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「あなたの手は取らない」と突き放したあの夜這いから十年、女王となった私に執着騎士と無能王子が膝を折るまで  作者: 中田かすり
十年越しに開いた扉──恋だの愛だのと生きていく

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無能王子の欠伸─恋だの愛だのの次元ではなく




十年前──



その男が馬車から降り立った瞬間、周りの空気が、

まるで行き場を失ったかのように静止した。


ガレリア帝国第二王子、ルカ。


その人外の美しさは見るものすべてに畏怖の念すら感じさせる。




出迎えたノルズランドの重臣たちが、敵意すら忘れて思わず息を呑む。


だが、その沈黙を切り裂いたのは、あまりにも場違いで、気の抜けた声だった。



「……ふあぁ。退屈だなあ。ねえ、いつまでここに立ってればいいの?」



ルカはだらしなく大きなあくびをすると、眠そうに目をこすった。


魔法が一瞬で霧散するように、重臣たちの顔に、即座に侮蔑の色が混じる。


「顔だけの無能」──その評価が、ノルズランド側の面々に定着するまで、時間はかからなかった。




※※※




準備が整うまでと用意された控室で、ルカ付きの護衛、カイルが呆れたように口を開く。



「殿下?あんたノリノリでなにやってんだよ…」



ルカがバツが悪そうに答える。



「想定外だバカやろう!まさかノルズランドの連中が、あれほどまでにこの顔に弱いとは…!」



「しょうもな!」




かつて外遊中のガレリア王が強引に連れ帰ったという、修道女を母に持つルカ。


伏せられた睫毛の影が、雪のように透き通る白い肌に美しい文様を描き出していた。


母から受け継いだその美貌は、屈強な男たちを中心として成り立った、ガレリアという国にあって、唯一の、そして不釣り合いな宝石のようだった。



「それにしてもあんたのオヤジ殿、考えたもんですね……普段はあんだけ冷遇してるくせに、ノルズランドとの交渉材料に、ルカ殿下を担ぎ上げるなんて」



「どうせ、とりあえず見目のいいオレをあてがってみて、自分たちの好き勝手できたらオイシイなってくらいしか考えてないんだろうな」



「はあぁ……ほんとあんたって不憫な王子」



「うるせえ」



テーブルの上に用意された茶菓子を頬張りながらルカが答えた。



「なんだこれ、うまいな。……でも、いいんだ。兄上たちがオレを『無能な飾り』だと思ってくれてるうちは、オレの動きに誰も警戒はしない」



「ノルズランドが今回の婚姻要求を断れば……」



「即刻、武力行使だろうな……いつものことだ」



「………… 」



控室にしばしの静寂が広がる。



「……時間を稼いでみせるさ、ここは母様の……」



ルカの言葉が扉をノックする音に遮られた。



「第二王子殿下、貴賓室までご案内いたします」




案内人の声がしたその瞬間、ルカは表情を消し、再び『顔だけの無能王子』の仮面を被り直す。




「あー、はいはい。……カイル、お前は外で控えてろ。……オレの活躍っぷりは、後でゆっくり聞かせてやるから」



※※※



その頃、ノルズランドの議会室では、先ほど出迎えた無礼な美王子への対応に意見が割れていた。



「あくびですよ! 出迎えた我らを前に、あやつはあくびをしたのです! 婚姻などとんでもない、あれは我が国を、ひいては王女殿下を侮辱しに来たに違いありません!」



「まあ待て。若ゆえの緊張かもしれんではないか。

それに……あの美貌だ。リーゼロッテの隣に立てば、両国の友好を象徴する美しい夫婦になれる。

ガレリアといえば、今や飛ぶ鳥の勢いの軍事大国だ。手を結べば、我が国の民も枕を高くして眠れるのだぞ」



ノルズランド国王の言葉に、重臣たちの目が一斉にランカスター公爵に向けられる。



「王女の王配はランカスター公爵のご子息、クラウス殿に決まったも同然だったはず!ランカスター公爵!そうでしたな!?」



「……確かに、クラウスには勿体のないお話が上がってはおりましたが……あくまでも候補として。それよりも今は……ガレリア側の面々も、驚くほど王子に無関心な様子でしたな……」



「あんな交渉の場に相応しくない無能王子、まさか我が国に押し付けようと……?」



「なんたる侮辱!」



「王よ!即刻追い返しましょう!」



重臣たちの激しい言葉を、ランカスター公爵が手で制した。



「思うことがあるゆえ、当面ガレリアとの交渉を任せていただいても?……なにぶん、我が家の次男の先行きも、無関係とはいえないもので──」




※※※




──貴賓室にはだらしなく肘を突きながらルカが待っていた。


そこに現れたのは柔和な表情を浮かべたランカスター公爵。



「大変お待たせして申し訳ございません」



「別にぃ。ところでうちの連中どこに行っちゃったの?」



「みなさまは、すべて第二王子殿下にお任せするとのことで、別室で待機していただいております」



ルカは内心呆れた声が漏れそうになる。

(おいおいおい、オレの失態待ちってことかよ!戦狂いの脳筋どもめ)


