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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第1章・始動編

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第4話・僕と天使の物語

 あこがれの彼女が目の前にいる。


 理想のタイプを完璧に凌駕する純白の天使さん。


 彼女は目をパチパチさせながら、可愛く両手を揃えて僕を見つめている。



 彼女は僕が何を言っても肯定してくる。

 しかし僕が帰ろうとすると、後からチョコチョコ着いてくる。

 そのまま帰ろうとしたら、部屋までついてくるタイプの超常現象だ。


「あーあ、天使さんはスゴミ君が玉を出してくれたら、いっぱい聖戦がしたいのになあ!」


 まるでメトロノームのように身体を左右に揺らし始めた天使さん。


 意味不明のくせに底抜けの可愛さ。

 リボンのようにうねる白いツインテールと、ピッチリとした黒インナーに包まれた胸の動きがツボに入り、僕の体温が上がっていく。


「やっぱり、危ない意味にしか聞こえないんすよ! それなら僕たち初対面ですし、そういうのはまだ早いと思うんですよね!!」


 彼女はその一言に固まった後、突き出した手を戻し、人差し指をアゴに当てた。


「準備はバッチリなんだよ! 天使さんは、君だけの天使さんだからね!」


「なにこれドッキリ?『 オタク君、誘惑してみた企画 』みたいなやつ? もしかして配信者さん? カメラとか居るの?」


 僕が辺りをキョロキョロ見回し始めると、天使さんも額に手を当てて一緒にキョロキョロと真似をしだした。


「何それ何それ! スゴミ君はなんていうか、不思議な人なんだね!!」


「不思議なの、あなたですから!」


「不思議だね! おかしいね、楽しいねって、天使さんは笑っているよ!」


 彼女は笑って何度も瞬きをする。まるで意思疎通が出来ない彼女が、次第に不気味にすら思えてきていた。


「あの、物語ってなんすか? 聖戦とかもっと具体的に言って貰えます? もしかして僕って、頑張らないと帰れない程、ヤバイ事に巻き込まれてる感じですか?」


「それはね、アルハちゃんが教えてくれるからね!!」


 「誰だよ……」


 また突然、知らない単語が出てきた。

『アルハ?』聞いたことも無い個人名。

 僕は頭を抱えていた。


「アルハって誰っすか? 知らないっすよ、日本人? 企業……?」


 天使さんは少し空を見て、回答に困ったように考えていた。

 しかしすぐに僕を見つめて説明をした。


「アルハちゃんはねぇ、とっても可愛いんだよ!」




 ダメだった。

 説明のセンスが終わってる。

 全然説明になってない。

 すごい事は言ってるっぽい。

 でも具体的な事は何も話してくれない。

 物語も玉も謎。

 聖戦も天使さんの正体も分からない。


 僕のストレスは限界に達していた。

 もう天使さんなんて知るか。

 どうせ初対面の他人だ。


 僕は強行突破を敢行する決意をした。


「あの……天使さん。天使さんは可愛いと思いますし、僕のことが好きなのは嬉しいです。でも意味わからないんで帰ります」


 問答無用。


 踵を返して振り返り、灼熱のアスファルトを蹴った。

 太陽からも景色からも目を逸らして頭を落とし、腕を伸ばして大きく振って大股歩きで動き出した。


 学校脇の一本道を、一歩、二歩と帰りの道へ。


 するとすぐに視界が暗くなった。

 顔面が柔らかい壁に当たって体が止まる。


「壁!? 道路の真ん中なのに!?」


 頭を起こすと、天使さんの沈み込むような赤い瞳が目の前にあった。壁だと思ったものは天使さんの豊満な胸部だった。


「うわ! いつの間に!?」


 瞬時に後ろを振り向いて確認。


 さっきまで2メートルほど手前にいた天使さんが、元の位置から消えており、歩き始めて2秒も経ってないと言うのに、音もなく回り込んで目の前にいたのだ。


「瞬間移動……!?」


 それを見て天使さんから物理的に逃げる事は不可能だと本能が感じた。

 そもそも初登場時も、雷鳴と共に無から現れていた事を思い出した。

 そんな異常現象である彼女が、物語を始めると言い出したんだ。


 帰れるワケがない。


 丸くシャープに整った、僕が大好きな笑顔。

 僕の理想が目の前に迫り、胃が軋んで、汗で張り付いたシャツがゾクゾクと冷たいものに変わっていく。


 僕は正面を指さした。

「帰れないじゃないっすか! そっち行きたいんすよ!」


「いいよ、おいで!!」


 彼女は涼しげな笑顔のまま、僕の指先で両腕を広げた。


 僕の身体を受け入れるようなそのポーズに、胸との接触の破壊的な柔らかさを思い出し、鼻と頬がソワソワとしてきた。


 その胸に飛び込みたい。

 抱きしめられて頭を撫でられたい。

 そんな誘惑はチラついてくるが……


 それでも今は、恐怖が勝る。


「すみません、マジで帰らせてください。応援するんじゃなかったんすか!!


