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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第1章・始動編

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第3話・こんにちは! 天使さん!!

 その神話は、突然に降臨した。


「綺麗だ……天使さん……?」


 僕の口からこぼれ落ちたのは、率直で素直な感想だけだった。

 現れた彼女は真珠色のツインテールをなびかせて、赤い瞳で遠くを眺めていた。

 フェンスの支柱につま先を揃え、神聖なコートが風に揺れている。


「いやぁ、でもこの人、フェンスの上で何してるんすかねぇ……」


 僕は、その天使に見覚えがあった。


「あ、もしかして、マジカルエンジェル……!?」


 僕は彼女を見つめたまま、左手に持っていた紙袋を両手で腹へと押し当てた。紙袋越しに感じる硬質な羽の感覚。


 僕のフィギュアはここにある。


「これって、コスプレ撮影っすよね!? いやぁ、マジで完成度高いっすよ!!」


 そんなワケがない。それは、分かっていた。

 彼女は雷鳴と共に発生した超常現象だ。


 彼女の背中では、ステンドグラスを砕いて散りばめたような、極彩色の翼が六枚、重力を無視して転を覆い、陽光を乱反射して、世界を七色に斬り裂いていた。


「もしかして、カメラとか居ます? 僕、撮影の邪魔だったりとか……」


 元から人のいない細い通りだ、他に人がいるはずもない。でも僕は、目の前で起きている異常現象を認めたくなくて、現実逃避によって出来事を現実に抑え込もうとしていた。


 僕が周囲の確認を終えてゆっくり彼女を見上げると、天使は視線を落として、僕に目を合わせてきた。

 とびきり無邪気な笑顔が光って弾けた。


「こんにちは!! 君の天使さんの、登場だよ!!」


 明るくも透き通る声。それは心地良く耳に浸透する、僕が一番好きな音だった。


「僕の……天使さん……?」


 僕の腹に当てた袋の中身、硬い羽が存在を主張した。

 目の前の天使と、同じデザインの美少女フィギュア。

『 マジカルエンジェル・セイントハート・限定版 』


 フェンスの上の天使さんから目を離し、袋の中を覗いて見ると、樹脂製の人形は紙袋の内壁と永久に決着のつかない、にらめっこを続けていた。


 僕は心は、生きている方の天使さんに夢中だった。


「ってかそれ、セイントハートのコスプレっすよね!! 完璧っすよ!! 本物以上なんじゃないっすか!?」


 天使さんは嬉しそうに僕を見つめ、揺れて微笑む。


 シルクのようなツヤのあるコートの裾が風に揺れる度、太ももの見える場所が変わっていく。

 その全てを網膜焼きつけるように、乾く程に目を見張っていた。


 すると天使さんはアスファルトへと、月面着陸のようにフワリと飛び降りた。


「ふふふ、天使さんの接近に、ドキドキだね!」


 手を後ろ手組んで体を傾け、柔らかな黒インナーに包まれた胸を揺らしながら、話しかけてくる天使さん。

 近すぎる距離感に対して、僕は前のめりになっていた。


「マジカルエンジェル好きなんすよね? 僕も大ファンなんすよ! ほらこれ君が着てるのと同じ、セイントハートのフィギュアなんすけど……」


 僕は紙袋から自慢のフィギュアを出して見せようと手を突っ込んでいた。


 彼女が雷鳴と共に現れた事など、とっくに忘れてた。

『僕と共通の趣味を持つ人が現れた』そう思いたかった僕の心は、彼女との距離を詰めることに没頭していた。


 『魔法少女マジカルエンジェル』は、正直マイナーなアニメだった。

 数年前に放送も終わり、ネット上で好きなんて言えば奇人扱い。

 一部の熱狂的なファンが、狭いコミニュティ内で消費し続けているだけのコンテンツだった。


