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第4話・僕と天使の物語

 憧れの彼女が目の前にいる。


 僕の目の前に居るのは、理想のタイプを完璧に凌駕する真っ白な天使さん。彼女はまばたきをしながら、可愛く両手を揃えて僕を見つめている。


 彼女は何を言っても僕を肯定してくるけど、僕が一人で帰ろうとすると、後からちょこちょこ着いてくる。



「つまり天使さんの言う事をまとめるとですよ……? 僕の事が大好きな天使さんは、僕の運命の初めての人で、物語を始めたいから、僕の玉を取り出して、一緒に聖戦を楽しんで、僕の全てを受け止めたいって、そういう事なんですね……!?」



 天使さんは不思議そうな、驚いたような顔をして大きく開けた口を隠すように両手を広げてから、喜んだ。



「すごい、そうだよ! 全部合ってるよ、 スゴミ君は天才だね! あーあ、天使さんは早くスゴミ君と、いっぱい聖戦がしたいのになあ!」



 そして再び両手を前に差し出すと、そのままメトロノームのように身体を左右に揺らし始めた。その動きの可愛さと、揺れる白のツインテールに、ピッチリとした黒インナーに包まれた胸の動きががツボに入り、僕の体温が上がっていく。



「やっぱり、危ない意味にしか聞こえないんすよ! それなら僕たち初対面ですし、そういうのはまだ早いって言うか……!!」



 彼女はその一言に固まった後、突き出した手を戻し、人差し指をアゴに当てた。



「準備はバッチリなんだよ! 天使さんは君だけの天使さんだからね!」


「なにこれドッキリ?『 オタク君、誘惑してみた企画 』みたいなやつ? もしかして配信者さん? カメラとか居るの?」



 どうしても目の前の非現実を認めたくなかった。僕が辺りをキョロキョロ見回し始めると、天使さんも額に手を当てて一緒にキョロキョロと真似をしだした。



「何それ何それ! スゴミ君はなんていうか、不思議な人なんだね!!」


「不思議なのは、あなたですから!」


「不思議だね! おかしいね、おかしいねって、天使さんは笑っているよ!!」



 彼女は笑って、赤い瞳を包んだ白いまつ毛が何度も瞬きをする。可愛さだけに包まれたその姿が、次第に不気味に思えてきていた。



「あの……物語ってなんですか? もしかして僕、頑張らないと帰れない程、ヤバイ事に巻き込まれてる感じですか?」


「 それはアルハちゃんがね、教えてくれるよ!」


 また突然知らない単語が出てきた、しかも今度は聞いたことも無い個人名。


「アルハって誰っすか? 知らないっすよ、日本人?企業……?」


「アルハちゃんはねぇ! えーと、とっても可愛いんだよ!」




 ダメだ、全然説明になってないし、具体的な事を話してくれない。物語も玉も謎。聖戦も天使さんの正体も分からない。


 僕のストレスは限界だった。


 もう、どう思われても知ったことか、僕は強行突破する……!





「あの……天使さん、天使さんは可愛いと思いますし、僕の事が好きなのは嬉しいです。でも意味わからないんで、僕は帰ります」



 問答無用。


 踵を返して振り返り、灼熱アスファルトを蹴った。足裏のつま先に路面の熱が染み込んでくる。太陽からも景色からも目を逸らし、頭を落とし、腕を伸ばして大きく振って大股歩き。


 帰りの一本道を一歩、二歩……と踏み出した。


 すると視界が暗くなった。顔面が柔らかい壁に当たって体が止まる。


「壁!? 道路の真ん中に!?」


 頭を起こすと、目の前に天使さんの沈み込むような赤い瞳があった。壁だと思ったものは天使さんの豊満な胸部だった。


「えっ!? いつの間に!?」


 瞬時に後ろを振り向くが、さっきまで2メートル程手前にいた天使さんは元の位置から消えていた。歩き始めて2秒も経ってないと言うのに、音もなく瞬時に回り込んで、目の前にいたのだ。


「瞬間移動……!?」


 それを受けて天使さんから物理的に逃げる事は不可能と本能が悟る。初登場時も無から現れていた。


 丸くシャープに整った、大好きな笑顔が逆光で目の前に迫り、照れか日照りか分からない熱が顔面を支配し、汗でべっとり張り付いたシャツがゾクゾクと冷たいものに変わっていく。


「いいよ、おいで!」


 彼女は無垢な笑顔のまま、両腕を広げた。さっきの一瞬の柔らかさが、鼻と頬に残っている。飛び込みたい誘惑が揺れつつも、それでも今は恐怖が勝る。



「すみません、マジで帰らせてください! お手伝いするんじゃなかったんすか!!


