第二章 『召集令状』④
東京都渋谷区渋谷。三大副都心のひとつで、東京を代表する繁華街である。駅前には、昔話『桃太郎』の家来に次いで有名であろう犬、ハチ公の銅像がある。“109”や“PARCO”ができてからは、同じ渋谷区のファッション街である原宿と並び、現在では、「流行発信源といえば渋谷」と言ってよいほどに、その地位を上げている。
七月七日、午後四時三十分。綾乃瀬レオは、その渋谷の街を歩いていた。彼の周囲には、いつも複数の女の子の姿があった。この日もそれは例外ではなく、彼は、四人の女の子と一緒だった。誰が本命だというわけでない。皆、彼のファンである。モデルやアイドル事務所から何度もスカウトされているそのルックスが、レオの人気の大きな理由だった。
談笑しながら五人は、渋谷駅から西武百貨店の横を抜け、公園通りへと入った。
すると、“PARCO”の前まできたところで、急に思い出したようにレオが言った。
「あ! そういえば、僕、寄るところがあったんだ」
「え?」
「今日は遊べるって……」
困惑する女の子たちの声が飛び交う。
だが、
「ごめんね。やっぱり、明日にしよう。奢るからさ」
と、彼は、四人に向かって両手を合わせた。
「明日にしよう」その言葉を聞き、女の子たちは大人しく引き下がった。
何しろ、レオのファンは大勢いる。今日の無理強いより、明日の約束。二日連続で一緒にいられるほうが得に決まっているからである。
「絶対だよ」
「明日、楽しみにしてるからね」
四人は、それぞれ自分が一番可愛いと思う仕種をしながら彼と別れた。
“PARCO”を通りすぎると、レオは、井の頭通りに通じる路地へと足早に入って行った。
「何だったのかなぁ? レオ君」
「まさか、彼女と会うとか」
「それは、……やだ」
「ねぇ、どうする? これから」
残された四人は、口ぐちにそんなことを話していたため、見逃してしまっていた。自分たちの横を抜け路地へと駆けこむ、黒スーツの男たちの姿を……。
一方、そのころ、レオは、路地で立ち止まり、耳をそばだてていた。
駅を出た直後から誰かにつけられていることに、レオは気づいていた。ただ、その対象が、自分なのか女の子たちなのかは分からなかった。そこで、彼は、“PARCO”前でわざと立ち止まり、確認したのだ。
尾行していたのは、二人の男だった。
「僕をつけているな」そう確信したレオは、女の子たちに危害が及ばぬよう、別行動を取ることにしたというわけである。
路地を曲がって駆けてきたのは、やはり二人。黒スーツにサングラスの男たちだった。
まさか待ち伏せされているとは思っていなかったらしく、二人は激しく動揺していた。
機先を制したレオが、落ち着き払った様子で尋ねる。
「僕に、何か用ですか?」
先に路地を曲がってきた男がそれに答えた。
「あ、あぁ。我々と一緒にきてもらおう」
「どこに?」
「我々がそれを伝える義務はない」
「嫌だ、と言ったら?」
「綾乃瀬レオ。お前に、断る権利はない」
そう言うと男は、スーツの内ポケットから召集令状を取り出そうとした。
だが、次の瞬間、レオの左上段蹴りが男の顔面を捉えた。
男は、左に大きく傾き、倒れた。
「言葉には気をつけてください。それでなくても、僕、今、機嫌が悪いんです」
ぴくりとも動かなくなった男をレオは見下ろした。
「もう追ってこないでくださいね」
その場に立ち尽くすもう一人の男にそう告げると、レオは背を向けて歩き出した。
「ま、待て!」
路地に男の声が響いた。
簡単に逃がしてくれるわけがない。そう思っていたレオは、「やっぱり」と辟易した表情を浮かべて立ち止まり、徐に振り返った。
……ところが。
レオが見た光景。それは、彼の予想の範疇を大きく超えるものだった。
拳銃を構える男の姿がそこにあったのである。
レオは尋ねた。
「貴方たち、何者なんですか?」
「我々は、お前を連れてくるよう依頼された者だ。詳しいことは、彼が持っている召集令状に書かれている」
そう答え、男は傍らで倒れているもうひとりを指差した。
今も向けられている拳銃を警戒しつつ、レオは、倒れている男の内ポケットから一枚の紙を取り出した。
「読んでも?」
拳銃を構えたまま男は頷いた。
レオが紙面の内容を確認する。その途端、これまで銃を向けられても冷静でいた彼の表情が変わった。
震える手で令状を握り潰したレオは、魂をはき出すかのように深く呼吸をしてから言った。
「……承知しました。行きましょう」
「そうか、分かってくれたか」
男が拳銃を懐に仕舞う。
「はい。母さんがそれを望んでいるのなら、仕方がないです」
俯き、レオはそう答えた。
十六時五十三分。東京都渋谷区渋谷にて綾乃瀬レオ確保。