 だからこそ、この数奇な出会いを全肯定する為に、僕は舞い上がっている。


 だが天使さんは、そんな僕の発言を断ち切って、高らかに人の名前を呼んだ。


「スゴミ君っ!! 」


「……えっ?」


 その一言に、瞬間的に違和感が戻ってきた。

 『スゴミ君』は、間違いなく僕の名前だ。


 しかし彼女とは完全に初対面であり、名前を知られているはずが無かった。


「えっと、どこかの会場で、お会いしました?」


 過去に会ったことがあるとして、彼女はヒメガミさんの比ではない。

 こんな完璧な僕の理想である純白美少女を、一度見たなら忘れるわけが無い。

 そしてイベントで会ったとしても、本名なんて教えない。


 その違和感すら消えないうちに、彼女は声を張った。

 右手を差し伸べて、はじけるような笑顔で宣言をする。


「天使さんがね!! 君の物語を始めに来たんだよ!!」


 ステンドグラスの羽から祝福の光がさし込むように、白い風が吹き抜けて虹色の粒子が流れていく。


 太陽のように明るい宣言だった。

 しかし意味がわからなかった。

 僕は後頭部に手をあてて、尋ねてみる。


「えっと僕、何かに選ばれた感じっすか?」


「うん、スゴミ君が選んだんだよ! 天使さんと一緒に物語を始めて、輝こうね!」


 当然だが僕は何かを選んだ覚えなど無い。

 しかし、ゾクゾクが胸の奥から湧いてきて収まらなかった。

 不思議な彼女からの不思議な宣言。


 鼓動が高鳴り、興奮が渦を巻く。

 未知への誘い、危険な香り。

 冒険の時、物語の始まり。


 それを前にした瞬間に、僕が言うことは確定していた。

 でも、すぐには回答しなかった。


 チラリと彼女を見ると、胸に両手を当てて、まるで告白の答えを待つ乙女のような顔で、こちらの返答を期待していた。


 言う事は決まっている。


 僕はそんな彼女の健気な姿を見て、僕の思いを正直を言うべきか、引っ込めるべきか、そこで迷っていた。


  だが僕は見せようと思って掴んでいた、フィギュアの笑顔と目を合わせた。


 『 言おう 』


 そう決意を持った。

 僕がやりたい事を、正直に伝えよう。


 物語を始めようとしていて、何も持たないボッチのこの僕に、無条件で期待の眼差しを向けてくれている天使さん。


 輝き、希望を照らすような、その笑顔に向けて…………


 僕は慎重に、口を開いた。



「あの……天使さん、もう帰っていいっすか?」



 膝と腰を曲げて這い出た言葉だった。


 僕は帰りたい。

 最初からそれだけの一日だった。


 『出過ぎた真似は怪我の元』

 それはさっきも存分に味わった。


 天使さんはきっと、特別な存在なんだろう。

 僕の運命とかが何かして、僕が一番好きな姿で現れて、僕の個人情報をいきなり知っいて、僕を誘う存在だ。


 今日がきっと全てを変える日なんだろう。

 異世界に行くのかもしれないし。宇宙に旅立つのかも知れない。

 彼女の未知と不思議は、僕の何かをきっと変えてくれるんだろう。


 だから今日は、帰るんだ。


 断って自分の部屋に帰れば、暑さとは無縁の空間で、限定フィギュアを特等席に配置して、誰の視線も気にせず、あらゆる角度からながめる事が出来る。


 それが僕の約束された幸せだ。

 運命があるとすればそれだ。


 後十五分程歩けば、それは完成する。


「このフィギュアね、大事な物なんすよ。早く部屋に帰って飾りたいんすよねぇ」


 僕はそう言ってフィギュアのを袋に入れて後ずさりをする。

 天使さんはニッコリと愛情で包む様な顔を向けてくれた。


「スゴミ君は帰りたいんだね! それなら天使さんが、一生懸命お手伝いするからね!!」


「えーと、一人で帰れるので、大丈夫っすよ」


 帰るのを手伝うとは一体?

