第268話・零極。絶望の一、欠落。
「6855、意思疎通。4633……彼の意思に対話を……」
『零極さん』と名乗ったエクリプスの女性は、僕が感情的に言い返すと空中を見上げてうわ言のように数字を呟いていた。
僕はクリティカルソードを構えて、飛び込む体勢を取っている。
ゴーグルのノリコも、力強く伸びて喋り。僕の行動を後押しする。
「さっきの星のがデカくなったってんならさぁ!! 毛穴を覗いたら、お口パクパクしてる怪物なんじゃないのかぁ!! 構わねぇぜラブたん、やっちまえっ!!」
「気は進まないんすけどね……やるしかないって事っすもんね!!」
僕は再び零極さんへと向かって爆発的な加速を使って剣を振りかぶり、距離を詰めた。
零極さんは片腕を突き出したまま周囲の空気を集め、冷気の突風を僕に向かって短く吹かせた。
その突風の中に入ると、体の表皮が一気に冷えて、前進で受ける風が僕の皮膚に痛みを与えた。
僕は思わず身がすくんで失速、零極さんへとまっすぐ向かう軌道を反れて、近くの平屋の工場の屋根へと飛び乗った。
「ぐぐ……っ、寒すぎぃ!!」
零極さんは慌てるでもなく工場の下の道路を歩き、僕へと近づいてくる。
「変化を求めれば、喪失があります。進もうとすれば、悲しみが襲います。絶望を受け入れてください。それが君の幸福になります」
僕は違和感を覚えて、目を細めた。
「なんすか、そういう哲学みたいのなら、僕、分からないっすから……」
彼女の言ってることは分からない。だが、さっきの脈絡も無い言葉の羅列と比べると、まだ少し言ってることが分かるような気がしていた。
零極さんは僕を見上げて続ける。
「足りないと思う気持ちが不幸を産みます。全てが満たされて望むものが根絶された時、絶望があなたの幸福を証明します」
彼女はひと飛びで僕の立つ工場の屋根へ上り立ち、右腕を正面へと構えた。
「私は絶望のエクリプス。君の望みを全て絶ってあげたいと、心の底から思っています」
「なんすかそれ、サイコパスみたいなやつっすか……」
「いいえ、違います。純粋な善意と、愛情です」
零極さんのブレードが冷気を纏い始め、バイザー越しの青い瞳が、ネオンライトのように明るく光った。
「スゴミ君の望みは、戦うこと。この戦いをもって、私との対話を成すと言う事ですか?」
僕はその質問を受けて、目尻を痙攣させながら斬りかかった。
「戦いたいわけ無いでしょ!! 僕はね、戦いたくないんすよ……!!」
だが、すぐにノリコのゴーグルが僕の首を左へと思い切り引っ張った。
「ラブたん、それ、動きが雑……っ!!」
駆け出した所で無理やり首の向きを変えられたため、僕は工場の屋根へと倒れ込んでいた。
だがしかし、それで僕は助かった。僕の顔があった位置を零極さんのブレードが正確に薙ぎ払っている。『キュオーン』という、冷たい空気に金属が振動する透き通った音が鳴り響き、切り裂かれた空間の空気が瞬間凍結して弾け飛んでいた。
「うわっ、うあぁああ!!」
受け身に失敗した僕は、工場の屋根を転がり落ちて二メートル程下の地面へと投げ出された。
零極さんは屋根の上から、僕のことを見下ろす。
「戦いたくないのが望みなのですね。戦いは必ず損失を伴います。不幸にならない為には、戦わないべきです。戦いをやめてください」
僕は土をはらいながら、立ち上がった。
「戦わなくて良いなら……僕は戦ってないんすよ……!!」
すると僕の背中からデフィーナが飛んで来て、僕の隣へと並び立った。
「なにこいつ……殺せてないわけ!?」
「いや、コイツ……普通に強いっすよ……」
僕が困惑を浮かべながら息を飲んでいると、今度はストームのエンジン付きの大剣の駆動音が地下都市の工業地帯に反響した。
