表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/7

ランチタイム

 俺は今、シアという少女とともに、ランチを取っている。

 昼食代は彼女のおごりで、だ。


「礼を言うくらい、朝のうちに済ませればよかっただろう……」

「す、すいません……」


 話を聞いてみたところ、シアは俺に、助けられたことのお礼を言いたかったのだそうだ。


 それならそうと、早く言ってほしかったな。

 無駄に勘ぐってしまった俺が馬鹿みたいだ。


 まあ、もしかしたら嘘をついている、という可能性もある。

 が、彼女の様子からして、その線は薄いだろう。


 見る限り、なかなか俺に話しかけられなかったというのも頷けてしまうほど、この子は気弱すぎる。

 今はひとまず、ごく普通の女の子と考えて接触しよう。

 この気弱さが演技でないことを祈るばかりだ。


「朝は私も冷静じゃなかったですし……遅刻しそうだったという事情もあって、クオンさんに話しかけることができませんでした……」

「なら、休み時間に話すという選択肢は?」

「クオンさん、休み時間は先生やアリシア様とお話ししてて、入り込む余地がなさそうでしたし……」

「それは……そうかもしれない」


 なるほど。

 彼女なりのちゃんとした事情があったわけだな。

 であれば、これ以上責めるのも酷かもしれない。


「朝は仕方がなかった理由があり、休み時間も俺に気を使ってくれたことは理解した」

「そ、そうですか……よかった……」


 シアは安心したかのようにホッと息をついた。


「さっきは手荒な真似をして悪かった。痛くはなかったか?」

「え? あ、大丈夫です! 全然痛くありませんでしたし!」

「そうか、ならいいんだが」


 あのときは、あまり力を入れずに拘束できたからな。

 彼女が抵抗していれば、多少は痛かっただろうが、まったくの無抵抗だった。

 恐怖に怯える子羊かと思ったくらいだ。


「……そういえば、自己紹介がまだだったな」

「あ……確かにそうでしたね」


 彼女については、名前がシアだということだけしか知らない。

 だから、ここで一度、互いに名を名乗っておいたほうがいいだろう。

 今後、友人関係を築くためにもな。


「朝のホームルームで聞いたと思うが、俺はナギ・クオンだ。これからよろしく」

「し、シア・ノーツです。至らないところがたくさんある身ですが、よろしくお願いします!」


 そうして俺たちは、軽く自己紹介をしあった。


 どうやら、彼女は俺のことを悪く思っていないようだ。

 他のクラスメイトは、アリシアとの一件があったからか、俺に近づく素振りもないというのに。


 そう思いつつ、俺は目の前にあるパンと野菜スープを口に運ぶ。


 初めての学食は、値段的に控えめの物をチョイスした。

 あまり高い物を奢ってもらうのも、気が引けるからだ。


 ちなみに、シアも俺と同じ物を頼んでいる。

 俺からすれば物足りない。

 が、小中学生くらいの女の子には、ちょうどいい量の食事だろう。


 ……そういえば。


「これを訊くのは失礼かもしれないが、君の年はいくつなんだ?」


 見た目からして、シアは俺と同い年に見えない。

 ただ、フィーナ先生のような例もあるので、一概には言えないのだが、はたして……。


「わ、私は……えと、今は13で、今年14になります」

「13か……」


 今回は俺の見立てで合っていたようだ。

 しかし、これはこれで、新たな疑問が浮上する。


「この学院には15歳以上の魔法士が入学するのだと思っていたんだが、君のような例も少なくないのか?」

「は、はい。15以下で入学する人も、毎年数人はいるそうです」

「そうだったのか」


 飛び級のようなものか。

 まあ、この学院に初等部や中等部のようなものはないから、厳密には少し違うのだろうが。


「つ、次は私のほうから質問しても……いいですか?」

「……まあ、答えられる範囲の内容なら答えよう」


 彼女のほうから質問をされるとは思わなかった。


 だが、俺は彼女に一度、質問をしたんだ。

 ならば、今度はこちらが彼女の質問に答えないと、フェアではないだろう。


「そ、その……地球という世界では、私たちと違う言語を用いると聞いていたのですが、クオンさんってスフィア語がお上手ですよね……どこで学ばれたんですか?」

「……それか」


 スフィア語というのは、この異世界における共通言語のことだ。

 地域によっては違う言葉を話す種族もいるようだが、スフィア語さえわかれば、どこでもだいたい話が通じるらしい。


 そして、俺がそんなスフィア語を上手に喋れるのは、魔道具のおかげだ。


「俺の両耳にピアスがついているだろう?」


 シアに耳を見せる。

 小さなものではあるが、これこそが翻訳の魔道具だ。


「これは、言語を自動的に翻訳してくれる魔道具なんだ」

「えっ……ま、魔道具……ですか?」

「今、俺が流暢(りゅうちょう)にスフィア語を喋ったり、聞きとることができるのも、これのおかげだ」

「そうだったんですね……」


 正直、これがなかったら、異世界留学も難しかっただろう。


 中には小さな魔石が組み込まれている。

 それを定期的に取り換えさえすれば、ほぼ誰でも使える一品だ。


 だが、この魔道具の価値については、俺も詳しく知らない。


 新宿ダンジョン攻略作戦。

 それが行われる少し前に支給された、ただの便利道具という認識しかない。


「でも、それだとスフィア語を読んだり書いたりすることはできない……てことですか?」

「ああ。だから俺も勉強中だ」


 いくら言葉が通じるといっても、読み書きが不自由なままでは不便すぎる。

 授業についていくのも苦労してしまうし、書物を読み解くこともできないのだからな。


 一応、俺にはスフィア語についての知識がある。

 しかし、それも精々、『幼稚園児がひらがなを読み書きできます』というレベルのものだ。