公爵がゆっくりと口を開く。



「ときに、第二王子殿下」



「んー?なに?」



「殿下は大変見目麗しくあらせられる」



「あはは。よく言われるんだー」



「北方のどこかにゆかりが?」



「……え。……なに?」



柔らかい表情を浮かべる公爵の瞳の奥が、迫るようにルカを見つめる。



「……よくわからないなあ。ほら、ボク、国では『卑しい修道女の子』って言われてるし。あはは」



「……そうですか。不躾なことをお聞きして、大変失礼いたしました。……殿下のその薄氷色の瞳、よく似た色のものを、知っておりましたので……」



ルカは困惑した。


ランカスター公爵の質問の意図を読み解こうと試みるが、相手は手だれの老獪で、その表情からは何もわからない。


ランカスター公爵が、涼しい顔をして茶を啜る。


そして再び口を開いた。



「あなたの振る舞いはご自身の判断で?」



一瞬固まったのち、ルカは改めて公爵の顔を見る。



十八年の人生でルカの演技を見破ったのは二人だけ。


母代わりの乳母と、十三歳の頃から護衛に付いている騎士カイル。


四六時中一緒にいるのがこの二人のため、当然といえば当然である。


しかし目の前のこの男は。


何もかも見通すようなその眼差しに、ルカは初めて恐れのようなものを感じた。


だがその動揺を悟られまいと、さらに深く仮面を重ねる。



「なんのこと?……あーあ、もう何だか疲れちゃったよ!もうおーわり!」



投げやりにそういうと、ルカは逃げるように貴賓室を飛び出した。


廊下で待っていたカイルが慌てて後に続く。


案内係が追いかけてくるが、その距離は一向に縮む気配がない。



ふと、窓の外の中庭に、話し込む二つの人影が目に入った。


まだ幼さの残る王女リーゼロッテとランカスター公爵次男、クラウス。


そのクラウスがリーゼロッテに何事か必死で訴えている。



(あれがリーゼロッテ王女…)



ルカが少女の後ろ姿に視線を動かした瞬間、ふいにクラウスと目が合う。



クラウスは一瞬驚いたように動きを止めた。


そしてみるみるうちにその顔に険しい表情を浮かべ、激しい敵意を隠そうともせずルカを見据えた。



(…まったく。これでも一応、他国の王子なんだぞ……)



ルカは足を止めず、その場を後にした。




「おっそろしい古狸だったなあ…」部屋に戻ったルカが呟くと、カイルが手元の資料をめくりながら答える。



「ランカスター公爵……ノルズランドの名実ともに最高位の貴族ですね。王の信頼も厚い。長男が次期当主に決定、次男が次期王配候補……」



「中庭で邂逅した男か」



ルカを睨みつけていた、勝気そうな瞳を思い出す。



「かわいそうに…殿下のせいで将来安泰のはずが、今ごろお先真っ暗ですよ」



「……ちっ。って、オレのせいじゃねえよ!

……それより喋ってばかりいないでお前も準備しろ、カイル。オレたちがこの国に滞在する理由はもうない。さっさと帰るぞ」



「えっ?もうですか?」



「今回の訪問でオレを同行させたのは、挑発のためだろう。

ノルズランドが受け入れようが、断ろうが、結局のところ、ガレリアはこの国を手に入れるつもりなんだ。

……オレに与えられた役割はもうないさ」



その数刻後、従者の一人が、明日には帰国の途につくことを告げにきた。



カイルは口は悪いが抜群の演技力を持つ、我が主の洞察力に人生で何度驚かされるのだろう、と思いながら、だからこそ、この興味深い王子の護衛騎士の座を、誰にも受け渡してはやるまい、と改めて心に刻むのだった。





翌朝、ルカは見送りに並んだノルズランド王国の重臣たちの前で、再びあくびを見せつけながら馬車に乗り込んだ。



多くの見物人がいる中、強い嫌悪感を含んだ視線を感じたルカは車窓から一人の少年がこちらを凝視している姿を見つけた。


クラウス・ランカスター。


昨日に続き、射るような視線で睨みを効かせている。

まるで、オモチャを奪われた子供ではないか。



「殿下の顔見て、公爵ご子息……心底怯えてましたよ。あんたが本気で王女を狙ってるとでも思ってるんでしょうね」



カイルが軽口を叩く。




「……勘弁してくれよ。こっちは恋だの愛だのの次元じゃねーっつーの」



ルカの呟きが、馬の蹄の音にかき消されて霧散した。













最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。



もし少しでも続きが気になる、と思っていただけましたら、下部の【評価★】やブックマークをいただけますと幸いです。


皆様の応援が、物語を最後まで描き切るための何よりの原動力です。



次回もよろしくお願いいたします。

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