譚之壱 紅葉旅館より その四
◇しかし、拓磨は、この後 彼が全くの偶然により二十世紀最後の超現実主義の巨匠と|言われ(呼ばれ)れるようになることも、本人には用済みとなった完成予想図を売りながら生涯”天才的ながらくたを作り続けることを 彼は まだ知らない。ちなみにその時の拓磨のセリフは「世の中なんか間違っている」である。
女神と悪魔にこぞってえこひいきされるといわれる男である。◇
『いつでもどこでも天才的発明品 ―天才のこの二文字を抜かすと一弘が怒るのであえて付け加えておく― を世に出せるように』とペンキその他の諸々のシミのついたツナギとかジャージなんぞを日頃から着ていなければわりとハンサムな一弘の隣では、|人の良さそうな(人畜無害といった様相で)温和な笑みを浮かべた男がほのぼのーとした手つきでお茶をすすりながら二見―どうやら騒がしいほうが二見らしいに―「ねぇねぇ あの二人って|そういう(禁断の愛の)関係っ?」と聞かれ それに「ちがうよ」と|笑って(きわめて紳士的に)答えていた。そしておもむろに彼は僕のほうに向き直ると「今は、まだ な」と言いやがった。
そのまま、その柔和な笑みを”悪戯っ子の笑み”に変えると「拓磨、お前さん。よっぽどこの二人に気に入られたらしいな、さっきからお前のことを根掘り葉掘り尋かれたんでな、丁寧に、包み隠さず、親切に、全て、教えてやっといたぞ、感謝するように」とのたまわりやがった。
不安の素その二、こいつは青瀬 陽、蘇奈とは違って僕の身に起こった。この場所にくるはめになった事件をきっかけに知り合った悪友で、黙っていれば人畜無害を絵に描いたような温和な笑みを浮かべているだけなのだが、ひとたび口を開けば ご覧のとおりというわけ。
このどこか間の抜けたような表情とは裏腹に類い稀なる記憶力と大胆な仮想構築能力とでほとんどの事件の真相を本人が言うには 暇つぶし的に推測し、言い当てることを特技としているが、いまだそういう方面で活躍したという話は聞かない、それでも父親の興信所に”探偵事務所”と書かれたプレートがぶら下がっているのは、そのうちそういった方面で働くつもりでいるということなのだろうか。
そのわりにはたまにポツリと来る客を無下に追い返しているような気がするが…