第269話・零極。絶望の二、重責。
「なんで敵なのに……謝ってんすか……」
僕は地面に置かれたクリティカルソードを拾って、土に筋を引きずりながら、ゆっくりと立ち上がった。
明確に敵として現れた、零極さんと言う女性形のエクリプスは、時間と共に喋り方が変化していく。
零極さんは両手を祈りのように組み合わせ、上目づかいのまま僕の立ち上がりに合わせて立ち上がった。
「謝るのは、悪いことをしちゃったと思ってるからだよ……いきなり凍らせちゃったのも、斬りかかってしまったのも、スゴミ君は驚いちゃったし、怖かったでしょ……?」
「そりゃ……まぁ……」
僕が困惑のままに右に目をそらして返事をした瞬間、僕の目の前をデフィーナが駆け抜けていた。
クロスソードを両手に掴み、鋭い目つきで零極さんを睨みつけて突撃する。
「なに会話に飲まれてんのよ!! エクリプスなのよ、殺せっ!!」
デフィーナがクロスソードを下から振り上げると、零極さんは指組を解いて一歩後退、防御する素振りすら見せずに腹から胸へとかけて斬撃を受けた。
腹部を包む装甲は傷ついていないが、胸の部分は柔らかい布に包まれており、人間の乳房のように揺れ動き、切り裂かれて赤い血が吹き出していた。
「うあ……っ!!」
力無い高い声で悲鳴を漏らす零極さん。それに対してデフィーナは無言で刃を切り返してその首を狙っていた。
「ちょま……っ!!」
僕は反射的に『待って』を言いそうになっていた。
しかしそれよりも早く、零極さんは自身の腕を円の軌道で回すと、自身を包む球状の氷の殻を生成して、デフィーナの攻撃を防いだ。
「くそ、硬いこいつ……っ!! スゴミ、熱で溶かすのよ!!」
「あ……っ、は、はいっ!!」
僕はクリティカルソードをしっかりと握り直し、ヒーローハートの特性である熱の力で、刀身に熱を集中して光らせる。そして零極さんが隠れているビー玉のような氷の障壁に向かって、剣を振り下ろした。
振り下ろす一瞬に、僕は無意識に氷球の中の零極さんを探していた。確実に居場所を掴んで剣撃を叩き込もうとか、そういう気持ちではない。ただ単にデフィーナに切られて苦しそうな顔をしていた零極さんが、氷の中でどうしているのだろうか。理由をつけるとすればそんな所だった。
そして僕は、氷球の中の零極さんと目が合った。
彼女は氷の壁へと両手をついて、しっかりと僕の方を見上げていたのだ。
まるで絵画に閉じ込められた人間が、絵から飛び出してくるかのように、零極さんは氷を破って飛び出して来た。
「スゴミ君……!!」
その動きは僕の剣が振り下ろされるよりも速く、彼女は僕の胸の中へと頭から飛び込んでくる。
「スゴミ……!!」 デフィーナが鋭く叫ぶ。
デフィーナは零極さんの背中を狙って剣を振りぬこうとした。しかし、その表情が強張って動きが一瞬止まる。僕の剣が振り下ろされているのとデフィーナの振りぬきの軌道が被って、僕に当たるのを気にしたのだろう。
その一瞬の停止に、零極さんは唱えた。
「レスト・イン・プラネタリウム!!」
発現と共に僕と零極さんを囲うように、六芒星の氷の結晶が全方位に広がり、二人だけを氷球に包み込んだ。
デフィーナは僕たちと彼女の間に出来た氷の壁を、迷いなく叩き始める。
「スゴミ、コイツ、罠よ!! 私の攻撃、わざと受けたんだわ!! 殺せ、今すぐ、早く!!」
だが、デフィーナが氷を削るよりも早く、氷の壁は何層にも重なって分厚さを増していった。
すぐに氷に含まれた気泡の白によってデフィーナの姿は見えなくなり、外の音も届かない冷凍庫のような狭くも明るい氷球の空間が、僕を閉じ込めていた。
僕は胸に抱きついて来ている零極さんの背中に剣を打ち込むべく、振り下ろした剣を再び彼女の背中に向かって掲げた。
「お前っ!! デフィーナさんに何したんだ!!」
「何にもしてない!! あの子は、支持者!! 物語の使命で、話なんてしてくれない!!」
僕の顔は歪んでいた、だが、デフィーナの『早く殺せ』という指示が耳にこびり付き、意を決して彼女の背中を貫こうとしていた。
僕の決心の前で、零極さんは僕の背中へと腕を回したまま、顔をあげて僕と目を合わせて来た。
その顔は悲しみに満ちており、涙を流し、まつ毛が濡れてまとまっているのが分かった。
彼女の柔らかな胸が、僕の胸を擦り上げるように登ってくると、その圧力に混じって僕のシャツが濡らされているのが分かった。
彼女が受けた胸への剣撃。その傷から噴き出す血液が、僕の胸を熱く濡らしていたのだ。
その体温は氷のエクリプスと言うにはあまりに人間的で温かく、迸る血液は生の体温の熱さを僕へと伝えていた。
だが僕の『彼女を殺すべきだ』という思考は止まっていなかった。目を閉じて剣を突き刺す為に降ろそうとしたところで、彼女は叫んだ。
「スゴミ君のことが、好きなんです……!!」
僕のクリティカルソードの剣先は、彼女の背中の装甲から曝け出された皮膚に触れ、小さな火傷痕を広げながら停止していた。
「ぐ……っ、くぁっ!!」
僕が目を開くと、目の前には火傷の痛みに苦悶を浮かべる彼女の顔が迫っていた。
僕の動きは反射的に剣をその背中から離して、右へとどけていた。
