特別編7 「エイプリルフール」
事の発端は数十分前に遡る……。
ふわふわな白衣にふわふわな髪飾りが印象的な女の子、錬金術士はお手伝いさんに言ってはならないことをハッキリと言ってしまったのだ。
「今日のゴハンおいしくなーい!」
と。
その言葉を聞いたお手伝いさんは、
「ガーン……!」
顎が落ちるほどのあからさまに分かるショックを受け、「嫌われた……」の一言を最後に部屋の隅で小さくなって三角座り。
存在すら希薄にさせて床に〝の〟の字を書き続けている。色々と声をかけ続けてきたが、そろそろ指の指紋が無くなっている頃ではないだろうか。
(ど、どうしよういぬねこちゃん!)
(ふむ……このままでは本当に消えて無くなってしまいそうだね)
犬にも猫にも見える動物、いぬねこにひそひそと助けを求める錬金術士。そもそも今日が『エイプリルフール』と呼ばれる、嘘をついても許される日だと教えてくれたのがこのいぬねこだ。
(全然許してくれないじゃないー! ウソつき!)
(まぁ、エイプリルフールであるし……)
(そこからすでにウソだったの⁉︎ いぬねこちゃん意地悪すぎー!)
(いやいや、冗談だ。今日がエイプリルフールで、嘘をついても許される日というのも本当だ)
ただ、お手伝いさんに「ウソだよ」と打ち明ける前にあんな状態に陥ってしまった。いまさらエイプリルフールだからって本当のことを言っても許してくれるだろうか。
お手伝いさんの床をなぞる指先から徐々に煙が上がり始めている気がするし、早いとこ真実を語った方が良い。
ウソだよ、美味しかったよ! と。
「お手伝いくんー……?」
心配そうな声を上げて呼びかける錬金術士だが、どうも彼の耳には入っていないようだ。変わらずブツブツと何か呪詛めいた言葉を呟きながら床をなぞっている。
(いぬねこちゃん! このままだとお手伝いくんダークサイドに堕ちちゃうよ! 何とかしてー!)
(と言われてもねぇ……。君の声が届かないならば、小生が何を言ったところで届かないと思うのだが)
お手伝いさんは錬金術士に好意を抱いている。それは誰の目から見ても明らかで、色恋に疎いいぬねこでさえ分かるほど。気付いていないのは錬金術士本人くらいなものだろう。
そんな意中の相手からの声ですら届いていないのだから、ただの動物が何を言っても意味などない。分かりきったことに労力を費やすほどいぬねこはバカじゃない。
(とにかく、こちらに気をそらす必要があるか……)
こうなってしまった原因は自分にもあると自覚があったいぬねこは、現状を打破するための知恵をしぼるが、全くアイデアが湧いてこない。
「お手伝いくん! 私仕事するから、手伝ってくれない?」
なんとか隅っこから動かそうと声をかけてみるが、ピクリともしない。
いつもなら「分かりました」とすぐに返事がくるのに。
あの手この手で丸くなっているお手伝いさんに声をかけるが、どれもダメ。いぬねこも頑張ってみるが、やはり効果はない。
「うー……。もう知らない! 私のことなんてどうでもいいと思ってるんだ!」
などと言ってついに錬金術士も匙を投げ、対角の隅に同じように小さくなってしまう始末。
お手伝いくんなんて……ブツブツ。
床に文句を箇条書きし始める。
(ちょっとキミ! もうそろそろいいんじゃないのかい? 小生この空気に耐えられないんだが……)
お手伝いさんの元へ近付き、いぬねこが耳打ち。
それだけで今まで何の反応もなかったお手伝いさんがすくっと立ち上がった。
「先生」
声をかけられて、ぐずった顔を上げる錬金術士。
お手伝いさんは普段と変わらないいつも通りの笑顔を浮かべていて。
「今までのは全部嘘です」
「……へ?」
よく分からないことを言う。「今まで」とはどこからどこを指すものなのか。
「あんなに美味しそうに『おいしくなーい』って言われても嘘だってバレバレですよ。もっと上手に嘘をついてください。僕やいぬねこちゃんのように」
「まぁ……つまりはそういうことだ」
「……まさかいぬねこちゃん」
錬金術士は気付いた。
この一人と一匹は、グルだったと。
錬金術士はいぬねこに聞いて、今日がエイプリルフールでその意味も教えてもらったが、お手伝いさんはその前からすでに知っていたのだ。
「命の恩人であるこの私を騙した、と? あろうことか二人で結託して?」
錬金術士に、いつものふわふわとした雰囲気がなくなっていて、その体から立ち込めるオーラは怒気と呼べるものだろうか。
背後の壁が歪んで見える。錬金術士の怒気が時空を歪めているのか、ただの目の錯覚か。
「あれ、先生? もしかして怒ってます……?」
「んーん? ぜーんぜん怒ってないよ?」
「いやめっちゃ怒ってるでしょう⁈」
錬金術士の怒気に触れた床や壁の木材から、パチパチと音が上がり黒く焦げていく。
限界を振り切った怒気が熱エネルギーを獲得し、周囲を焼き始めたのだ。
「これはその……イベントごとが好きな先生のことだから、きっと何かやってくると思って先手をーー」
「さーてと、仕事を片付けないとなー」
「ーーって聞いてない⁉︎ 先生ってば!」
近くのものを片っ端から焼きながら、それを意にせず仕事を始めようとする。お手伝いさんの声など耳に入っていない。
「やばいやばい! いぬねこちゃん、このままだとアトリエ全焼しちゃいますよ!」
「き、君! 話だけでも聞いてはくれないかな⁈」
「あれー? 釜に入れる前に素材が燃え尽きちゃうなー。まいっかー」
初めて見た錬金術士の本気で怒った姿に慄く二人。
彼女は笑顔を浮かべているが、その笑顔が逆に怖い。
いつの間にか先ほどとは逆の立場になり、必死になって錬金術士に声をかけ続ける二人だが、返事らしい返事は返ってこない。
(ふっふっふ……こんなこともあろうかと錬金しておいた『自分を焼かずに周囲だけを焼く薬』を作っておいて正解だったな♪)
心の中でほくそ笑む錬金術士。
白衣のポケットの中で、そんな都合のいい液体が入った瓶の蓋を開け、二人を騙すことに成功した。
……までは良かったが……。
「あ、あれれー?」
予想以上の火力に、被害がどんどん広がっていく。
「せ、先生ー⁈ その怒りを納めてください! アトリエが無くなるー!」
「深呼吸をするのだ! 心を鎮めれば落ち着くはずだ!」
ちょっと騙してやろうと思っただけなのに、段々と取り返しのつかないことになってきた。
「ごめーん二人とも。ちょっとやりすぎちゃったかもー」
テヘペロっと可愛く謝ってみる錬金術士だが、それで薬の効果が終わるはずもなく。
「うわー! やばいよいぬねこちゃん! どうしよう⁈」
「み、水! とにかく水を持ってきて消火活動だ!」
あたふたする二人を見て充分満足できた錬金術士。
ーー錬金術士が外に出て、燃えているものを鎮火して、ネタばらしをし、事態が終息したのはそれからまた数十分後の話。
「もうそんな薬を使っちゃダメですよ先生!」
「……はーい」
怒られて、散々なエイプリルフールになった錬金術士だった。