「うん!天使さんのお手伝いはね、100人分だよ!」


「いやいや、道塞いで邪魔してますよね!?」


「スゴミ君……!!」


 そう言って言葉を断ち切ると今度はそっと両手で手を包み込み、持ち上げてきた。きめ細かくスベスベの肌が外から触れる。白くて小さい指、しっとり冷たく、潤って柔らかい。


「まずはスゴミ君の玉を探そうよ! 二人きりになっちゃおっか! ちょっと暗くて特別な場所があるんだよ!」


「暗くて特別な場所……!?」


 手からじんわり感じる彼女の湿気に、ピンクな妄想が駆け巡る。だが明確に一つわかった……


「やっぱり帰らせる気ないんじゃないですか! 帰っていいなら、どいてくださいよ!そもそも、天使さんって言ってますけど、 それ名前じゃないですよね!あなた誰なんですか!」


 天使さんは握った手を口元まで持っていき、口を大きく空け真っ白な歯を見せて喜んだ。


「わああ! 嬉しいなあ! スゴミ君は天使さんの事に興味があるんだね!」


 キラキラと輝かせる瞳に見とれてしまうが、話が通じな過ぎるのと逃げれないストレスが爆発していた。


「興味も何も、もっとそれ以前の話なんすよ! 全部意味分からないから聞いてるんですよ! 話すなら説明が先です!いきなり出てきましたよね! まずあなた、 どこから現れたんすか!」


 その問いかけをした瞬間、体感温度がガクッと下がった。暑さを送り続けていた太陽が影で遮られている。真っ黒な濃い影が、二人と周囲の全てを包み込み、涼しい空間を作り出していた。


 そして天使さんはニッコリと人差し指を天に向けた。


「天使さんはね、あそこから来たんだよ!」


 指さした先に、空を埋める圧力が鎮座していた。漆黒で逆三角形のピラミッドが、空の果てまで続いている。その銃口な表面にはむすうの亀裂が走り、その割れの中が緑色に光って、血流のように蠢いている。



「なんすかこれ……冗談っすよね……なにこれ本当に……」



 僕はさっき呟いた。


 ──「ある日、空から女の子が降ってきて世界を滅べば良いのに」



 それは半分冗談で半分投げやりな願い。


 そんなくだらない願いを叶えてくれるかの如く理想のタイプの天使さんが空から降臨した。そして宇宙人の侵略映画のラストシーンのような、世界滅亡の日を体現したかのような非現実の漆黒が、僕の網膜を容赦なく焼き焦がしていった。


「なんなんですか……アレ……」


「あれはスゴミ君の物語……! 天使さんと一緒に始めようね!!


「あれが……僕の物語……」


 顔を落として彼女の赤い瞳を見つめる。この言い逃れのしょうがない空の異常を認識して、僕の現実は完全に終わった。


 玉探し、聖戦、天使さんは全部本気で真面目と言っていた。


 僕は本当に帰れなくなったのかもしれない。それを知った上で、天使さんが協力を宣言しているのかも知れない。そう思った。さもなくばこのバグのような願い採用が、世界を滅ぼして、僕が帰る場所を奪うと言うこと……?


 天使さんに包まれた手が震えている。僕は唾を飲み込んだ。


「僕が……天使さんと一緒に……?」


 繋いだ手には天使のフィギュアの紙袋がぶら下がっている。僕の理想の世界は『 魔法少女・マジカルエンジェル 』愛と魔法とカワイイと、ちょっとお色気がはみ出る世界。


 そして願ったら、想像を超える美しさで天使さんは降臨して来て、世界の終わりが始まっている。


「天使さん!! 僕はマジカルエンジェルが好きなだけで、それで……帰りたいだけなんですよ!!」


「スゴミ君……天使さんと一緒に、帰ろうね」



 目を細めて僕を見つめ、頬を赤らめる天使さんの顔からは愛情だけがあった。それ以外を感じさせなかった。


 僕はただ漫然と生きてきた。生かされてきた。

 僕にとって現実はリアルでは無かった。



 そうだ、僕は帰りたい。


 僕の紙袋を掴む手に力がこもり、僕の手を包む天使さんの手を握り返した。


 僕は天使さんと一緒に、僕たちだけの聖域に帰りたい。


 きっと、ずっとそれだけが……


 僕の本当の願いだったんだ。




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