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089 「全部テメーが殺れ」

一話1000字前後の短編連作です。


毎週火曜日更新中!


一つ前に特別編15「メリークリスマス!2年目」があります。未読の方はお気を付けを。

 研がれたように鋭い牙を剥き出して、先頭のボスオオカミが低く唸る。シワの寄った鼻の頭にはいくつもの傷跡が刻まれていて、ただならぬ風格を感じさせる。


「いいねぇ……このヒリヒリした緊張感。喰うか喰われるかってーのはやっぱゾクゾクする」


 師匠が口角を吊り上げて、興奮を隠しきれないように笑う。


 その様子を隣で見たお手伝いさんは、背筋が凍りつくような悪寒に襲われる。決して寒いわけではない。オオカミに恐れたわけでもない。


 師匠の殺気に満ち溢れた表情に、恐怖したのだ。


「なークソ野郎? テメーもそう思うよな?」

「ちっとも思いません!」


 ひどく好戦的な師匠に同意など出来るはずもなく、即答で否定するお手伝いさん。

 彼女に楯突くような言動は自殺にも似たようなものだが、こればかりは譲れなかった。


「チッ。ノリわりーな」

「こういう状況をそんな風に楽しめる方がどうかしてると思いますがね!」

「アン? 言うじゃねーか。だったらこれも修行ということにして、全部テメーが殺れ。楽しんでな」


 などと無茶を平然と押し付けてくるあたり、錬金術士の師匠だなと思えてしまうが、その内容が全くの正反対で異質だ。平然と「殺れ」などと言える女性がこの世に存在しているとは思わなかった。


「アタシは高みの見物と洒落込ませてもらうよ」

「それ言葉の使い方間違ってますからね!?」

「うるせーなー。そんなんじゃあの子に嫌われちまうぞ?」

「なっ!? いま先生は関係ないじゃないですか!」


 オオカミの群れを前にくだらない言い争いを始めてしまう二人。もちろん人語を解さぬオオカミがこのチャンスを見逃すはずもない。


 ボスオオカミは小さく唸り、後ろで控えていたオオカミに攻撃の指示を飛ばす。すると、数匹が猛烈な勢いで走り寄ってきた。


 明らかなる敵意、いや、殺意を持って。


「おら来たぞ。頑張れ」


 師匠はスプーンを地面に無理やり突き立て、布をマントのように羽織って腕を組んで仁王立ち。

 無防備にもほどがある。

 言ったことはそう簡単に曲げない男気溢れる師匠だが、今ばかりは勘弁してほしかった。


 しかし言及している時間などない。今動けるのはお手伝いさんだけなのだ。


 師匠をかばうように前へ歩み出て、臨戦態勢をとる。数では圧倒的に不利だが、こちらには師匠が作った手袋がある。一体一体を相手にしなければならない剣などの武器と違って、こちらは複数を同時に攻撃できる。


 それどころか上手く使えれば、ひと薙ぎで全滅すら可能。


「波状攻撃か。あのオオカミ頭いーな。アタシが危険って事も分かってやがる」


 お手伝いさんの後ろでのんきに敵を分析する師匠。


 彼女が言う通り、ボスオオカミの指示を受けて襲いかかってきたのは、数多くいるうちの数匹。しかも統率された動きをしていて、獲物であるお手伝いさんのみを取り囲むように展開している。

 全部が一斉に攻撃してくれば、でたらめに糸を操るだけでも有効な攻撃となったのだが、そう簡単にはいかないようだ。


 とにかく直近の、今にも飛び掛かりそうなオオカミに向けて糸を繰り出す。


(やばっ!?)


 その時、運悪く強い風が吹いてきて糸が流されてしまう。


 刹那。


 オオカミの牙が、お手伝いさんに深々と食い込んだ。

次回第90話「豹変」


お楽しみに!

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