第12話『無限英雄』
奈月円の瞳に光が灯る。
『雷電!』
叫びとともに手を空に振り上げると、そこに雷が落ちた。
次の瞬間には円の全身は強化スーツに包まれていた。
いやスーツというよりは生物的な・・・強化装甲というところか。
装甲の合間の関節に電撃が走る。
ぱしんぱしん。雷の弾ける音がして、生物的と感じさせるマシンアイに光が灯った。
『機甲雷電、ヴァーミリオン!』
ヴァーミリオンが名乗ると、スパークする雷電が収まった。
「・・・・・・ヒーロー!?」
一見悪役に見えるその姿は、紛れもなくヒーローだった。
「見かけに騙されんな! ラスボスつってたぞ!?」
ハイスピードが言った。
『おいおい、この一年地球を守ってたんだぜ。ちゃんとしたヒーローだ』
ヴァーミリオンはコキコキと肩をならす。
『まあこの一ヶ月は死んでたけどな』
その瞬間、ハイスピードの姿が消えると、ヴァーミリオンの後ろに現われた。
そしてその背中に向けてパンチを放つ。
が、その拳は空を切った。
『返してもらうぞ』
ハイスピードの背後に現われたヴァーミリオンはトンと軽く背中を押す。
パンチがからぶって体勢を崩していたハイスピードはその一押しで倒れた。
「くそっ、バカにしやがって!」
ハイスピードは立ち上がるとさらに加速しようと力を高めた。
しかし体が反応しない。
「・・・・・・?」
「ハイスピード、どうした?」
自分の手を見て呆然としたハイスピードに京介は話し掛けた。
「・・・加速できない。力が、消えちまった」
ハイスピードは信じられないという表情で言った。
『俺がお前の力を回収した。
お前はまた普通の人間に戻ったってわけだ。
ああ、病院に送られた連中の力も回収した。再犯の可能性はないぞ』
ヴァーミリオンはハイスピードの仮面に人差し指で触れた。
『ごくろうさん』
ハイスピードの仮面が真っ二つに割れて、早馬の顔が露出した。
「どういうことだ! 何者なんだあんたは!」
京介は構えるとゼノ・インパクトの体勢に入った。
『3月25日の夜、いや早朝か。詳しい話はさておいて・・・
その日、俺は一年戦ってきた組織の最終兵器と戦って相討ちになった』
異空間で戦っていたヴァーミリオンは次元獣ピオリムを葬る際に母艦主砲アークエネミーの563発分のエネルギーをピオリムにぶつけた。
その衝撃は凄まじく、次元断層を大きく破壊する事態になった。
粉々になったヴァーミリオンの破片が地球の次元壁に穴をあけ、降り注いだのだった。
それが蒼い雪。
『正しくは俺が変身する時の鎧を形成する粒子エネルギーなんだけどな。
俺も知って驚いたんだけどよ、外宇宙の技術ってのは機械技術より魔術みたいなものが発展したんだと』
つまりは人に力を与える魔法の粉、のようなものだと続けた。
「・・・あなた、宇宙人なのか?」
『いや、地球人だよ。現地調達の即席宇宙刑事ってところだ。
宇宙の人は人手不足らしい』
宇宙刑事自体の説明を聞きたかったが、多分宇宙の刑事だろうと一同は黙認した。
「・・・なんか、一気に現実味がない話になって戸惑うな・・・」
『俺も自分でそう思う』
ヴァーミリオンはこほんと咳払いをする。
『ま、そういう訳で、その能力の元を回収させてもらうぞ』
そう言って消えると、範子の後ろに現われて肩に触れた。
範子の周りに浮遊していた小銭が力なく重力にひかれて地面に落ちた。
「そうか、じゅあ・・・」
この戦いも終わるんだな。
京介は少し救われた気持ちになった。
「ダメだよ任意くん! このまま力を返すなんて!」
瞳が声をあげた。
「えっ?」
