108 「善処します……」
一話1000字前後の短編連作です。
毎週火曜日更新中!
一つ前に特別編23「こどもの日」があります。未読の方はお気を付けを。
部屋の外からの賑やかな声を聞きながら、お手伝いさんはいぬねこと共に地道にリハビリに励んでいた。
誰かが尋ねてきたようだが、声からして郵便ちゃんだろう。錬金術士のハイテンションがいい証拠だ。
「君は顔を見せなくてもいいのかい? それくらいなら出来る程度には回復しただろう?」
何気なく聞き耳を立てていたのを見抜かれて、いぬねこが促してくるが彼は小さく首を振った。
「いいえ、遠慮しておきます。こんな身体じゃ、楽しそうにしているのに水を差してしまいますから」
寝たきりで衰弱した筋肉を鍛えつつ、固まった体をほぐすためにストレッチ。だんだんと調子は戻ってきているが、まだ右手のギプスは外せず痛々しさが残り、関節の油が抜けたように動きもどこかぎこちない。
郵便ちゃんはまだ子供なのだから、怪我を見せてしまっては余計な心配をさせるだけだろう。
そう思っての配慮だった。
「そういういぬねこちゃんは、顔出さなくていいんですか?」
「小生が顔を出すと、あの少女は逃げてしまうのでね。訪問があった時は奥で大人しくしているようにと、きつく言い聞かされているのさ」
肩をすくめるように言ういぬねこ。体の作りは人間のそれではなく、犬のような猫のようなもののため、ちっともすくめてなどいないのだが、言葉のニュアンスから感じ取る。
そういえば初めて郵便ちゃんが挨拶をしに来た時も、いぬねこちゃんの顔を見た途端に猛烈な勢いで逃げ出したことがあったっけ、と懐かしむ。
お手伝いさんはストレッチを終わりにして、一息つく。
「っふぅ……今日はこれくらいでどうですか?」
「うん、ノルマはとっくに果たしているし、良いんじゃないかな? 少し頑張りすぎているように見えなくもないのだけれど、無理はしていないんだよね?」
「はい。なんか最近身体の調子が良いんですよ。一気に回復しているような感じです」
「そうか……順調ならばそれでいいさ」
お手伝いさんは知らないが、いぬねこは知っている。
彼が毎日死に物狂いで食べている錬金術士の手料理に混ぜ込まれた特別製の試作薬。錬金術士手ずから練金したもので、お手伝いさんの回復が順調なのは薬が正常に機能している証拠だ。
いぬねこは副作用なども含めた経過を観察するついでに、お手伝いさんの様子も見る。一石二鳥の任務を言い渡されていた。
「あの……」
「うん? どうしたんだい?」
お手伝いさんがそっと口を開く。
それはここしばらく、目が覚めてからずっと気になりつつも聞くのが怖かった質問。
「先生はいま何を食べてるんですか? もしかして自分で作ったものを?」
錬金術士に拾われる以前の生活はよく知らないが、それからはお手伝いさんが食事の用意を主に行っていた。
そのお手伝いさんがダウンしている今、彼女はどうやって生活しているのだろうか。
「市販の物を買い込んで凌いでいるよ。君のせいで随分と舌が肥えてしまったようでね、何を食べても『あんまり美味しくない』の一点張りさ。小生が言ってそれとなくバランスも考えさせてはいるから、栄養面は問題ないはずだよ」
「そうですか……」
ホッと一安心。
もし「自分で作ったものを食べている」などと答えられた日には錬金術士の味覚を疑わざるを得ない。錬金術士の味覚を疑うということは、自らの料理の腕も疑わなくてはならなくなる。
そして、同じものばかり食べて栄養バランスを崩すようなことも、いぬねこの計らいにより阻止されている。
「どうやら焦って治そうとしなくても大丈夫みたいですね」
彼女を一人にしてしまっては食生活に多大なる支障をきたすと危惧していたが、そんなこともない様子。そもそも頼もしいパートナーであるいぬねこがついているのだ、一人ではあっても、独りではない。
しかしお手伝いさんの言葉を聞いて、いぬねこは苦味の感じられる声を発する。
「いや……出来れば早急に治してもらえると、小生としてもありがたい。ここしばらく睡眠不足でね、あの子の面倒に君の面倒。ろくに昼寝も出来やしない」
言われてみれば、普段は窓際で惰眠を貪ってばかりいるいぬねこがこうして活動しているとは、意外と言えば意外である。
それに、といぬねこは続ける。
「あの子は早く君と遊びたがっているようだ。さっさと治して、保護者の務めを果たすと良い」
「ハハ……善処します……」
頬を掻いて苦笑い。
なんとも錬金術士らしい。
多大なる迷惑を掛けたが、必要とされていることに、喜びを隠せないお手伝いさんだった。
次回第109話「無理だと思いますっ!」
お楽しみに!




