093 「不穏分子」
一話1000字前後の短編連作です。
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師匠はスプーンを構えて、戦闘態勢に入る。
もし思い出した情報が真実で、いま目の前にいる男が〝復讐屋〟ヴィオで間違いないとしたら、油断はできない。
証拠を残さぬ暗殺術で、数多くの者の復讐を手助けしてきたからだ。
「さては大先生……オレの正体に気付いてますね?」
「察しのいー奴は嫌いじゃねーが、そう言うってことは……そうなんだな?」
「ご想像にお任せしますよ」
肩をすくめて彼は言う。
ハッキリと宣言したわけではないが、否定をしないということならば、それは師匠の読みが正しいという証拠。
で、あるならば。
「テメーの狙いは何だ?」
「と言いますと?」
「しらばっくれんな。記憶を失っていたのは事実だとしても、それじゃあ何であの子のアトリエ近くで倒れていた」
この質問に、彼は無言を貫いた。
やはり、何か思うところがあるらしい。反応しないという反応に、ますます疑いの目が強くなる。
殺しの仕事なんかをしていれば自然と孤立するものだ。そんな人間が誰かに近付くということはすなわち、その命を狙っていると見ていいだろう。
「あの子の命を……狙ってんのか。そうなんだな」
確信を込めて、師匠は睨む。
手塩にかけて育ててきた愛弟子を、こんな男の手に掛けられていいはずがない。彼女は錬金術士としてまだまだ伸び代があるし、女の子としての人生も、これっぽっちも謳歌してはいない。
こんなところで幕切れしていい存在ではないのだ。
彼は諦めたように口を開いた。
「……バレちゃいましたか。まさかこんな早く気付かれるなんて思いませんでしたよ」
「あらゆる物事を見抜く目を培ってこそ、錬金術士は輝けるんでね」
無から有を見出し、ありとあらゆる可能性を発見してこその錬金術士。
なまじ長生きしていれば、いやでも身につく技術ではあるが、これらの能力がずば抜けているのが「錬金術士」という職業だ。
「だったら、先生は錬金術士としてまだ輝けていないということですか」
本性を記憶の内側に封印していたことを見抜けないままそばに置いていたのだから、そうなるだろう。
「錬金術士の中じゃーまだまだだが、あれでも期待の新人なんでね」
師匠のアトリエで修行中の〝伝説の錬金術士〟と呼ばれている彼女を脳裏に思い描いて、ますます殺させるわけにはいかないことを自覚する。
練金には尋常ならざる集中力が要求される。気付かれずに後ろから近付いてブスリと一撃を入れることなど、赤子の首をひねるほどに容易い。
だからこそ、彼はそこを狙う。
「期待の新人ですか……。不穏分子は花開く前に摘んでしまうのが裏の常識なんですよ」
「そんな常識は知ったこっちゃねーな。アタシにとってはテメーが不穏分子だよ」
花を咲かせようと努力する錬金術士と師匠。それを刈り取ろうとする〝復讐屋〟ヴィオ。
二人の視線は交錯して、しかし次の瞬間それは途切れた。
霞のごとく、彼の姿が掻き消えたのだ。
「かはっ!?」
突如として、師匠の腹から一本の腕が生えてくる。
否。
——背面から、手刀で刺し貫かれていた。
「それはこっちのセリフです。まずは貴方を排除しないと、上手く事が運びそうにありませんから。ようやくやってきたチャンスをみすみす逃したりはしないですよ」
肩越しに耳元で囁かれる死神の声。
全く視認できなかった彼の動きに驚愕して開いた口から嗚咽と赤黒い血が吐き出された。
次回第94話「ゆえん」
お楽しみに!
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