そして左手で彼女の抱擁を引き剝がすと、がむしゃらに怒鳴った。
「好きとか言っとけば、攻撃されないとか……そういう作戦っすか!!」
「違うよっ!! エクリプスは、嘘を言えないの!! 本当に……!!」
零極さんは一歩引いて胸に手を当てながら、自身の涙を装甲の腕で拭った。
それはどこにでもいる、泣きじゃくる女の子の所作と、何も変わらなかった。
「エクリプスの知能は、蓄積する……数字を数えるしか出来なかった私を、みんなは倒そうとしたけど、スゴミ君だけが私に声をかけてくれた……」
そして腕の装甲の中から、僕が惑星のエクリプスの断層に投げ込んだ『追悼の花』の白いカーネーションを取り出した。
「私の、死の集積体でしかなかった、この私に……あなたは優しい気持ちを投げ込んでくれた……」
「それ……追悼の花……効いてなかったんすか」
「違うよ。効いたから、私は人の感情をもつまでに成長できた。君の優しさが、私を変えたんだよ……」
息を飲んだ。何が本当なのかも分からない。
でも零極さんは嘘を言えないと言った。それは自己申告でしか無いのだが、デフィーナも支持者は嘘を言えないと言う。シグマの物語のルールってやつの全貌は図りようが無いが、僕には今の彼女が嘘をついているとは到底思えなかった。
「でも……殺そうとしたじゃないっすか。さっきのブレード、避けなかったら僕、死んでましたよね」
僕の指摘に対して、頭の上のゴーグルノリコも伸びてきて反応した。
「そうだぞ! ラブたん、嘘と泣き落としは女の花ってなぁ!! 騙されないでさっさと倒しちまえ!!」
僕はだらりとぶら下げていたクリティカルソードに力を込めて握り込んだ。
零極さんはその素振りを見るでもなく、視線を落として謝罪をした。
「それも、ごめんなさい。エクリプスにはそもそも、物事を戦闘で解決するって、基本的な使命があるの……だから知能の低かった私は、エクリプスの本能として攻撃してしまった……」
零極さんは顔をあげ、懇願するような顔で僕を見つめた。
「でも私は、君のおかげで、理性を持つまでに成長することが出来た……だからっ!!」
僕は剣を正面で構えて、一歩身を引いて腰を落とした。
「エクリプスって、なんなんすか……なんで死体集めて人間殺すんすか……」
その質問に零極さんは髪をかき上げて、眉を寄せた。
「エクリプスはね、全員、走者に強くなって欲しいって……それだけの使命で動いているんだよ」
僕はその回答に息を飲んでいた。エクリプスを倒すとドグマは大きくなって成長していく。それは何度も体験してきたし、シグマもそう言っていた。僕がエクリプスに立ち向かう事で使えるドグマの変形の数も増えていった。
「違いますよっ!! 走者が強くなるとかじゃなくて……だって人間、殺して、食べるじゃないっすか!!」
零極さんは僕が構える剣の先を、装甲の指で軽くなぞってみせた。
「それはね、人間がドグマの材料だから、エクリプスはそれを集めているんだよ」
その一言に全身の体温が一気に冷えた。
僕が固まって言い返せない状態のままで、零極さんは続ける。
「人間の細胞の一つにね、起源になる細胞……母親の卵子だった細胞がね、ひとつだけ、人間が生まれてから死ぬまで、ずっと生き続けているの」
その目は冷たいようでもあり、悲しみ哀悼、慈しみのようにも見えた。
「それが生源細胞。知能が無いエクリプスはね、生原細胞を集め続けて、それを走者に届けに行くの……自分が走者に殺されることによってね……」
零極さんの装甲の手の平が、僕の剣の刀身を握り込んだ。
装甲に切れ目が入り、零極さんの赤い血が、その腕を伝って肘から地面へと垂れ落ちる。
「この剣に使われている人数は、1兆5千億人分くらいかな……」
僕の体の芯が震えて、剣を握り込む彼女の手を引き剥がそうと、左手で掴みこんでいた。
「そんな、だって……僕のドグマは、現れて、それに……ナラクのドグマに、カイのドグマも……」
零極さんは僕の剣を手放して、目を細めて一歩前に出た。
その額に、剣の切っ先が当たるような距離で、僕を見つめあげている。
「スゴミ君、全てのエクリプスが、君の為に動いている。それだけは本当なの、だから私もその使命に従って、君に殺されて、君のドグマとしてついて行きたいの……」
彼女の血に濡れた手の平が、僕の頬に優しく触れた。彼女の血液が、僕の頬に紋章のように血の跡を残す。
それは黒い装甲の指だと言うのに、人間的に温かく、そして女性の皮膚のように柔らかかった。
「ただ、私は意思を持つに至った。だから君に私の気持ちを伝えたかった」
そして彼女は、剣の先端を自身の首元へと運んだ。
「スゴミ君、君の殺意で、私を殺して。私の意思はそこで終わるけど、君の記憶に残る事、それが私がここに存在出来た、愛の証明になると思うから……」
その申し出に、ゴーグルノリコが大きく叫びをあげた。
「よっしゃー!! パワーアップって事だぜ、ラブたん!! コイツの思いを貰っちまって、さっさと先に進むんだよぉ!!」
だが僕は震えるままに、肩の力を抜いていた。
剣はだらんとぶら下がり、僕の下顎はカタカタと骨の音を鳴らしている。
「どうしてまた、どうして僕が……殺さないといけないんすか……」




