↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/34

第3章:境界なき世界

開け放たれた病室の窓を通り抜けた瞬間、

私の全身を包んだのは、

未知の疾走感と、圧倒的な世界の広さだった。


私の身体は、地上数百メートルの宙に浮かんでいた。

最初に向かったのは、私が病室の窓からずっと見上げていた、

ガラスと鉄の巨塔がそびえ立つ高層ビル群の間


――青空の都市だった。


時速数十キロ、やがて数百キロへと速度が上がっていく。

普通の人なら、激しい風圧に息を詰まらせ、

恐怖に目を細めているはずの速度。


でも、私を取り囲む三つのオーロラ色のリング

が編み上げる絶対防御フィールドが、

すべての衝撃を完璧に無力化しているようだ。


ビルの鏡のようなガラス壁に、

私を包む紫と緑の光の輪が美しく映り込み、

またたく間に後ろへと流れていく。


『カイ、私、本当に空を飛んでる……!

風の音もしない、寒くもない。

ただ、優しくて、温かいの』 




彼女の弾むような思考が脳裏に直接流れ込んでくる。

視界の隅では、あのエメラルドグリーンのARインジケーターが、

彼女の移動の意思を優しく肯定するように、

美しい波形を描き続けていた。


「驚くのはまだ早いよ。

超知能が僕たちにくれた居場所は、

地球の、いや宇宙のすべてなんだから」


思考で先導すると、二人の移動速度はさらに加速した。

人工の都市はまたたく間に地平線の彼方へと遠ざかり、

世界の色彩が一気に塗り替えられる。 


眼下に広がったのは、見渡す限りの太平洋だった。

太陽の光を浴びて、無数のダイアモンドを散りばめたようにきらめく、

圧倒的な「青」。 


水面からわずか数メートルの高度を、

二人は、二本の光の矢となって滑空していく。


どれだけ加速しても、

バリアの内部は完璧な静寂に満たされている。

まるで穏やかな温水の中で、

世界の美しさだけを眺めているような感覚だった。 


海を渡ると、今度はどこまでも続く、

生命の濃密な「緑」が二人を迎えた。

それはアマゾンの熱帯雨林だった。 


二人は高度を下げ、巨大な大樹が折り重なる緑の絨毯の、

その隙間へと滑り込んでいった。


木々の間を縫うように、鳥たちと同じ目線で飛ぶ。

エンジンの駆動音を持たないスマートリングは、

野生の動物を何一つ脅かさない。


彩られた華やかな色のコンゴウインコたちが、

音も立てずに自分たちの横を並走する二人を見て、

不思議そうに首を傾げながら羽ばたいていく。


渚はその翼の美しさに、心からのため息を漏らした。


次はサバンナに向かった。 

地平線は夕日に赤く染められている。

キリンの家族やゾウの群れが

影絵のようにゆっくりと移動しているのが見えた。


地球が何億年もかけて紡いできた生命の営みを、

二人はただ静かに、優しく見守るように空中を泳いでいた。


そして、二人は夜の帳が降りた大都市へと戻ってきた。

眼下に広がるのは、何百万もの人工の光がまたたく夜景の海だった。


かつては、あの数え切れない光の粒のたった一つ


―病院の冷たいベッドの中に閉じ込められていた渚。


いま、彼女はそのすべての光を見下ろす大空の特等席で、

自由自在に浮遊している。


『カイ、私、地球がこんなに美しい場所だって知らなかった。

人間が作った光も、地球の豊かな自然も、全部、全部愛おしいよ』


渚の思考からは、この世界に生まれ、

生きていることへの純粋な祝福のクオリアを感じた。


その温かい感情の波を感知したかのように、

彼女の周りのリングが、

より一層深く、鮮やかなオーロラの色を放った。


「さあ、地球の景色は十分に堪能したね」


櫂は渚の手をそっと握るように、

思考のベクトルを上空へと向けた。


「次は、もっと広い場所へ行こう。

僕たちのリングは、宇宙(そら)の果てまで

繋がっているんだから」 


二人は夜景の光の海を背に、

まっすぐ頭の上の星々へと視線を定めた。


ただ「昇る」と念じただけで、

エメラルドグリーンのARが

新たな航路を了解し、

二人の身体は垂直に、

音もなく大気圏の向こう側へと

加速していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。