譚之壱 紅葉旅館より その陸
「まぁ、落ち着けよ一弘」言うと僕はようやく二人の向かいに腰を下ろした。
「まぁ、あいつの体験者の言うことなら素直に聞いてやるとしようか」尊大にふんぞりかえって言う。それでも一弘は大人しく座り直し、僕の次の言葉を待つ、その間に二人の童女は待ち構えていたかのように我先にと僕の膝の上を占領した。
ちょこん、と僕の上に落ち着いた二人と彼らを見比べながら僕は尋いた。
「気づいてないって事は… ないよな」
「ああ、その二人の動く人形のことだろう」一弘が軽く頷き、青瀬がその意味するところを確認するかのように言った。
「私、私っ、人間だもんっ…」
「あーっ、一見姉泣かしたぁっ、これでもあたらしら れっきとした人間の魂を持ってるんだからねぇ、いますぐ謝んないないとお兄ちゃんのこと嫌いになるぞっ!」蚊の鳴くような声でこれでも人間だと主張する声と、それを踏みにじった事を非難する同じ声に、青瀬は珍しくも真摯な面差しですまないと二人に謝っていた。その時の僕は『こいつでも人に謝ることがあるんだな』とその事に軽い驚きを覚えていた。そんな事を思っていると”どんっ”とテーブルを叩く音が響き
「拓うっ、お前まーだ俺のことをわかっとらんようだなぁ、可愛いから許すに決まっとるだろーがっ!!」と心底 心外と言った顔で一弘はテーブルから身を乗り出して叫んだ。
「ま それにな、この位の事でいちいち驚いとったら貴様とはつきあっとれんわな」まだ後ろで美を愛でる芸術家のこの俺様がどーのこーのとほざく一弘を放っておきながら 台詞だけは一弘の後を受け継いだ形で青瀬はそう言い終え、数秒後”悪戯っ子の笑み”をその顔に浮かべて
「それにな、これはお前の不幸の不可欠要素だしな」と涼しい顔で付け加えることを忘れなかった。
「陽、よくそれで探偵事務所の看板掲げて眠ってられるな」せめてもの仕返しとばかりに僕が言った言葉は「知らんのか、どんな不可思議なことであっても目の前で起こっている現実を認められるというのは探偵の大事な資質の一つだぞ」という彼のお言葉と冷たい視線によって丁重に迎えられた。
「それにな、暇つぶしという点ではどちらも変わらん」ほどよくなったお茶をすすりながら奴は止めとばかりにそう言ってくれた。




