出来事もそうですし……アリシア様との模擬決闘だって、クオンさんは……なにかしましたよね?」
「…………」
その質問には答えない。
説明をしても、俺の首をしめるだけだ。
「早く食べないと、スープが冷める。食事に集中しよう」
「え……あ、はい……」
強引に話を終わらせる。
すると、シアは若干戸惑った様子を見せながらも、モソモソとパンを食べだした。
こうして、俺たちの間に会話がなくなった。
……少し、冷たい対応だっただっただろうか。
俺は自分の力について、あまり話したくない。
しかし、だからといって、こんな小さい子に冷たい対応をするというのも、器が小さいと言わざるをえないな。
俺もまだまだだ。
「……すまない。俺は、自分のことについて詮索されるのが嫌いなんだ」
なので、俺は本心を少しだけ語り、シアに謝ることにした。
「い、いえ! 謝っていただくことなど、なにもありません!」
俺が頭を下げるのを見て、シアは驚いたというような表情を浮かべている。
「む、むしろ、不躾な質問をしてしまって、私のほうが申し訳ないくらいです……」
「いや、君は悪くない。悪いのは俺だ」
「いえいえ……悪いのは私です……」
そうして、俺たちは互いに謝罪の言葉を口にする。
なんだろうか、この状況は。
無限ループにでも入りそうだ。
「それじゃあ、2人とも悪いということで手打ちにしよう」
このまま謝り続けても仕方がない。
だから、俺は先に謝りだした責任を取ることにして、このループをとめた。
「……ふふっ」
すると、シアは唐突に微笑を浮かべだした。
「今の会話、傍から見たらおかしく見えたでしょうね」
「……確かにな」
そう思うと、少しだけ恥ずかしいな。
シアも、ほんの少し頬を赤らめているし、おそらくは俺と同じ心境なのだろう。
「わかりました。クオンさんについては、今後は詮索しないように気をつけますね」
「ああ、そうしてくれると助かる」
変なことをしてしまったが、どうやら俺は、シアと上手くやっていけそうな気がする。
クラスメイトと仲良くなれるのは、とても良いことだ。
「これからよろしく、シア」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……クオンさん」
そして、俺たちは再び頭を下げあった。
謝罪ではなく、これから友好を深めあうために。