表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/64

第19話・策士の計略。

 乱雑に押し込まれた野球用品、ホコリと汗の臭いでムワッと匂う狭い暗闇。


 身体を反らせて座る僕の腰の上で、彼女は足を開き、その丈を切り詰めたスカートから生々しい太ももが大きく覗いて、僕の両足の脇を固めて降りている。



「ちょ……シバさん、近すぎるっすよ!」


「おいっ! 変なとこ触るなっ! 狭いんだから仕方ないだろ!」


「ちょ、胸が……顔にっ!!」


「おい、バ、バカ! 触るな!!」



 ヒソヒソ声で小さく小突かれながらも、何度もお互いのポジションを取り直しながら、昼間の熱気のこもる野球部倉庫の中で、二人の体温は上がって行った。ここは野球部の部室から少し離れた、階段下の小さな扉の中だ。バットや備品が乱雑に押し込まれて、空気が淀んだ空間だった。



「話ってなんすか! こんな狭い所でしなくても、いいじゃないっすか!」


 僕は野球ボールのカゴに尻と腕を乗せ、体を反らせるように座っている。その足を跨いでネオンさんが上に居る。倉庫の低い天井に手をついて、バランスを取りながら、何度も前後に微調整するうちに、何度も体が激突した。



「そもそもお前さ、あんな大勢の前でプレゼント渡して告白するやつ居ないだろ! あるか普通!? タイミングをもっと考えろ!!」



 やっとベストポジションでお互いの身体の衝突は無くなったが、ネオンさんの距離が近すぎて僕の体温は上がり続けている。ヒメガミさんのフローラルな香りとは違った、夏草のような野性的な暖かい香りが、本能の奥を刺激して盛り上げてくる。僕はそれに飲まれまいと、息を飲み抵抗するように言い返していた。



「僕も必死だったんすよ! ヒメガミさん、いつ帰るか分からないし、間に合うかどうかで!」



「そういうときは明日にしとけよ!」

「七夕だって煽ったの、シバさんじゃないっすか!」



「お前のアホを、私に上乗せするな!!」

「えっ!? 上に乗ってんのシバさんじゃないっすか!!」



 体温が上がり過ぎて、まともな返しにならず、見た状況、発言の一言の言葉狩りのような会話になるが、僕の一言に反応したネオンさんは、焦って片手を降ろしてスカートを股に挟み込み、その結果内股になる。



「だからさ、私でそういう事は考えるなって!」

「ちょ! 足っ! 足が当たってますからっ!」


「お、おいっ!」



 内股にされたことで足と足が接触、ネオンさんの柔らかくも筋肉質で張りのある太ももの弾力が押し付けられていた。ズボンが無かったら今のはやばかった。


 足の接触に焦ったネオンさんは反射的に足を開いた。すると短いスカートのたるみが引き延ばされ、余計にやばい光景になりそうだったので、思わず目を逸らして話題を変えるように訴えかけた。



「僕は結構、屈辱だったんですよ……! バカにされるし、フラれましたし……!!」



 それに対して彼女は、ため息をついて、少し声を落とす。



「あのな…… 吊り橋効果って、知ってるか?」


「えっ! つ、吊り橋っすか……!?」



 正面を見る、ネオンさんは両手を天井を支える形に戻っていた。そして接触を避けて開いた彼女の足が、吊り橋のようにプルプル震えて、幕のように左右に張ったスカートの裾を揺らして太ももの内側が見えたり見えなかったりしている。


 その光景に僕はネオンさんの言葉を冷静には受け取れなかった。


「吊り橋って、ギリギリ過ぎないっすか!?」


「何の話だよ! いいか、吊り橋を使って、男を見せろ!」


「えっ!? 男を見せ……って、な、なんの話です!? ここで!?」



 錯乱して、視線を上げてネオンさんの顔を見る。体勢がきついらしく、目を細めてキラキラと汗が浮き、震えて我慢して息切れしそうな顔が、僕の目の前にあった。



「はぁ、はぁ……うう……」


 ネオンさんの息遣いが聞こえて来て、何かが始まってしまいそうで、急いで目を閉じて訴えかけた。



「すみませんっ! その……やっぱり外に出ましょう、ここやばいです! 耐えらんないっすよ!!」


「何がやばいんだよバカ! お前の本命はマリアンだろ!」


「それと反応とは話が別なんですから……!!」


「反応ってお前……!! 私は......その、まだだろ!? 先にしっかりマリアンに気持ちを伝えろよ!! 妥協するなって言ったよな私!!」



 引っかかる。『私はまだ』とはいったい……


「妥協するなって言っても、自分はさっきのプレゼント失敗で、既に心折れてますけど……」



 僕は引き気味にそう呟いた。するとネオンさんは少しだけ視線をそらして、顔が赤くなり、ぽつりと言葉をこぼした。



「お前が失敗したらさ……私がお前と付き合わなきゃいけないだろうが」



 ネオンさんは、あの約束、本当に守る気でいてくれたんだ。


 さっきの『私は、その、まだ……』の意味が、『お前が告白してないから、失敗とは認めない。だから付き合わない。本当にダメだったら責任取って付き合う』その『まだ』なんだろうと思った。


