譚之参 春の嵐 その陸
結局、乙音という女は鈴音さんの部屋に居候する事になった、聞いた話によるとお互いの監視というところに妥協点を見いだしたということらしい。
その噂二人はここの所毎日、僕の前に現れる。
『もうすぐ、昼か、そろそろだな…』
「拓磨さんっ」
「拓磨あぁーっ♪」
『来ましたか…』
「一見っ!、二見っ!! 抱っこしてやるからちょこっと手を貸してくれっ、鬼ごっこするぞっ!! 鬼はあの二人のお姉ちゃんだっ!!」走りながらぼくは二人の童女を捜す、と二人 が向こうからやって来た、それを抱きとめて僕は走った。
『まぁ姑息な手ではあるが、状況は利用しなくっちゃあね、それに|一見、と二見も遊ばせてやれるし、一石二鳥というものだ。 そして旅館を出てすぐの角を曲がる、と、先回りをしていた鈴音さんとばったりと出会っ てしまった。
「そうそう同じ手にはひっかかりませんわよ 拓磨さ…ん…!?」そこで戸惑ったような表情を浮かべて彼女は 僕と二人の童女とを見比べ、その目に涙をたたえて彼女は言い放った。
「拓磨さんっ! 私というものがありながら人形なんかに手を出すなんてっ!! いいえ、言い訳しなくてもよろしいですわ、その腰に回されたいやらしい手つきが何よりの証拠です。…不潔ですわっ!!」
『じゃあ、どうやって二人も抱えろ(だっこしろ)っていうんだ!?』
「だーから言ってるだろ、拓はロリコンなんだってば、なにせいつの間にか我が最愛の妹を口説いた手腕には舌を巻いたものなぁ…」
「一弘っ、あれは違うって 何度言ったらわかるんだっ!!」
『そりゃーさ、手紙もらったのは事実だけどさ、何でお前はこういうときばっかりタイミングよく現れて騒動の種を播いていくんだ」
「妹の真名美がなぁ、妙に浮かれて出かけてった後をつけた俺の”空飛ぶムービー君”がなぁ、お前と我が最愛の妹のデートの様子を克明に撮ったもんがあるんだよぉ、それでもしらばっく れるつもりかい、えぇ?」
「しょうがないだろ、子供の純情を踏みにじ るような真似ができるかっ!!」
「そうだよなぁ、年上のお姐ちゃんにこっぴどくふられたことのある君に、そんなこと非情な真似はできないよねぇ、しかしさぁ我が妹とデートしたことは認めるんだねぇ、それだけですでに貴様の幼女愛好趣味は暴露されたも同然っ! おおかた年上の人に振られた反動だろうが、なにも|我が最愛の妹に手を出すことはないじゃあないかっ(ちかばですますことはないじゃあないかっ)!!」
『ずいぶんと根にもつじゃないかおまえ』
一弘のさらなる台詞に、弾かれたように彼女は走りだした。そしてその身が猫へと変貌をとげ、黒猫は何事もなかったかのように、僕の左の肩の上にその座を決め毛繕いを始めた。
どうやら彼女は猫と人間の時の記憶が分かれ ているらしかった。
「まーさん、鬼、交代?」
「失ぃっつ礼ちゃうっ! 自分が猫又だって事も 知らない女に人形呼ばわりされたくないわよっ! ちょっとぉ聞いてんのぉこの猫娘っ!!」
『頼むから僕の体の上でわめかんでくれ』
「ふふふっ、見ぃつけたーっ♪」
『…』
「残りの鬼だ、それっ、逃げるぞっ!!」 僕の声とともにそれまで三者三様の事をわめいていた二人と一匹は一つの事、漆黒の女の進行妨害を一丸となって始めた。
「いってらっしやいまほー」
*
追記
このお昼の町内マラソンが有名になるのにさしたる時間はかからなかった。
”ああ、僕の平穏はいつになったら訪れるのだろうか…”