第299話・帰還の道標。
悲劇への宣戦布告。
15歳の時の王子エリオットが「始まると宣言したシナリオ」が、この息苦しい地下基地の王座の間で幕を開けていた。
LED照明を使えばいいものを、天井には力任せに打ち込まれた裸電球が幾つも埋め込まれている。そうして無理やり明るくされた室内には、岩盤を削り出した基地とは思えないほど石畳と赤絨毯が敷き詰められていた。RPGのワンシーンを思わせる階段の上の王座には、今や座る者は誰もいない。
静まり返る空間に、ダートが仕掛けた電気柵のバチバチという威圧的な放電音と、吸気ポンプが絶え間なく吐き出す重い耳鳴りのような駆動音だけが、淀んだ時間を刻んでいた。
「第三層には、どうやって帰るの?」
至極当然の疑問が、デフィーナの口からこぼれ出た。
「ゲーブルトはカラスになって、第二層から登っていったって言ってましたよね。どこかに繋がる穴があるんですか?」
僕が目の前の桃髪の少女、アキュレへと問いかけると、彼女はチラリと振り返って視線だけを向け、すぐに俯いて小さな声で答えた。
「第二層の壁の中に、エレベーターがあります」
俯いた姿勢から、さらに深いお辞儀をするように頭を垂れる。
「しかし、鍵がないと動きません。鍵は……ありません……」
その言葉に対し、ネオさんは即座に言い放つ。
「鍵は無くても大丈夫だ。コイツらは空を飛べるし、私たちが脱出する時には、私が基盤を外して配線を繋いでやる。そうすりゃ鍵がなくても動くからな」
「ママ、すごいっ!!」
足元からポラリスの弾むような高い声が上がり、それに引きずられるようにしてアキュレのアゴが上がった。
薄桃色に染まった頬と共に、彼女の瞳が揺れる。
「それと、あなた方と一緒に来ていた男性が、エレベーター付近の資材置場に潜伏しています」
「ああ……っ! ミナミヅキさんっすね!!」
僕はすぐにピンときた。
退路を探すと言って別行動を取ったミナミヅキさん。彼に渡した「ニセ札のドグマ」の存在を、僕のドグマの感覚が捉えていた。
僕は後方の天井の角を見つめる。その視線の先、岩盤の要塞の向こう側に、彼はいる。
「分かるっすよ! ドグマの反応で、あの人の居場所!」
ネオさんは顔を上げて、僕を見つめた。
「ミナミヅキ……あいつ、結構やるな。それなら案内は無しでも、第三層は目指せるな?」
「はいっ! 行けます……!! デフィーナさん、女神さん、行きましょう!!」
僕は両隣りの魔法少女の姿をした二人へ声をかけた。デフィーナは瞼を閉じてため息を吐き、ブリアンは強い瞳で僕を見つめて頷く。
僕は胸に拳を当てて、声を張り上げた。
「ドグマ解放──── 一体化ヒーローハート!! エンジェルハート・フォールイン!!」
「おおお、行くぜラブたーん!!」
頭の上のゴーグルが、ノリコの気合の入った叫びと共に跳ね上がる。
宣言から一瞬で、勇者の鎧が僕の上半身を包み込むように生成され、赤いマントがバサリと翻った。
ネオさんの顔が上がり、鋭い瞳が僕を射抜く。
「私はクランケリストの内容を調べておく。それと、前の部屋の敵兵士の死体から通信機を回収しておけ」
「……敵の通信機を、っすか?」
「ああ。私達の通信機は地下の岩盤を通過して通信することはできない。でも敵の通信機なら、中継スポットが張り巡らされているからな」
「なるほど、了解っす!!」
僕は王座の間を出て、入ってきた入口へと飛び出した。それに続いて、デフィーナとブリアン、ストームも飛び出してくる。
デフィーナが手早くルークとビショップの計四名の遺体からヘッドホン型の首掛け通信機を回収すると、僕達はそれぞれひとつを首にかけて、地下基地を来た道へと引き返していった。
旧ドラキール城を抜け、旧ドラキール街の空を天使の翼で飛んでいく。ストームの大剣のエンジン音だけが、ひたすらに喧しく空気を震わせていた。
人工照明によって明るく照らされた廃墟の都市は、上空から見下ろすと中世ヨーロッパ風のモダンな建物が立ち並び、人が一人もいないというのが不自然に思えるほど整っている。
「ここに住み続けることを選んだ人達は、やっぱりゲーブルトによって実験材料にされたんすかね……」
僕が哀愁を込めてそうつぶやくと、デフィーナは冷静に返した。
「エクリプスに食わせたんじゃないの? 知らないけど」
どちらにしたって、出っ放しでカビすら生えない黒い塊と化したパンや野菜が並べられた屋台や荷車を見れば、住んでいた人々の日常が突然奪われたのだということを想像するのに、僅かな時間すら必要なかった。
空を飛ぶ僕達は、一直線に都市の外壁へと向かう。
ストームは飛行速度が速すぎて、僕達を通り越すたびに燃料節約のために屋根へと着地し、僕達が追い越すとまた先行するという移動を繰り返していた。
そして都市の壁際で、ミナミヅキさんの胸ポケットにあった「ニセ札のドグマ」の反応が動き出す。
