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特別編5 「ひな祭り」

「んふふー」

「なんですか先生、意味深に笑っちゃって。どうしたんですか?」


 ふわふわの髪飾りがついた、ふわふわな髪をゆらりゆらり。

 どういうわけかさっきから落ち着きがない錬金術士。チラチラと目についてしょうがなかったので、とうとう我慢できず清掃の手を止めて聞いてしまった。


「お手伝いくんは今日が何の日か知ってるー?」

「今日ですか? 3月6日ですけど……なにか特別な日でしたっけ?」


 眉根を寄せて首を傾げるお手伝いさん。彼の記憶によれば全く何もないただの平日だが、錬金術士からすれば特別な日なのだろうか?

 例えば錬金術士がめでたく一人前になった日、とか。

 考えてみれば色々とあるだろうが、どれもピンとこない。


「ひな祭りだよー! 知らないのー?」

「あー……先生? それ、こっちのセリフですね。三日ほど過ぎてますよ?」


 ひな祭りは3月3日。しかし今日は6日。明らかに日付を勘違いしている。


「私の中では3日なの! 現実を突き付けないでお手伝いくん!」

「えぇ……? そうですか、わかりました」


 頬を膨らませてぷんすか可愛く怒るので合わせてあげることにしたお手伝いさん。正直言って、3月3日当日に何か言ってくるのではないかと予想していたのだが、三日遅れで予想的中。


「ひな祭りは女の子のための日なんだよー! 女の子の健やかな成長を祈る大切なお祭りなんだから!」


 そう言って熱弁するくらいなのだから、忘れていたわけではないのだろう。何か理由があって今日まで引き伸ばされてしまったのか。

 窓の近くで眠りこけていたはずの犬にも猫にも見える動物、いぬねこがひっそりと後ろから耳打ちしてくれた。


(大きな仕事がようやく片付いたばかりだからね。悪いけど付き合ってくれたまえ)

(やっぱりそういうことでしたか。了解しました)


 ここのところずっと錬金釜の前に張り付いて仕事をしていた。彼女がここまで熱心に仕事をするなんて珍しかったが、依頼された大きな仕事をひな祭り前に終わらせたかったからだった。しかし間に合わせることができず、今日までかかってしまった、と。


「でも先生? 僕は男子ですから、女子のお祭りのことなんてよく分かりませんよ。ひな祭りって具体的に何をやるんですか?」


 人形を何体も並べるくらいしか知らないお手伝いさん。


「ひなあられとかー、ひしもちとかー、おすしを食べるお祭りー!」

「食べてばっか⁈ 雛人形どこいっちゃったんですか⁈」


 それらを飾るところからひな祭りが始まるだろう。重要なステップを踏み倒していた。

 食い意地の張った錬金術士らしいといえばらしいが、女の子の健やかな成長を祈るお祭りなのだからキチンとした手順を踏まなければ。


「っていうか、ひな祭りするのはいいんですけど、雛人形なんか無いですよね……?」


 お手伝いさんはアトリエの隅々まで掃除をしているので、どこに何があるのか全て把握している。錬金した物を置いておく倉庫はひっきりなしに入れ替わるのでさすがに把握することは難しいが、そこにも置いてなかったように思う。


「雛人形はないけど、衣装ならあるよー? 内裏雛だいりびなの衣装」

「それはあるんだ⁈ そんなもの一体どこに……」

「私のタンスの中に」

「そういうのはちゃんと保存しておかないとすぐダメになっちゃいますってば!」


 さすがに人のタンスの中にまで手を伸ばすことはしていなかったお手伝いさん。

 豪華絢爛な着物をタンスの中に押し込んでいたとは……。


「というわけで着替えるよお手伝いくん! 手伝って!」

「いや、さすがにそれはまずいのでは⁈」

「あんなの一人で着るの大変だよー。私は気にしないし、着方はいぬねこちゃんが教えてくれるから大丈夫!」

「小生に任せたまえ。バッチリ把握している」


 お手伝いさんの理性を試すような試練が突如としてやってきた。


 *


 なんとか着替え終わった二人を見て、いぬねこはうんうん頷いて出来栄えを確かめていた。


「二人ともよく似合っている。頑張った甲斐があるというものだね」


 錬金術士は真っ赤な着物。お手伝いさんは真っ黒な着物。まさかちゃんと二人分あるとは、お手伝いさんも予想していなかった。

 自分まで着替えることになるなんて……。


内裏雛だいりびな男雛おびな女雛めびなの一対を指す。男雛がお内裏様、女雛がお雛様というのは誤りなんだ」


 相変わらずの博識さを見せて解説してくれたいぬねこ。

 知ってか知らずか、錬金術士はちゃんと言っていた。


〝雛人形はないけど、衣装ならあるよー? 内裏雛・・・の衣装〟


 と。つまりお手伝いさんも着替えることはすでに決まっていたのだ。


「じゃ、せっかくだし記念撮影といこうではないか。君、カメラのセッティングを頼むよ。小生の肉球ではシャッターが切れないからね」

「はいはい……カメラカメラっと」


 お手伝いさんは動き辛いことこの上ない格好でカメラを持ってきてタイマーをセットし、二人がファインダー内に収まるように調整する。


「あれ? いぬねこちゃんは入らないのー? 三人で撮ろうよー」

「小生は遠慮しておく。二人で内裏雛だからね、ツーショットの方が雛祭りにのっとっていると思う」


 という理由からいぬねこはただただ見守ることになった。


「二人とももっと寄りたまえ。それでは収まらない」


 いぬねこの指示に従って中央へ寄ると、お互いに肩が触れ合いそうなほどの距離に。


 ーーパシャリ。


 出来上がった写真は、二人して妙に恥ずかしそうな顔をしていた。

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