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第3話・こんにちは! 天使さん!!

 僕はただ一点を見上げていた。釘付けだった。



「……マジカル エンジェル?」


 空間が壊れた画面のように歪んで揺れたと思うと、雷鳴が轟いて、気づけば天使がフェンスの支柱に立っていた。


 僕は彼女を見つめたまま、左手に持っていた紙袋を、両手で腹へと押し当てた。紙袋越しに感じる硬質な羽の感覚、確かに僕のフィギュアはそこにある。


 だがフィギュアと全く同じ姿の天使が、神聖なロングコートのスリットから、ムッチリとした白い太ももを覗かせている。


 僕はその情欲的な曲線だけを見つめていた。


 目の前に居るのは突如現れた異常現象なのに、誘惑的な姿だけに、意識の全てが持ってかれていたんだ。



「いやあ、完成度高いなあ、コスプレの撮影ですかね……」


 彼女が現実の存在でないことは明らかだった。


 その背中からは放射状に広がる巨大な翼は、重力を無視した造形であり、教会のステンドグラスのように反射する輝きが世界を虹色に書き換えている。


 しばらく見とれていると天使は振り返り、僕と目を合わせてきた。そしてフェンスの上から無邪気な笑顔を投げかけてくる。



「こんにちは! 君の天使さんの登場だよ!!」



 明るくも透き通るようなその声は、僕がもっとも欲しがっていた音だった。耳から入って気持ちよく脳に浸透していく。



「ってかそれ、セイントハートですよね!! 完璧ですよ! もう本物以上じゃないっすか!!」


 天使さんは嬉しそうに僕を見つめて微笑み、艶やかな髪の一本一本が細く風に揺れ、シルクのようなコートの裾が風に揺れる度、見える太ももの面積を変えてギリギリに挑んでいる。




 僕の天使さん……?

『 マジカルエンジェル・セイントハート・限定版 』



 僕の腕の中には、今日手に入れた宝物、今日は帰ってコレを飾るだけ。それだけの予定だった。


 見上げる天使さんから一瞬目を離し、袋の中を覗いて見ると、樹脂製の天使の形の玩具が、紙袋の壁と永久に決着のつかない、にらめっこを続けていた。



 頭上の天使さんはフェンスの上からアスファルトへと飛び降りた。まるで月面のジャンプのようにふわりと舞い降り、腰ほどのツインテールが風でうねる度に白く煌めく。



「ふふふ、天使さんの接近にドキドキだねっ!」


 手を後ろ手組んで体を傾け、黒インナーに包まれた胸を揺らし、煌めく白まつ毛の理想の姿で自分に話しかけてくる天使さん。その近すぎる距離感に対して再び興奮があがってきた。



「その衣装の作り込み、感動的っすよ! 実は僕もマジカルエンジェルの大ファンで、ほらこれ君と同じ、セイントハートのフィギュアで…」


 僕は彼女が雷鳴と共に現れたなんて事は忘れていた。ただ共通の趣味の人だと舞い上がり、紙袋からフィギュアを出して見せようと手を突っ込んでいた。


 天使さんはそんな僕の発言を断ち切るように、高らかに人の名前を呼んだ。


「スゴミ君!! 」


「…………えっ?」



 その一言に違和感が走って顔を上げた。


 僕の名前は、久塚ヒサヅカ凄巳スゴミ

 『スゴミ君』は、間違いなく僕の名前だ。


 しかし彼女とは初対面であり、名前を知られているはずが無かった。


「えっと、どこかの会場でお会いしました?」


 仮に過去に会ったことがあるとして、こんな完璧な純白美少女を忘れるわけが無い。ましてや本名を知られてるなどありえない。その違和感すら消えないうちに、彼女は次の行動に移った。



 彼女は背筋を伸ばし、僕に右手を差し伸べて、はじけるような笑顔で宣言した。




「ついに運命が動き出したよ、スゴミ君……!!

 天使さんがね!! 君の物語を始めに来たんだよ!!」



 ステンドグラスの羽から祝福の光がさし込むように、白い風が吹き抜けて虹色の粒子が流れていく。


 まるで太陽のように明るい宣言だった。


 しかし、脈絡が無くて意味がわからなかった。僕は頭をかいて尋ねてみる。


「えっと……自分、何かに選ばれちゃいました?」


「うん! スゴミ君が選んだんだよ! 天使さんと一緒に、物語を始めて……輝こうね!」



 当然だが僕は何かを選んだ覚えなど無い。しかし、ゾクゾクが胸の奥から湧いてきて収まらなかった。完璧な理想の姿の彼女からの不思議な宣言。


 鼓動が高鳴り興奮が渦巻く未知への誘い。危ない香り。それを前にした瞬間に、僕が言うことは確定していた。


 でもすぐには回答できなかった。チラリと彼女を見ると、静かに微笑んで頬を薄桃い色に染めて胸に両手を当てて、こちらの発言を期待しているようだった。


 そんな彼女に対して、僕の正直を言うべきか、言わないべきか、そこで迷っていた。


  僕は天使フィギュアの入った紙袋をギュっと胸に当てた。


 そして『 言おう 』そう決意を持った。僕がやりたい事を彼女に正直に伝えよう。


 運命の物語というものを始めようとしていて、何も無い僕に、無条件に期待の眼差しを向けてくれている天使さん。


 その輝き、希望を照らすような笑顔に向けて…………




 ───慎重に、口を開いた。




「あの…天使さん、もう帰っていいっすか?」


 それは膝と腰を曲げて這い出た言葉だった。


 僕は昔から、調子に乗ると、ろくなことにならない事を知っていた。『出過ぎた真似は怪我の元。』それを小さい頃に痛みをもって覚えた。それは僕にとって絶対の教訓であり、信仰にも近い教典であった。