ミナミヅキさん本人が物資置き場の施設の影から飛び出し、広い場所で空中を探す動きを見せる。ストームのエンジンの轟音が、彼に僕達の接近を知らせたのだろう。
ミナミヅキさんが僕達の存在に気付いて手を上げた瞬間、ストームは僕達を追い越し、一気に彼のもとへと接近した。
大剣を石畳に叩きつける豪快な金属音と共にミナミヅキさんの前へ着地したストームは、遠く後ろを飛ぶ僕らにも聞こえるほどの蛮声で彼に迫る。
「出口はどこだ!!」
ミナミヅキさんは目を丸くしながらも、岩盤にめり込むように建てられた、監視室のような箱型のコンクリート施設を指さした。
「そ、その部屋の中にエレベーターがありますっ!! 窓から中を覗いたので間違いありませんが……扉には鍵が……」
「そうか、ありがとな!!」
ミナミヅキさんの言葉を断ち切るように、気持ちのいいくらい威勢の良いお礼を告げると、ストームは大剣をぶん回して施設の鋼鉄の扉へと叩きつけた。
扉は止め金ごとコンクリートの壁から引き剥がされ、無理やり内側へと吹き飛ばされる。ストームはそのまま室内のエレベーターの扉も突き破り、その奥へと一人で消えていった。
「ちょっと……一人早過ぎないっすか……!?」
そう言う間に、僕達はミナミヅキさんの元へと着地した。すぐさま彼へ声をかける。
「ミナミヅキさん……!! 無事で良かったです!!」
彼は驚いた顔をしながらも、僕と先行したストームがぶち破った扉を交互に見ていた。
「はい……。あなた方こそ無事で何より……」
そしてその視線はブリアンに止まり、潤んでいく。
「ブリアン・ブリディエット様……救出、成功なされたのですね。ご無事で、何よりです……」
彼はブリアンに対して、深々と頭を下げた。
それに対し、ブリアンは少し気後れした様子で口をすぼめたが、すぐに取り繕って返す。
「様だなんて、今の私は姫でも何でもない、ただの魔法少女なのよ」
そう言って、純白のレースの手袋に包まれた右手を差し出した。
「貴方こそ、命懸けでこんな所まで……。本当に、ありがとう」
ミナミヅキさんは縋るように両手でブリアンの手のひらを包み、硬い握手を交わすと、再び浅い角度で礼を固めた。
「とんでもございません。我々が生きているのは、紛れもなく貴方様のお陰なのですから……」
そして声を震わせて、ゆっくりと顔を上げる。
「あの……ネオさんは、もしかして……」
言いづらそうに目を細め、若干視線を逸らす。僕達が別行動を決めてから、彼とは一切連絡を取っていない。一緒にドラキール城へ向かったはずのネオさんが帰り道に居ないという状況だけで、彼の中では最悪のシナリオを覚悟していたのだろう。
「あっ!! そうです、ネオさんに連絡しなくちゃ……!!」
僕は思いだように反応し、敵から回収した通信機の、スピーカーの裏のボタンを深く押し込んだ。
「ネオさん、ミナミヅキさんと合流しました!! でもストームが先にエレベーターのドアを突き破って、先に行っちゃって……!!」
ミナミヅキさんは瞬きをしながら眉を寄せていた。しかし、通信機のスピーカーからネオさんの声が聞こえると、即座にその顔は明るくなる。
「ああ、スゴミだな!! その扉は突き破るしかないと思ってたんだが、ストームの野郎はまた適当だな……」
一瞬呆れたように言い淀むが、彼女は即座に声を引き締めた。
「とにかく、エレベーターは天井に穴を開けて飛んで行くしかない。ストームが行ったなら追いかけろ。ミナミヅキは城の最深部、王座の間の私達の所まで走らせろ。合流して手伝って貰いたい事がある!!」
「……了解っす!!」
僕が通信機のボタンを離してミナミヅキさんへ視線を合わせると、彼はすぐに首を縦に振った。
「私は王座の間に向かえば良いのですね。しかし、ネオさんは何故、城の中に……?」
僕は目を細めて、ストームが開けた穴の先を見つめた。
「ドラキール第三層の居住区に、エクリプスが出てきているんすよ……」
「ええっ!? こんな時に、エクリプスが……!?」
「はい、エリオットとゲーブルトの計画みたいなんすよ。ネオさんは指揮をしてくれて、僕たちは先に、住民を助けに行きますので……」
その一言に、デフィーナが僕の腰をつついた。
「話してないで、さっさと行くわよ」
ブリアンも二歩前に出る。
「そうよ、こうしている間にも、救える命があるわっ!!」
ミナミヅキさんは顔を歪めて拳を震わせながらも、旧ドラキール城へと向けて一歩を踏み出した。
「了解しました。私はネオさんの元へと向かいます」
そして、ドグマ製の「ニセ札」が入った胸ポケットへ手のひらを重ねて僕を見つめた。
「私は、あなた方を信じていますから……。ご武運を」
その言葉を残すと、彼は駆け出した。運動に慣れていなさそうな中年の体で、必死に腕を振って駆けていく背中を見送りながら、僕達もエレベーターの施設へと踏み込んでいく。
電灯のない真っ暗なエレベーターの穴は、不気味なモンスターの唸りのように、「ドォ……」と空洞音を響かせていた。




