表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

第1話  予備校講師、異世界に立つ

深夜の国道。予備校の教壇で握りしめていたはずのチョークは、気がつけば冷たい石畳の感触に変わっていた。


「……ここが、私の新しい教室?」


真田凛は、タイトスカートの砂を払い、周囲を見渡した。そこには見たこともないほど豪奢な、だがどこか歪な石造りの校舎がそびえ立っている。


「どけよ、出来損ない!」

背後から響いた怒声に振り返ると、一人の少年が地面に這いつくばっていた。ボロ布のような服を着た、狼の耳を持つ亜人の少年。その背中を、刺繍の入った高級なローブを着た貴族の生徒が踏みにじっている。


「ミラ、お前のような魔力ゼロの獣人が、この聖アグネス学院の土を踏めると思うな。お前の親が一生かかって稼ぐ金も、僕らの一時間の魔導具代にもならないんだ」


周囲の生徒たちがクスクスと笑う。現代でも、異世界でも、凛が最も嫌悪する「構造」がそこにあった。

「そこのあなた。その足を退けなさい」


凛の声は、騒がしい中庭を切り裂くように低く、鋭く響いた。

「なんだ、お前は? 平民の分際で僕に――」


「私は通りすがりの教育者よ。そして、あなたのその行動は極めて『非効率』だと言っているの」

凛は迷いのない足取りで、二人の間に割り込んだ。跪くミラの手元には、泥に塗れた一枚の紙切れ。そこには、不格好だが懸命に模写された魔法陣の基礎式が記されていた。


「これ、あなたが書いたの?」


凛が問いかけると、ミラは怯えながら頷いた。「……でも、僕は魔力がないから。何をしても、無駄だって……」


「無駄かどうかを決めるのは、血筋でも魔力でもない。論理性ロジックよ」

凛は地面に落ちていたミラの紙を拾い上げ、胸ポケットから取り出したチョークで、その余白に一本の線を書き加えた。


「いい? この式の変数は魔力じゃない。ただの幾何学。角度を三度、右にずらしなさい。魔力がなくとも、大気中の魔素マナを共鳴させるだけで現象は定着する。……やってみて」

「ふざけるな! そんな方法で魔法が発動するはずが――」


貴族の少年が嘲笑おうとした瞬間。

ミラの指先から、小さな、しかし透き通るような青い火花が散った。

「え……?」


場が静まり返る。魔力ゼロと蔑まれた少年が、理屈だけで魔法の片鱗を見せたのだ。

「勉強は、誰かに騙されないためにするものよ」


凛はミラの泥だらけの手を引き、真っ直ぐに立ち上がらせた。その凛とした佇まいに、貴族の少年は言葉を失い後ずさる。


「ミラ君。あなたが今感じたその『解けた』という感覚。それが、あなたがこの理不尽な世界を叩き潰すための、最初の武器(武装)よ」


呆然とする貴族たちを背に、凛は学院の校章を凝視した。そこには、現代日本で彼女が追い続けていた、あの『消えた教え子』が最期に残したマークが、不気味に刻まれていた。


「さあ、特別講義を始めましょうか。合格の先にある、本当の地獄を見せてあげるわ」

真田凛の、異世界での「最初の1ページ」が、今ここに書き込まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