 スフィア語の完全習得には、今後、それなりの努力が求められるだろう。


「えへへ……それなら、語学については私と同じですね。私も、読み書きはあまり得意ではないので」

「そうなのか?」

「はい。私はこの学院に入学するまで、小さな農村にいましたから。そういうことができなくても問題はなかったんです」


 スフィアの文明レベルは、俺たちのいる世界よりも遅れている。

 魔法や魔道具という存在があるから、一概には言えないが。


 また、スフィアの教育レベルについても、あまり高いとは言えない。

 子どもが学校に行くのも、全体で見たら少数派なのだとか。

 当然、識字率も低い。


 なので、シアのような子は、そう珍しくもないのだろう。


「といっても、全然できないってわけではないんですよ」

「そうなのか?」

「村にいた頃、お爺ちゃんから多少は教わっていましたので」

「なるほど……いいお爺さんを持ったな」

「はい、私にとって、お爺ちゃんは唯一の肉親で……一番大切な人です」


 そこでシアが微笑んだ。

 どうやら、お爺さんを褒められるのは、彼女にとって嬉しいことのようだな。


 ……それにしても、唯一の肉親、か。

 両親については、訊かないほうがいいのだろう。


「そういえば、さっき『小さな農村』と言ったが、シアは貴族じゃないのか?」

「私は平民ですね。爵位もなにもありません」


 この世界で学校に行く子ども。

 それは、大半が貴族出身と聞く。


 平民の場合、金銭的に余裕がなかったり、仕事を手伝わせていたりで、そんなところに通わせないらしい。


「それでも、この魔法学院にいるということは、シアは魔法の才能を認められている、ということか」

「と言いましても、クラスEからのスタートですけどね……」


 クラスEということは、それほど期待されていない、ということか?

 しかし、フィーナ先生は俺の自己紹介の際、彼女のことを『特待生』と呼んでいたな。


「……シアは特待生らしいが、なぜクラスEなんだ? 特待生なら、クラスAとかに入るものだと思うんだが」

「特待生は、魔法の才能ただ一点を認め、学院に入学させる制度なんです。それ以外にも勉強や運動ができればクラスAになりますが、できないとクラスが低くなるそうです」

「なるほど」


 要するに、特待生は俺のような人材に与えられる特別枠ということか。

 また、学内での特別措置はなく、より上のクラスになるためには総合力が求められるわけだな。


「そういえば、クオンさんもクラスEですが、どうしてなんでしょう?」


 ……さっきの質問は藪蛇(やぶへび)だったか。

 彼女にいらない疑問をさせる機会を与えてしまった。


「魔力がない、というのがネックになるんじゃないか?」

「まあ、魔力保有量も重要な要素ですが……私は、クオンさんならクラスAでもいいと思うんです」


 なんだか、シアは俺のことを高く評価しているみたいだな。

 今朝に助けられたことで、そうなったのだと思うが、評価しすぎな気もする。


 俺は、魔力ゼロであることもさることながら、学力面でも、語学や歴史といった面で大きく劣っている。

 なので、クラスEになっても仕方がないと言えるはずだ。


「あまり俺を買い被らないでくれ」

「か、買い被ってなどいません! 今朝の出来事もそうですし……アリシア様との模擬決闘だって、クオンさんは……なにかしましたよね?」

「…………」


 その質問には答えない。

 説明をしても、俺の首をしめるだけだ。


「早く食べないと、スープが冷める。食事に集中しよう」

「え……あ、はい……」


 強引に話を終わらせる。

 すると、シアは若干戸惑った様子を見せながらも、モソモソとパンを食べだした。

 こうして、俺たちの間に会話がなくなった。


 ……少し、冷たい対応だっただっただろうか。


 俺は自分の力について、あまり話したくない。

 しかし、だからといって、こんな小さい子に冷たい対応をするというのも、器が小さいと言わざるをえないな。


 俺もまだまだだ。


「……すまない。俺は、自分のことについて詮索されるのが嫌いなんだ」


 なので、俺は本心を少しだけ語り、シアに謝ることにした。


「い、いえ! 謝っていただくことなど、なにもありません!」


 俺が頭を下げるのを見て、シアは驚いたというような表情を浮かべている。


「む、むしろ、不躾な質問をしてしまって、私のほうが申し訳ないくらいです……」

「いや、君は悪くない。悪いのは俺だ」

「いえいえ……悪いのは私です……」


 そうして、俺たちは互いに謝罪の言葉を口にする。


 なんだろうか、この状況は。

 無限ループにでも入りそうだ。


「それじゃあ、2人とも悪いということで手打ちにしよう」


 このまま謝り続けても仕方がない。

 だから、俺は先に謝りだした責任を取ることにして、このループをとめた。


「……ふふっ」


 すると、シアは唐突に微笑を浮かべだした。


「今の会話、傍から見たらおかしく見えたでしょうね」

「……確かにな」


 そう思うと、少しだけ恥ずかしいな。

 シアも、ほんの少し頬を赤らめているし、おそらくは俺と同じ心境なのだろう。


「わかりました。クオンさんについては、今後は詮索しないように気をつけますね」

「ああ、そうしてくれると助かる」


 変なことをしてしまったが、どうやら俺は、シアと上手くやっていけそうな気がする。

 クラスメイトと仲良くなれるのは、とても良いことだ。


「これからよろしく、シア」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……クオンさん」


 そして、俺たちは再び頭を下げあった。

 謝罪ではなく、これから友好を深めあうために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