070 「笑えない冗談だね」
一話1000字前後の短編連作です。
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犬にも猫にも見える動物、いぬねこは迷子になっていた。
「ふむ……これは非情に困った。戻れない」
冷静そうに言っているが、現状としてはハッキリ言ってかなり危ないと言える。
姿の見えなかったお手伝いさんと師匠を探して外に出たはいいものの、結局見つけることはできず、おまけに足を滑らせて崖を転げ落ち、見たことの無い場所へ出てしまった。
「誰かが通った道であれば、臭いを辿れるのだけどね……」
ここは山の頂上付近。よほどのことが無い限り訪れる人などいないし、そもそも現在、道と呼べる場所にいない。
かなり急斜面の崖にいる。
自分がもし人間台のサイズで重さもそれなりにあったとしたら、もっと下まで転げ落ちていただろう。それこそ死んでしまってもおかしくなかった。
この姿であることに感謝しつつ、足場を崩さないようにしてとにかく上を目指す。
「参ったね……」
焦りが滲んだ呟き。
普段はアトリエでのんびりと過ごしているいぬねこ。頑丈そうな岩を見つけては、足場から足場へジャンプしての繰り返し。
いままでにこんな経験は無いし、師匠のアトリエに行くときもお手伝いさんの手を大いに借りた。
「まさかここで運動不足が祟るとは」
怠けた生活を送っていたため、動物的本能が鈍っている。快適な空間がどれだけ楽なのか一度でも経験してしまうと、ほとんどの生き物は堕落してしまう。
「他人事と思って聞いていたんだけどね……小生も少しは運動した方が良さそうだ」
お手伝いさんが用意してくれる料理が美味しくて、錬金術士は食べてばかりだった。それでも彼女は仕事でアトリエに缶詰になり、食事を摂れない日もあるからあの体型を維持できている。
しかし自分は?
食べては昼寝を繰り返して、いつの間にか随分と丸くなってしまったものだ。
お手伝いさんが「少しは外に出て運動した方がよくないですか先生?」と耳にたこが出来るくらい言っていたのを横で聞き流しているだけだった。
「生きて帰れたら、ダイエットかな……」
この山には肉食獣が生息している。
ここまで運んできてくれた怪鳥もそうだし、洞窟の中で遭遇してしまった大蛇もそう。
錬金術士もオオカミに襲われていた。お手伝いさんがあと一歩のところで助けてくれなかったら間違いなく餌に成り果てていただろう。
そのお手伝いさんさえいないのだから、いま襲われたら瞬殺だ。
「ダイエットついでに、少しは戦いについても知識や技術を学んだ方が良さそうだ」
技術はともかく、知識であれば役に立てるだろう。
「まぁ、一人になってしまっては、知識ではなく技術が物を言うのだろうけれども」
いま襲われて逃げ切る自信は無い。撃退できる自信はもっと無い。
奴らに見つからないことを切に願うだけだ。
周囲の気配に神経を張り巡らせているからか、それだけでも精神的摩耗が早く、同時に身体も重く感じてくる。
「人間と違って毛皮があるから多少はマシであるが……小生でもここの寒さは堪える……」
どこかに風だけでも凌げる場所があれば良いのだが。
いぬねこは、最悪の事態を想定しながら行動している。
お手伝いさんや錬金術士が捜索してくれたとして、果たしてどのような姿で発見されるのか。
すでに命尽き果てた亡骸としてか。あるいは食べられてそれすらも無いのか。
「笑えない冗談だね……」
過度な期待は禁物。
いまは自分の力だけを信じて、とにかく上を目指すのだった。
次回第71話「ヘタに動くんじゃない!」
お楽しみに!
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