 そうすると、ネオンさんのちょっと不器用な良い人な感じに、心が少し軽くなり、異常な熱も収まって行った。




「あの、体勢きついっすよね、自分の膝に座って良いっすよ」


「お、そうか? 悪いな」


 そう言うと、彼女は遠慮なく僕の膝の上に腰を下ろした。スカート越しではない、直接の柔らかい感触が膝を包み、ズボン一枚越しに生の体温を感じて接触熱が溜まる。しかし本来なら耐え切れないであろうその熱も、今はささやかな暖かさとして感じて、冷静な心地よさと感じられた。



 ネオンさんの手は壁を握っているが、体重は全部乗せているようだった。


「私、重くないか?」

「全然重く無いっすよ、むしろ気持ちいいくらいです」

「ははっ、なんだよそれ」


 気持ちはかなり落ち着いてきた。相談を進めようとおもい、僕から話を始めた。



「告白の話なんですけど、確かに僕はプレゼント渡しただけで告白までしてないですけど、あの感じだと改めてやってもフラれて終わるだけじゃないっすかね」


「違うんだよ、マリアンはな、周りの人の目を異様に気にするんだよ。だから野球部の集まってたあの場では空気を見て、人数の多い方に流されてただけだ」


「だったら、いっそう無理じゃないっすか、野球部は続くんですし、僕の存在は知られてしまったんですし」


「だから吊り橋効果を使うんだよ! 知ってるか?」


「同じピンチを乗り越えると、仲良くなるってやつですよね」


「それそれ! それで肝試しでマリアンに、いい感じにカッコ良さを見せて、周りなんて気にしないくらい夢中にさせて、一発逆転するんだよ!」


「いい感じってなんすか、めっちゃアバウト根性論じゃないっすか……」


「私がいい感じにサポートするから大丈夫だって! 根性見せろ! それが男だろうが!」


「必死っすね……」


「もし失敗したとしてもな、私は……根性ある男の方がタイプなんだよ。やる事やり切って失敗ならさ……いいじゃん? そっちの方が後腐れ無いだろ……?」



 恥を忍んだネオンさんの声が先細りしていく、そのセリフにドキッとした。


「でも手抜いてんの分かったら断るからな! ちゃんとやれよ」


 そう強気に言って、胸に指を突きつけてきた。その真剣な目と目を合わす会話に心臓の動きが早くなっていく。



「分かりました、次こそは……」


 まるで悪の組織の秘密会議だ。もちろんネオンさんが女幹部で、僕は下っ端戦闘員。




 その後倉庫から出ると、まだ暑いはずの外の空気が、ひんやりとすら感じた。


「ふう、あっつ、汗かいちまったな、戻るぞ。」


 ネオンさんは制服の胸元をパタパタとして風を送り込んでいる。この人が僕の膝の上に乗っていたんだと改めて認識すると、足を開いて立っている事は出来なかった。




 部室に戻ると、クロノ、ハルハラがジュースを買って戻っており、ヒメガミさんも待っていた。ネオンさんは僕と二人で居なくなった理由について問われると……


「ヒサヅカがトイレの場所分からないって言うからさ、案内してたんだよ。」


 平然と嘘をついた。ネオンさんの精神力はたくましすぎる。


 しかし密室で接近しすぎて火照って汗ばんだ僕とネオンさんの顔を、ハルハラだけが交互に見比べて、目を細めていた。





 *

 夜20時



 場所は、街外れの丘の上に、ぽつんと打ち捨てられた廃墟。


「丘の上病院」跡地だった。


『夜になると、デスマネキンが歩き出す』


 そんな、ありふれた都市伝説がまことしやかに語られる廃墟。少し前にも、某動画配信者が肝試し中にボヤ騒ぎを起こし、地元ニュースで盛大に取り上げられた、いわくつきの地元民御用達の心霊スポットだ。


 現地に到着して実際に見てみると、蔦に呑まれた外壁に、全て割れた窓ガラス。そこから覗く内部は暗すぎて、向こうの壁さえ見えなかった。想像以上に不気味だった。


 ふと見上げた夜空には、相変わらず静かに浮かぶ黒いピラミッド、富士裏のムー。その巨体は夜空の闇に溶け込んで目に映らないが、まるで星々が齧り取られたように消え、空にその輪郭を描いて存在感を主張していた。



 それを見て、ふと思い出す。


「そういや、アルハさんが言ってたドグマって、ヒメガミさんに渡そうとした野球ボールの事なんだよな……」


 僕はさっき野球ボールのカゴに座っていたというのに気づかなかった。ネオンさんに夢中になってたので仕方は無いが……


「明日の部活の終わりにでも、ネオンさんに言って探してみますか……」




 そして五名で集まっていた肝試し組に、後から一人合流してきた。


「おまた! おまた! おまたっせー!! 会いたかったよ、姫様ぁん!」


「おう、川田カワダか、揃ったな。」



 何か気持ち悪いのが来た。カワダと呼ばれたのは、クリクリの茶髪でハーフパンの男だ。ガニ股で歩きながら手を振り、視点の合わないニヤケ面。薄いTシャツに『 Iアイ ♡ 姫』とプリントされている。


 その意図は……考えるまでも無かった。


 他には目もくれず、ヒメガミさんにウザがらみをしに行くカワダ。

「姫の制服姿、最高ぅ!! いっぱい肝を試そうねぇ」


「う、うんっ!! 頑張ろうねっ!!」


 ヒメガミさんが露骨に引いてる。おそらくは、噂に聞くヒメガミさんへの告白の玉砕組の1人だろう。


 なんとも言えぬ心境で、波乱の肝試し大会が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