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第1章:異世界


 僕のベッドは何かがおかしかった。


 目を開ける前、最初にそう思った。硬すぎるし、平らじゃないし、それに……濡れている? 僕は小さくうめき声を上げ、楽な体勢を探して体をよじろうとしたが、腰が硬い何かにぶつかった。石か?


 僕は目を開けた。


 僕の部屋の天井ではなかった。


 ただ緑が広がっていた。何重にも重なり合った深い緑が、僕の視界を覆っていた。葉。小枝。その隙間から差し込む太陽の光が目に眩しい。


 まだ半分眠っている頭で、このわけのわからない情報を処理しようと、僕は何度か瞬きをした。


 土の匂い。


 とても強い匂いだ。雨上がりの濡れた土の匂い、腐った葉の匂い、苔の匂い。それが頬に触れているのがわかる。冷たくて湿っている。


 僕ははっと飛び起き、頭がくらくらするほどの勢いで体を起こした。


「なんなんだ……?」


 自分の声が変に聞こえた。


 左右を見回す。森だ。本物の森だ。地面から根が突き出た大木に、僕の腰の高さまである生い茂った茂み。


 遠くで鳥のさえずりが聞こえ、絶え間ない虫の羽音が混ざり合っている。


 心臓が早鐘を打ち始め、肋骨を叩くように激しく脈打った。胃のあたりから喉元へと冷たいものが這い上がってくる。


 誘拐されたのか?


 真っ先にその考えが浮かんだ。昨晩何をしていたか思い出そうとする。大学から帰って、ご飯を買って、少しゲームをして、それから寝た。それだけだ。僕みたいな人間を誰が誘拐するというのか? それに、こんな……どこだここは?


 スマートフォンを探そうと、ズボンのポケットを手探りした。


 手がざらざらした布地に触れた。


 僕は下を向いた。


 僕のショートパンツではない。お気に入りのTシャツでもない。


 くすんだ白いチュニックのようなものを着ていた。麻袋のように生地が粗く、肌がチクチクする。ズボンは色あせた茶色の長ズボンで、同じように粗末な生地だった。そして足元には……履き古された様子のシンプルな革靴があった。


 その布地に触れながら、僕の手は震えていた。これは僕の服じゃない。今世紀のどこの店で売られている服にも見えなかった。


「くそっ……」


 立ち上がろうとした。滑りやすいぬかるんだ地面の上で、足元がおぼつかない。僕はもう一度周囲を見渡し、道や、人里の気配や、何か筋の通る手がかりを探した。


 水だ。


 水のせせらぎが聞こえた。激しく流れる川の音だ。


 喉がカラカラに渇いていた。本能のままに行動した。行く手を阻む木の枝を払いながら音のする方へと走り、ブーツがぬかるんだ地面でピチャピチャと音を立てた。


 茂みが開けると、そこに川があった。幅が広く、透き通った水が滑らかな川石の上を勢いよく流れている。


 川岸へ駆け寄り、冷たい岩の上に膝をついた。両手で水をすくい、熱っぽく汚れた顔を洗った。水は肌が凍りつくほど冷たかった。


 水面の波紋が静まり始めたとき、それが見えた。


 水面に映る影だ。


 僕は固まった。顎から水が滴り落ちて川に戻り、再びその影を乱した。水面が再び静まるのを待った。


 その顔はまだそこにあった。


 僕の顔ではなかった。


 一人の少年がこちらを見つめ返していた。髪型はセンター分けで、緑色の瞳は恐怖に満ちている。北欧人のように色白で、尖った耳を持ち、可愛らしくも整った顔立ちをしていた。年齢はおそらく十二、三歳くらいだろう。


 手を上げ、自分の頬に触れた。


 水の中の少年も頬に触れた。


 頬を引っ張り、痛むほど強くつねってみた。


 水の中の少年も同じことをし、痛みに顔を歪めた。


 僕は後ずさりし、湿った地面にしりもちをついた。息が荒く、短く乱れていた。


「こんなの……笑えない」

 

 僕は呟いた。またあの少年の声だった。


 自分の髪をかきむしった。感触が違う。手触りも、長さも。何もかもが違っていた。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 横の地面を叩くと、泥があちこちに飛び散った。


「まさか異世界に来たんじゃないだろうな? 冗談じゃないぞ!」


 静かな森に向かって僕は叫んだ。鳥たちは一瞬鳴くのをやめたが、僕の存在の危機など意に介さないかのように、再びさえずり始めた。


 確かに僕は異世界小説を読むのが好きだった。主人公がトラックに轢かれて死に、目が覚めたら美少女たちに囲まれているようなアニメを見るのも好きだった。


 だが、見るのと実際に体験するのとでは大違いだ。


 見慣れない小さな手を見つめる。爪の間には土が詰まって汚れていた。


 隣の草を一握りむしり取った。あまりの苛立ちに強く引っ張りすぎたせいで、この小さな体が後ろへよろめいた。ドサッ。湿った地面に尻を強く打ちつけ、僕は顔をしかめた。


「くそ、ついてなさすぎる。目が覚めたら、こんなわけのわからない状況に放り出されているなんて」


 こめかみを押さえながら、僕は小さく悪態をついた。


「今どこにいるのかの手がかりすら一切ないなんて。僕をここに送り込んだ奴、本当に無責任すぎるだろ。チッ」


 深く息を吸い込んだ。ここでじっとして、水面に映る見知らぬ顔を見つめながら運命を嘆いていても、何の解決にもならない。太陽はすでに西へ傾き始めている。時間は限られていた。夜になる前に避難できる場所を早く見つけなければ、この森に棲む何かの格好の餌食になってしまう。


 だが、どこへ行けばいいんだ?