「うん、天使さんの応援はね、100人分だよ!」


 天使さんはチアガールのように両の拳を交互に天に突き出して、踊り始めた。

 ダメだ可愛すぎる、帰りたい。

 僕は顔を赤くしながらもキレ始めていた。


「いやいや、道塞いで、邪魔してますよね!?」


「スゴミ君……!!」


 そう言って僕の怒鳴りを被せて断ち切る。


 今度は近寄ってきて僕の手を両手で包み込み、持ち上げてきた。

 きめ細かくスベスベの肌が外から触れる。

 白くて小さい指、しっとり冷たく潤って柔らかい。


「スゴミ君の玉はどこにあるのかな!? 中に入ってるのかも知れないよ!?」


 「探す必要ないですよね! 僕が分かってれば良いんですから!!」


 「天使さんが一緒に探してあげるからね! 探すための特別な場所があるからね、連れて行ってあげるね!」


「特別な場所で玉探し……!?」


 手からじんわり感じる彼女の湿気に、ピンクな妄想が駆け巡る。


 だが確実に一つ理解した。


「やっぱり帰らせる気ないんじゃないですか!!」


 一歩下がろうとしたが、天使さんは僕の手をぎゅっと握り込んだ。


「帰っていいなら、道あけてくださいよ!! そもそも天使さんって名乗ってますけど、 それまさか本名じゃないですよね!? あなた誰なんすか!!」


 天使さんは握った手を口元まで持っていき、口を大きく空け真っ白な歯を見せて子供のように喜んだ。


「わああ、嬉しいなあ! スゴミ君は天使さんの事に興味があるんだね。天使さんの全てを教えてあげるからね!」


 話が進まな過ぎるのと、逃げれないストレスが爆発していた。


「興味も何も、もっとそれ以前の話なんすよ! 話すなら説明が先なんすよ! いきなり出てきましたよね! 全てを教えてくるんですよね? じゃあまず、どこから現れたんすか!」


 その問いかけをした瞬間、体感温度がガクッと下がった。


 暑さを送り続けていた太陽が影で遮られている。真っ黒な濃い影が、二人と周囲の全てを包み込み、涼しい空間を作り出していた。


 そして天使さんはニッコリと人差し指を天に向けた。



「天使さんはね、あそこから来たんだよ!」



 指さした先に、空を埋める絶望が鎮座していた。

 巨大な漆黒の逆三角形が浮いていた。

 ピラミッド型の大陸のような構造物が空の果てまで続いている。

 その重厚な表面には無数の亀裂が走り、その割れ目の中が緑色に光って、血流のように蠢いている。


「え……!? 冗談っすよね、なにこれ本当に……」


 僕はさっき呟いた。



 ──ある日、空から女の子が降ってきて世界が滅べば良いのに。



 それは明確に冗談で、半分投げやりですらある独りの愚痴だ。

 そんなくだらない願いを叶えてくれるかの如く、理想の女の子である天使さんは空から降ってきた。



「僕の願いが……動いてる?」



 空を覆うピラミッド。まるで世界の終末。


 宇宙人の侵略映画のラストシーンのような、世界滅亡の日のお手本のような非現実の漆黒が、太陽を隠して、僕の網膜を容赦なく焼き焦がしていた。


「あれ、なんすか……」


「あれはスゴミ君の物語、 天使さんと一緒に始める、君だけの物語だよ!!


「僕だけの物語……?」


 顔を落として彼女の赤い瞳を見つめる。

 潤んで、とろけそうな瞳。

 そして言い逃れようのない空の超常現象を認識してしまった。


 僕の現実は、完全に終わった。


 玉探し、聖戦、アルハちゃん。

 天使さんは意味不明。

 しかし全部が真面目で本気と言っていた。


 僕は本当に帰れなくなったのかもしれない。


 それを知った上で、天使さんが協力を宣言しているのかも知れない。


 そう考察するしかなかった。


 さもなくばこのバグのような願いの採用が、世界を滅ぼして、僕が帰る場所を闇に飲み込んでしまうのだろうか?


 口に出来なかった。

 願いなんて叶って欲しくないから。


 天使さんにの手に包まれたままの、僕の手が震えている。

 絶え間なく発生する唾液を飲み込んだ。


「僕が、天使さんと、一緒に……?」


 繋いだ手には紙袋がぶら下がっている。

 僕の理想の世界は『 魔法少女・マジカルエンジェル 』

 愛と魔法とカワイイと、ちょっとお色気がはみ出る世界。


「天使さん! 僕はマジカルエンジェルが好きなだけで、それで、帰りたいだけなんすよ!」


「うん。天使さんはね、分かってるから。天使さんと一緒に帰ろうね」


 目を細めて僕を見つめ、頬を赤らめる天使さんの顔。

 誰かに愛された事のない僕でも、それが愛情だけのものだと分かった。

 愛情以外を感じさせないほどの純朴さがあった。



「僕と天使さんが、一緒に帰る……?」



 天使さんは微笑んで顔を傾けた。

 肯定を意味する微笑み。


 僕は天使さんの手を握り返した。

 終焉の日蝕の下で、僕の口もとがゆるんだ。

 手をつなぎ合うほど距離の彼女に向かって、自ら一歩近寄った。


「一緒に……」


 その時だった。



「待ちなさい」


 低く鋭い女子の声が、天使さんの背中の向こうから飛んできた。

 

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