「こんな厄介な事に巻き込まれたんだよ! 一発くらいぶん殴ってやらないと気がすまないよ!」
信じられない事を言い出す。
『おいおい、不可抗力だぜ?』
「頭でわかってても納得できないことってあるの!」
ヴァーミリオンはぽりぽりと頬の辺りの装甲をかく。
『・・・そうだな、一発くらい殴らせてやってもいいな』
手にした能力で好き勝手やっていた人間と違い、京介と瞳は完全に巻き込まれて苦労を強いる事になった。
さすがにそれにはヴァーミリオンも悪いという気持ちはある。
『いいぜ、吸収しないからよ、打ってこいよ』
「えー?」
京介としてはそんな気はまったくなかったのたが。
「・・・じゃ、じゃあ、まあ、一発・・・」
『ん』
ヴァーミリオンは頬を突き出した。
能力者とはいえ、ヴァーミリオンにしてみれば痛くも痒くもないだろう。
「ダメだよ任意くん!」
瞳は京介の手を取ると、力を送り込んだ。
「あっ!?」
京介の体とスーツが瞳の力で強化され、虹色の光を放った。
京介の力で強化したスーツを、瞳が強化した京介が着て、外からスーツを瞳が強化する。
力の倍がけ+混合倍増で虹色の力が発生する。
その姿が虹色インフィニティを生み出す。
「な、なんだこれ!?」
全身を駆け巡る虹色の光に戸惑う京介。
この時点では京介は虹色インフィニティの事を知らない。
「いいから、はい!やっつけちゃって!」
瞳がマスクをかぶせると、虹色の光は装甲を変化させていった。
ややあって、虹色インフィニティが誕生した。
『・・・力が、みなぎる・・・今まで感じたことがないパワーだ・・・』
自分の腕を見て呟く。
『・・・あああ、やっちまいやがった・・・仕方ねぇ、相手になってやるよ』
ヴァーミリオンがため息気味に言うと、構えを取った。
30分ほど経った。
肩を揺らした2人のヒーローが向かい合ってにらみ合っていた。
『がっ!』
『ぜいっ!』
虹色の光を帯びた拳と雷電を纏った拳がぶつかり合った。
『まったくよ! 一発どころかガッツリ殴りやがってよ!』
ヴァーミリオンが虹色インフィニティの顔面を殴りつける。
『ぎっ…この能力使うのも、最期ですしね』
今度は虹色インフィニティが殴りつける。
『この能力・・・残してもらうわけにはいけませんか、ね!』
ミゾオチにヒット。
『バカいってる』
今度はヴァーミリオンがミゾオチに拳を叩き込んだ。
これは効いたのか、虹色インフィニティは肩膝をつく。
『こんな人外な力、お前ら二ヶ月近くも発動させてたんだぞ? どうなると思う?』
『どうなるんですか?』
虹色インフィニティは腹を抑えながら立ち上がった。
『他人を、いや他の生物を尊重しなくなる』
立ったのを確認して、ヴァーミリオンがまた殴りつける。
『能力を認識して使い出すと・・・自分が人間とは違う、一歩進んだ超人だと思い始める』
統治が使っていたネクスターという言葉はその認識に近い。
『そう錯覚して、他人の命を頓着しなくなる、身に覚えはないか?』
黙って2人のヒーローの殴り合いを見ている瞳の脳裏に、躊躇せずにチューインの頭にナイフを突き立てた京介の姿が思い出された。
しかしこの時点の京介には、思い当たることはない。
『大体ありえない力で変身したり肉体強化するんだ。いつまでも無事だという保証なんかない』
バキっ。
『・・・なるほど、ね!』
ゴスッ。
一言一言の間に交互に殴りあう両者。
『・・・はあ、はあ、ラチあかねぇな』
『そう、です、ね・・・』
2人とも足にきている。
『ははっ!』
二人揃ってフラフラな自分に対して自嘲気味に笑い声を上げると、両者、構えた。