 体を回し、周囲を見渡した。この森には終わりがないように思えた。苔むした幹を持つ巨木が高くそびえ立ち、その太い根は凍りついた大蛇のように地面から突き出ている。生い茂る藪があらゆる方角の視界を遮っていた。むやみに歩き回れば、さらに深く迷い込み、より凶暴な捕食者が潜む森の奥深くに入り込んでしまうかもしれない。


 慎重にならなければ、と考え、頭をフル回転させて状況を分析した。


 もしここが本当に異世界アニメのようなファンタジーの世界なら、魔物の存在ももはやただの創作ではない。それに、この体は……。


 僕は再び穏やかな川の水面に映る姿を見つめた。一人の少年の顔が見つめ返してくる。薄汚れ、緑色の瞳には怯えの色が浮かんでいた。さっき冷たい水で洗ったばかりだというのに、頬や額にはまだ土の汚れがこびりついている。


 手を伸ばし、違和感のある耳に触れてみた。先端が尖り、上に向かって伸びている。


「これ、エルフの耳だよな?」


 見慣れない軟骨の輪郭を指でなぞりながら、僕は呟いた。


「そうに違いない。アニメでこういう形をよく見た。白い肌、緑の目、尖った耳……あまりにもテンプレ通りだ」


 もしこの仮説が正しく、僕が今エルフなのだとすれば、当然の流れとして魔法が使えるはずだ。それが基本のお約束じゃないか? エルフといえば魔法と自然だ。


 それを踏まえて、アニメで見た手の動きを真似してみた。意識を集中させ、体の中にあるエネルギーや魔力、あるいはそれに類する何かの流れを感じ取ろうとする。


 手のひらを前へ突き出し、火の玉や風の突風、あるいはせめて小さな光の火花を思い浮かべた。


 静寂。


 何も起こらない。森の風は相変わらず穏やかに吹き抜け、葉と葉が擦れ合うカサカサという音が、まるで僕をあざ笑っているかのようだった。


「くそっ」


 僕は失望して小さく舌打ちした。


「まさかこの子、魔法の才能がまったくないのか? それとももっと最悪なことに……ここ、魔法のない世界だったりしないよな?」


 僕は長いため息をついた。


「異世界転移した人間として、何か見返りがあってもいいはずだろ? チートとかさ、そういうのが何かしらあってもいいじゃないか」


 僕は立ち上がり、静まり返った森に向かって両手を大きく広げた。


「スキル、出ろ!」


 僕の声は一瞬こだまし、木々の茂みに飲み込まれて消えた。返ってきたのは、川のせせらぎの音だけだった。


「魔法、出ろ!」


 相変わらず静まり返っている。


「ステータス、出ろ!」


 ゲームやアニメの記憶から思いつく限りのキーワードを一つずつ叫んで試した。だが結果はゼロ。浮かび上がるステータス画面もなければ、頭の中に響く通知音もない。


 冷たく締めつけるような恐怖が、じわじわと這い上がってきた。


「これで最後だ」


 声が震えていた。


「これで駄目なら……僕は本当にこの森の真ん中で犬死にすることになる」


 目を閉じ、その一言にすべての希望を込めた。


「システム」


 ピーン!


 僕は目をカッと見開いた。


 目の前の何もない空間に、青く透き通ったホログラム画面が浮かび上がっていた。その光は柔らかく、眩しくはなかったが、汚れた僕の顔を照らすには十分な明るさだった。


 胸が高鳴った。これまで見た中で一番美しいものを見るかのように、目を輝かせてその画面を見つめた。


「ははは! やっぱりな!」


 小さく笑い声を漏らしながら叫んだ。さっきまで首を絞めていた恐怖と絶望がゆっくりと薄れ、温かい安堵の波がそれに取って代わった。


「僕みたいな転移者には、やっぱりチートがなきゃな。どれどれ、何が出たんだ?」


 画面に顔を近づけ、そこに書かれている文字を読んだ。


【異世界間オンライン通販システム】


 僕の笑みが凍りついた。呆然として、虚ろな目でその文字を見つめた。


「オンライン通販システム……?」


 冷水を浴びせられたかのような落胆が僕を襲った。


「くそっ、期待してたシステムと違う!」


 もどかしさに頭を抱え、ざらついた金髪をかき回しながら愚痴をこぼした。


「無限の魔力をくれるシステムはどこだ? 時間停止の力は? 一撃で山を消し飛ばす超人的な身体能力はどこへ行ったんだよ?!」


 大きく息を吐き、がっくりと肩を落とした。


「でも……まあいい。何もないよりはずっとマシだ」


 指先でシステムの機能を調べ始めた。直接的な戦闘力はないものの、詳しく確認していくと、このシステムは予想以上に役立つことがわかってきた。


 要するに、このシステムを使えば地球のあらゆる商品を購入できるのだ。あらゆる商品、と言っても本当に文字通りの意味だ。異世界の料理アニメのように、食べ物や調味料だけに限定されているわけではない。銃器や乗り物、医薬品、果ては戦車や戦闘機といった重軍事兵器まで買うことができる――もちろん、十分な金があればの話だが。