 僕はやることを宣言したので、天使さんに対する熱も落ち着いていた。

 そうなると、彼女の接近が、もはや無理矢理絡んで来ようとしてるようにしか見えなくなっていた。


 僕は天使さんを正面に見たまま、慎重な摺り足でジリジリと距離をひらき始めた。

 天使さんは僕が離れた分だけ、小さな駆け足でチョコチョコと距離を詰めてくる。


 帰りたいなら、そのまま背を向けて走り出せば良いと思うかもしれない。

 しかし僕は、『自分の意思を晒す』というのが極端に嫌いだった。

 僕自身の感情をさらけ出した結果、嫌われる。


 それが耐えられない。

 だから僕は僕を隠して生きて来た。


 出来ればこの天使さんからも、理解を得てから帰りたい。


「なんで僕なんすか……?」


「天使さんはね、スゴミ君の事が大好きだからだよっ!」


「え……っ」


 質問から時間差もなく、さも当然のように真正面から告白された。

 初対面だし意味不明。中身のない謳い文句なのかもしれない。


 でも笑顔で大好きなんて、嘘でも気分は悪くない。

 ますます無視しずらくなっていく。


 僕は一応目的だけでも聞くことにした。


「物語を始めるって、何をしたいんすか?」


「天使さんの物語はね、聖戦で始まるんだよ! 二人の姿が聖戦で交わって一つに輝いて……」

 トロンとした目で空を見つめ、顔を赤くしている。

「わあ……とっても楽しみだね!!」


 一人で勝手に何かを妄想して悦に浸り始めた。

 完全にやばい人だと思った。

 あまりにも独善的で意味不明。

 宗教勧誘の方がまだマシだと思う。


「それって、具体的になにするんすか?」


「天使さんは君の運命の人で、初めての相手になるからね! 君の全てを天使さんが受け止めるんだよ!!」


「なんすかそれ……もしかして、エロい意味で言ってます?」


「天使さんはね、本気で言っているんだよ!!」


 ……ダメだ、会話にならない。


 この意味不明さはヒメガミさんの比じゃない。

 この人の意思疎通はぶっ壊れてる。

 僕の意思は天使さんを完全拒否した。

 振り返って逃げようと、左足を半歩後退した。


 その時、彼女は白くて小さな両手を差し出した。

 その動きに視線が止まり、彼女の発言を一度だけ待った。


「天使さんとの物語を始める為に必要だからね、まず……」

 お菓子を欲しがる子供のような可愛らしい仕草。

 彼女は差し出した両手をお腹の高さまで降ろしながら続きを言った。


「君の大切な『 玉 』をココに出して、天使さんに見せてくれるかな?」


「……は?」

 アゴの筋肉と、理性の留め金が壊れた。

「玉っすかっ!?  何の、どこの玉!?」


 声が裏返った。


「持ってるでしょ! スゴミ君の大きな玉がね、天使さんを呼んでくれたんだよ!」


「いや呼んでないですし、やっぱり玉とか聖戦とかって、変な意味で言ってますよね!?」


 彼女は目をぱちくりとして、小鳥のような口をして見つめて首を傾げる。

「スゴミ君のユニークな発想かな?」

 すぐにキリッとした白い眉毛で自信に満ちた瞳へと変わる。

「天使さんはね、正直者だから、全部本当の意味なんだよ!」


 その確信の形が、そのまま僕にとっての意味不明の形だった。


「なるほど、分かりましたよ天使さん! 僕はあなたを呼んでませんし、物語も関係ないです! 僕は帰ります。僕には既に、約束の彼女がいますからね!!」


 そう言ってフィギュアを取り出して、時代劇の家紋を見せつけるように突き出した。


 このフィギュアが、僕が僕である証明だ。


 かなりキッパリ断った。

 ちょっとキツめだったかも?

 天使さん、泣いちゃったらごめんね。


 それでも、そんな僕の発言を、天使さんは全て笑顔で受け止めた。


「うん、天使さんはスゴミ君が帰るのを応援しているよ! スゴミ君は、必ず帰ることが出来るからね!!」


 天使さんは、受け止めてくれた。


 本当にそれだけの、空虚な受容だった。

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