『はああああああっ!』
虹色インフィニティの構えた腕に、虹色の光が収束する。
『雷電光!』
ヴァーミリオンの掲げた腕に雷が落ちて、スパークをおこす。
『くたば・・・!』
ヴァーミリオンが先に動くと、雷電をこめた拳を振り上げた。
が、目の前の虹色インフィニティの体に異変が起きたので、それを止めた。
『・・・時間切れか』
ヴァーミリオンは拳をひくと、宿っていた雷電を消滅させた。
虹色インフィニティはインフィニティに戻っていた。
瞳の増幅効果が切れたのだ。
『ここまでだな』
『・・・はい』
握手をして、この戦闘は幕を下ろした。
宇宙規模の技術はすでに時間や次元、平行世界や因果律に干渉する事も出来るようになった。
街が滅びた未来を生き残った三人〈パイルマニア、範子、瞳〉の記憶を残しつつ、なかった事にする。
未来を消去する。そんな事も辺境の一宇宙刑事が出来るのだ。
一見タブーとも思えるそれも、宇宙基準では日常茶飯事に使われている事らしい。
地球の人間からすると、それは神の領域といってもいい。
「俺、この一年で三回死んだぜ?」
円は愉快そうに笑って言った。
今回は分子原子レベルというところまでに破壊されてしまったために、復元にひと月以上もかかってしまったということだった。
不完全な状態で、いくら増幅強化したと言っても、人の想像をはるかに越えた戦いをしてきた円とインフィニティが互角なわけはない。
奈月円は虹色インフィニティのレベルに合わせて殴りあってくれた。
そして円により力を回収され。この街から能力者はいなくなった。
奈月円は姿を消し、能力者たちは元の生活に戻って行った。
京介も、いつもの屋上で空を見上げていた。
あの日々が嘘のように元の平凡な毎日に切り替わった。
「またサボってる」
女の声がした。瞳の声ではない。
懐かしい声に、京介は空に向けていた視線を声の主に移した。
「単位、取れなくなっちゃうわよ?」
ロングヘアを風になびかせ、眼鏡をかけた少女が立っていた。
「お前だって丸一ヶ月休み扱いだぜ?彩子」
京介の言葉に彩子は笑顔を作る。
「私は頭いいから、いくらでも取り戻せるもの」
「けっ」
能力が消え、彩子も目を覚ました。何もかも元通り。
眠る前は進路や勉強で頭いっぱいだった彩子は、一月の欠席扱いで吹っ切れたようで、本来の明るさを取り戻していた。
「ああそうだ、これ」
彩子は自分の携帯電話を京介に渡した。
「なんだよ?」
怪訝そうに受け取ると、携帯電話を耳に当てた。
『元気かな?インフィニティ』
ブレインの声が聞こえてきた。
「・・・あれ、お前・・・なんで?」
能力が消え、彩子が目を覚ました今、ブレインが残っている事はありえなかった。
『すでに私は独自の人格を持った。そして、それは彩子の能力とはまた別に発生したものだ』
能力が生み出した産物ではあるが、機械に移し変えた事により消えなかったらしい。
『そういう訳だ、君が落第しても一生養ってやるぞ』
「ばかいえ」
そう言いながらも、京介の顔は笑っていた。
「任意くん! あ、先を越された」
瞳がやってきて、彩子を見て言った。
「抜け駆けはなしだよ?」
「そんなつもりないわよ、私の方がずっと有利なんだから」
「ふーん、その差も、このひと月の間に、追い越しちゃってるかもよ?」
瞳と彩子がなにやら火花を散らしている。
「・・・なんか、変な雰囲気だな」
『ふふふ、私も立候補するつもりだ、これから覚悟するんだな』
京介はいまいちブレインの言っている言葉の意味は理解できなかった。
季節はもうすぐ夏に差し掛かる。
おわり。