 天使さんはきっと特別な存在、僕の運命の為に、僕の大好きな姿で現れて、僕の個人情報をいきなり知ってて、僕を誘う存在だ。



 その未知と不思議が、僕に何をもらたすのかは分からない。


 でも、ここで帰って部屋に入れば、間違いなく暑さと無縁の快適な空間で、セイントハートをフィギュア棚の特等席に配置して、誰の視線も気にせずあらゆる角度からながめる。



 それが僕の約束された幸せだ。運命とはそれだ。僕は最初からそのつもりだった。それを最高の一日と定義して、後15分程歩けば完成する予定だったんだ。


「あの、このフィギュアね、大事な物なんですよ。早く部屋に帰って飾りたいんすよね。」


 僕はそう言ってフィギュアの袋を持ち上げて後ずさりする。それを受けて天使さんはニッコリと慈愛で包む様な顔を向けてくれる。


「素敵だね! スゴミ君は大切な物の為に帰りたいんだね! それなら任せて! 天使さんが、一生懸命お手伝いするからね!!」


「えーと、一人で帰れるので大丈夫っすよ。もう帰りますからね……?」


 帰るのを手伝うとは一体…… 僕は彼女の言動が理解できなかった。無理矢理絡んで来ようとしてるようにしか見えない。


 僕は天使さんを正面に見たまま、ジリジリと距離を開け始めた、すると天使さんは離れた分だけ小さな駆け足で、チョコチョコと距離を詰めてくる。


そのまま背を向けて走り出せば良かった。でも僕は自分の意思を晒した結果嫌われる。というのがとても嫌だった。


『最低』は僕のトラウマの呪禁の言葉だ。僕が全力を出して頑張った結果浴びせられた言葉だった。天使さんは意味不明だけど、出来ればちゃんと理解を得てから帰りたい。


「なんで、そんなに僕にこだわるんすか……」


「天使さんはね、スゴミ君の事が大好きだからだよっ!」


「え……っ」


真正面から目を見て笑顔で告白された。いや、告白なのかこれは? それでも好意を示されることで、ますます無視しずらくなっていく。僕は一応目的だけでも聞くことにした。


「物語ってなんですか」


「天使さんの物語はね! 輝く聖戦で始まるんだよ! 二人の姿が聖戦で交わって一つに輝いて……!」


 トロンとした目で空を見つめ、顔を赤くしている。


「わあ……! とっても楽しみだね!!」




 一人で勝手に何かを妄想して悦に浸り始めた。完全にやばい人だ。あまりにも独善的で意味不明。宗教勧誘の方が、まだまともだと思う。


「物語を始めるとか聖戦とかって言ってますけど、具体的になにするんですか?」


「うん! 天使さんが君のはじめての運命の人だからね! 君の全てを天使さんが受け止めるんだよ!!」


「なんすかそれ……もしかして、エロい意味で言ってます?」


「ふふふ、天使さんはね、真面目に本気で言ってるんだよ!」


 ……ダメだ、会話にならない。この意味不明さはヒメガミさんの比じゃない、この人の意思疎通はぶっ壊れてる。僕の意思は天使さんの完全拒否で決定した。しかし次の動きだけは少し気になった。


「天使さんとの物語を始める為に必要なのはね……まず……」


 そう言いながら彼女は白くて小さな両手を前に差し出した。まるでお菓子を欲しがる子供のような可愛らしい仕草。潤んだ瞳がまっすぐに僕を捉え、その好意だけで僕の意識を捕縛してくる。



 『まず……』と言って突き出した天使さんの両手。


 なんだろう。選ばれし者? 契約者? 特別な力? それとも天使さんを連れて、どこかの世界で冒険を? 得意の妄想が一瞬の中で様々な形になって飛び交った。


 しかし彼女は差し出した両手をお腹の高さまで降ろし、顔を傾けて白いまつ毛をぱちぱちさせながら続きを言った。



「君の大切な『 玉 』をココに出して、天使さんに見せてくれるかな?」




 ……は?


「た…… 玉っすかっ!?  何の! どこの玉!?」

 声が裏返った。ツッコミを入れずにはいられなかった。


「持ってるでしょ! スゴミ君の玉がね、天使さんを呼んでくれたんだよ!」


「呼んでないですし、玉とか聖戦とかって

 やっぱ変な意味で言ってますよね……!?」



 彼女は目をぱちくりとして、小鳥のような口をして見つめてくる。そして一瞬柔らかく微笑み……



「ふふふ……スゴミ君はとってもユニークなんだね、天使さんはね、正直者だから、そのままの意味だよ!」


 キリッとした白い眉毛に、白い睫毛。自信に満ち、全てを悟ったような赤い瞳。そしてそのままの意味で玉出して聖戦、僕には全くもって意味が分からなかった。



「なるほど、わかりましたよ、天使さん!

 僕はあなたを呼んでませんし、選んでません!

 物語に興味もないし、関係もありません!

 僕は帰ります。なぜなら僕には約束の彼女がいますから!」


そう言って紙袋の中身、マジカルエンジェルのフィギュアを取り出して見せつけるように突き出した。そうだ、これが僕が僕である証明だ。


かなりキッパリ断った。天使さん泣いちゃったらごめん。でも結構キツめに、ハッキリ言い切った。


 それでもそんな僕の発言も、天使さんはただ笑顔で聞いてくれていた。


「うん! スゴミ君は 頑張って帰らないとだよね!!」


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