ヤツは荒々しい叫び声と共に、剣の駆動系を吹かして飛び出して来て、地底街の空を滑空する。
「ハッハーッ! ようやく空中戦が出来るなぁ!! ぶっ殺してやるぜ、ガストライダー!! アクセル全開の……正面突破でなぁー!!」
言うなり零極さんへと狙いを定め、一直線の最短距離で突き刺しの急降下を開始した。
零極さんは顔色ひとつ変えずに、右腕をストームへと差し出した。
「3万5099。行動を命名するのですね。私は、直線軌道を逸らす空間変異をもたらす分子熱運動の剥奪……!!」
零極さんのブレードの先が僅かに光ると、ストームが突っ込んでいた直線の動きが、零極さんの寸前で僅かに右に逸れて、ストームは勢いのままに工場の屋根を突き破って内部に落下していった。
「なんだとテメェー!!」
ストームの怒りと負け惜しみの声と共に、工場内部から様々な棚や机を吹き飛ばしたような、混沌とした衝突音が聞こえてきた。
「ス、ストームさん……!?」
僕はその登場から退場までの早さと、零極さんの圧倒的な余裕を見て驚愕していた。
しかし彼女は、そんな事は気にもとめない様子で、どこか遠くを見ながら呟いていた。
「いえ、2632。技名ですね。技の命名は現象名ではありません。今のをアキュレイト・コールドスリップに改名します」
その言動を見て、デフィーナが息を飲んだ。
「スゴミ……コイツ、知性が増え続けてるわ……!! 早く殺さないと、本当に……止められなくなるわよ!!」
「わ……分かってるっすよ、一緒に行って……動き止められますか?」
「シャドープリズンなら……でも、何秒止まるか分からないわ、やるなら速攻で殺して頂戴」
僕達が小さな会議をしている所に、零極さんは工場の屋根から飛び降りて、無防備に腕を揺らして近寄ってきた。
「無駄です。戦って、勝利する。それを望む事こそが、君に苦難を……」
零極さんは言いかけていたが、僕はそれを断ち切って怒鳴りつけた。
「やかましいんすよ……!! 訳わかんない絶望だの幸福だの……!! 僕は無宗教だし、そういうの、聞いてる場合じゃないんすよね……!!」
クリティカルソードをきつく握って、腰を低く落とした。
僕がさっきした突撃は、感情に任せて考えず、自分自身の動きをしていた。
だからノリコにダメ出しを受けたし、殺されるところだった。
だが、次の動きは違う。
コレは僕が何度も何度も見返した、マジカルエンジェルのヒーローハート、そのもののモーション。
だから僕は動ける。
そう確信して、声を張った。
「デフィーナさん……!! 行くっすよ……!!」
デフィーナは即座に僕の隣から飛び上がった。
そして空中で魔法少女の必殺技のポーズをバッチリと決めて見せると、アサシンハートの必殺技を唱える。
「必殺ハート、シャドープリズン・コンファイン!!」
彼女の天使の羽の裏から大槍の鋲が二本、鎖に繋がれて発射された。
影ぬいの効果を持つその槍は影そのものであり、物理的な干渉は不可能。
槍もダメージは与えないが、相手を貫くことで一切の行動を封じる必殺級の捕縛技だ。
当然、初見で影ぬいの効果までは見切られないし、ガードしようと思った瞬間にガード貫通の大槍の命中は確定する。
そして零極さんも例には漏れず、大槍を弾こうと右腕を差し出した。
「アキュレイト・コールドスリップ」
ストームの突撃を弾いた冷気の障壁を作る技で大槍を正面から弾こうとするが、槍は零極さんの正面の空気の煌めきも腕も、全てを無視して零極さんの身体を貫いた。
その瞬間に、零極さんの体の揺らめきは停止して、影縫いの効果が効いているのが目に見えて分かった。