 このシステムで使われる通貨は「ポイント」だった。ポイントの入手方法にはいくつかある。第一に、この世界で手に入れた物をシステムに売却すること。システムが市場価格や希少性に応じて査定してくれる。第二に、知名度。この世界で有名になればなるほど、毎月得られる不労ポイントが増える。第三に、歴史への影響。この世界の動向を変えるような大事件を引き起こせば、莫大なポイントが手に入る。そして最後に、この世界の現地通貨を直接ポイントに換金することもできた。


 画面の右上隅に目をやった。


【残高:1,000ポイント】


「千ポイントか」

 

 僕は呟いた。


「少なくともこの初期資金があれば、今夜飢え死にすることはなさそうだ」


 最優先事項は明白だった。生き延びることだ。腹が減っているし、身を守るための道具も必要だ。この子供の体はひ弱で、それは自分でもよくわかる。少し走っただけで息が上がってしまった。狼や熊にでも出くわしたら、それでおしまいだ。


 カテゴリーのアイコンをタップし、「武器」を選択した。


 画面が切り替わり、長いサブカテゴリーの一覧が表示された。刃物、打撃武器、軽火器、重火器、爆発物……選択肢はほぼ無限にあった。


 重火器のカテゴリーは飛ばした。僕はゲームと食べることが趣味の、しがない経営学部の大学生にすぎない。バズーカの撃ち方も戦車の運転方法も知らないのだ。使えもしない武器を買うのは、貴重なポイントの無駄遣いでしかない。


 僕が選んだのは、シンプルで実用的なものだった。ナイフだ。


 ナイフのアイコンをタップする。何百もの型番が現れた。僕は一番基本的で安価なものを選んだ。


【炭素鋼ハンティングナイフ】

説明:シンプルながらも鋭利なナイフ。自衛、肉の解体、木材の加工に適している。錆びにくく、研ぎやすい。

価格:10ポイント


『十ポイント。安いな』


 僕は思った。


 次に、もっと殺傷力の高いものが必要だった。剣や弓矢がまだ使われているであろうこの世界で、圧倒的な優位に立てる何かが。


 僕は目を閉じ、その武器の名前を思い浮かべた。すると画面の検索欄が自動で埋まった。


 グロック17拳銃+サイレンサー。


 瞬時に検索結果が表示された。先端にサプレッサーが装着された、スマートなマットブラックの拳銃だ。


【グロック17 Gen 5(サプレッサー付き)】

説明:世界中で信頼され普及している9ミリ口径のセミオートマチック拳銃。軽量で装弾数が多く(17発)、メンテナンスも容易。隠密行動用の消音器を装備。

価格:100ポイント

弾薬箱(50発入り):50ポイント


 僕は満足そうに微笑んだ。


「よし。これなら、少なくとも生き残る見込みはある」


 この子供の体は弱いかもしれないが、グロック17は十分に軽く、両手で構えれば反動もまだ抑えきれるはずだ。弾丸は一発につき一ポイント。高いが、命には代えられない。


 拳銃と弾薬箱一つ、そしてナイフを仮想の買い物かごに入れた。


 お腹が大きく鳴り、第二の優先事項を思い出させた。食料だ。


 食品カテゴリーへ切り替えた。和牛ステーキ、寿司、ピザといった豪華な料理の数々が目に飛び込んできたが、僕は我慢した。節約しなければならない。収入を得る方法が見つかるまで、この千ポイントをできるだけ長く持たせる必要がある。


 一番実用的で、馴染みのあるものを選んだ。


【ポップインスタント麺 オニオンチキン味(2個パック)】

価格:6ポイント


 そしてもちろん、火も必要だ。


【使い捨てライター】

価格:2ポイント


 合計購入額:168ポイント。残高:832ポイント。


 深く息を吸い、それから【購入】ボタンを押した。


 ブウゥゥン……


 低いうなり音が響いた。目の前の空間に淡い青い光の粒子が集まり始め、渦を巻いて凝縮していく。その光はゆっくりと茶色い段ボール箱の形を成し、草の上に静かに着地した。


 僕は驚きながらその段ボール箱を見つめた。


 興奮で震える手で、箱のガムテープを引き裂いた。真新しい段ボールとプラスチックの匂いが漂い出る。中には、注文した品々がきれいに収まっていた。光り輝くナイフ、手に取ると冷たく重みのある黒い拳銃、弾薬箱、カップ麺が二つ、そして赤い使い捨てライターが一つ。


 拳銃を手に取り、その重みを小さな手で確かめた。


「よし」


「生き延びてやる」

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