しかし零極さんの表情はピクリとも動かず、完全拘束された自身の体を見下ろしていた。
「これは凍結? 行動を制限して対話を求める、私と同じ手法の一端なのでしょうか」
「対話じゃないっすよ……!! あんたはエクリプスで僕は走者!! だから倒さないと、いけないんすよ!!」
僕は零極さんの胸へと灼熱のクリティカルソードを打ち込むべく、まっすぐに突撃していた。
あと数歩で零極さんに届くと言うところで、人を刺し貫くという感覚、天使さんを刺し貫いた時の感触が手の中に蘇り、僕は目を細めた。
その瞬間、飛び跳ねたハズのデフィーナが、肩を押さえながら落下してきた。
「コイツ……重すぎるっ!! 止めていられない……!!」
僕の顔に困惑がよぎると、零極さんはポーズを一切変えずに唱えた。
「名称を短縮します。コールドスリップ」
零極さんの体が、僅かに揺れた。あと数センチで剣先が零極さんの胸の中央に届くというところで、刃は急激に軌道を変えて、彼女の横を滑って弾かれる。僕の剣が彼女の右腕のブレードに掠って、火花を散らした。
「えっ!? あうあ……!!」
その衝突と共に、零極さんの腕が高速で一回転し、僕が握っていたクリティカルソードを奪われてしまった。
「くそっ、コイツ……!!」
僕は即座に次の手は出せず、零極さんの右側を回転しながらすり抜けた。
零極さんは僕のクリティカルソードの刀身を握ると、その腕をすり抜けた僕の方へと向けて、僕に剣を差し出すようなポーズを取った。
「これは大切な武器ですか? あなたは進もうとしました。変えようとしたから、大切な物を喪失しました」
言いながら、ゆっくりとしゃがみ、剣を優しく地面の上へと寝かせた。
「喪失は悲しいです。意思、命の喪失は、より苦しみを与えます。あなたはこの先も苦しみを求めて、私と再び戦うのですか」
絶望極さんは剣を置いて立ち上がると、三歩後ろへと後退した。
僕はその行動に、眉をひそめていた。
「なんすか、拾って……良いんすか……」
「剣を手に取り、戦うことがあなたの望みならば、私はあなたの望みを叶えます」
僕は二歩進み、地面へと寝かされたクリティカルソードへと手を伸ばした。しかし、光を失って転がるその聖剣を見て、指先が硬直して、体が前に進むのを拒んでいるのを感じた。
「エクリプスなのに戦わないとか……あるんすか。めっちゃ人殺してるくせに……」
チラリと視線だけをあげる僕に対して、背中でデフィーナがさけんだ。
「無いわっ!! エクリプスは敵!! 殺すしかない、例外なんて絶対に有り得ないんだから……!!」
デフィーナが叫び声をあげる中、零極さんは僕の顔を見続けながら、微動だにせずブツブツとつぶやき続けていた。
「1556、対話形式に問題がありますか、意思は言葉で伝わらない、いいえ、意思と意思は言語で交わります……8744……」
僕がしゃがみこみ、クリティカルソードの柄を握り込むと、零極さんは瞳を覆っていた黒いバイザーを取り外し、手の装甲の中へと溶かすようにして融合させた。
大きな青い瞳が、僕を冷たく見下ろしているかと思うと、零極さんは初めて人間らしい表情を取った。
それは悲しみの顔だった。
まゆは垂れ下がり、大きな瞳を潤ませて、その場にしゃがみこんで僕との目線を合わせて覗き込んだ。
「ごめんねっ、スゴミ君……私、生まれたばかりで、私の力が、君を傷つけていたんだね……」
それはこれまで続けてきた、壊れたアンドロイドのような口調ではなく、完全な人間の女の子の口調だった。
それを受けて僕は、しゃがみ込んだことによってこちらに向けられた、黒水着のような装甲に包まれながらも丸みを帯びた、零極さんの太ももへと視線を奪われていた。




