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第1話・こんにちは!天使さん!

 僕はただ一点を見上げていた。釘付けだった。


「すごい……綺麗だ。」


 七色の光が、次々に色を変えて降り注ぐ。


 彼女は、フェンスの支柱に立っていた。

 学校脇の細い道、校舎を囲むフェンスの上だ。


 見た目は天使。


 白のツインテールが煌めいて風に揺れ、真っ赤な、透き通る瞳が遠くを見つめている。

 教会のステンドグラスのような美しい翼が空を包みこみ、虹のような光輪がその全体を世界から切り離している。


「コスプレの撮影すっかね……完成度たけぇ……」


 ガラスのようなその羽が動く度、陽光を乱反射して虹色の粒子をまき散らす、その荘厳たる姿でありながら、白いロングコートのスリットから覗いた太ももが眩しい。


「セイントハート!!こんなの...本物以上じゃないっすか!!」


 興奮気味の僕の手には、紙袋が握られている。中身は天使をモチーフとした魔法少女のフィギュアだ。


『 マジカルエンジェル・セイントハート・限定版 』


 今日、僕が出かけた理由が限定フィギュアの購入であり、唯一の戦果にして、誇りの全てだった。

 そして目の前に現れた天使は、そのフィギュアと寸分たがわず、そっくりの姿だった。


 天使はしばらく遠い空を眺めていたが、フッと振り返り、ニッコリと無邪気な笑顔を投げかけた。


「こんにちは! 君の天使さんの、登場だよ!!」


 明るくハツラツとした声で、輝くようなその笑顔が、僕の心を貫いた。


 天使の意識が自分に向いたと思った瞬間

 それが異常現象だということを再認識する。そして急に冷静に落ちていく心が、現実の枠で解釈しようとし始めた。

 そもそもフェンスの上は、人が立つ場所ではない。


「えーっと、フェンスの上で何やってんすか?」


 スゴミの顔は困惑に染まっていった。


 天使さんはフェンスの上からアスファルトへ、一枚の羽毛のように飛び降りた。真珠のような艶やかな髪が幻想的に輝きだす。


「あれ、ビックリしちゃったかな?」


 体を傾け、一番好きな理想の姿で話しかけてくる天使さんに対して、興奮がおさまらない。


「いやあ、衣装の作り込みすごいですよね!実は僕もマジカルエンジェルの大ファンで、ほらこれ君と同じ、セイントハート限定版の…」


 スゴミは紙袋からフィギュアを出そうとしたが、天使さんはその発言を断ち切るように高らかに名前を呼んだ。


「スゴミ君!! 」


「えっ?」


 違和感が走って顔を上げる、天使さんとは初対面であり、名前を知られているはずが無かった。


「えっと、どこかで、お会いしました?」


 仮に過去に会った事があったとして、こんな完璧な白髪美少女を忘れるわけが無い。

 その違和感すら消えないうちに、天使さんは背筋を伸ばし、スゴミに対し右手を差し伸べる。




 ―――はじけるような笑顔で宣言した。


「スゴミ君!天使さんがね!君の物語を始めに来たんだよ!!」


 まるで太陽のような明るい宣言だった。

 白い風が吹き抜け、虹色が揺れて小さな光の粒子が弾ける、世界が生まれ変わったような実感すら覚えた。


 スゴミは恐る恐る尋ねた。


「えっと、自分…何かに選ばれました?」


「スゴミ君が選んだんだよ!だから天使さんと一緒に、物語を始めようね!」


 僕は何かを選んだ覚えなど、無い。


 ゾクゾクを胸に抱きながらだが、言うことは決まっていた。

 それを天使さんに言うべきか、言わないべきか、それで迷っていた。

  しかし、フィギュアの入った紙袋をギュっと握りしめ、決意を持った。


 思ったことを、正直に伝える。


 何かを始めようとしている天使さん。

 その、輝き、希望を照らすような笑顔に向けて…






 ───慎重に、口を開いた。



「あの…天使さん、もう帰っていいっすか?」


 頭をかきながら、申し訳なさそうに、這い出た言葉だった。

 調子に乗ると、ろくなことにならない。

 それは小さい頃に痛みをもって覚えた教訓だ、僕の信じるべき教典だった。


「あの……マジカルエンジェル限定版ね、大事な物なんで、早く部屋に持っていきたくて…」


 フィギュアの袋を持ち上げて後ずさりする。それを受けて天使さんはニッコリと慈愛に包む様な顔を向ける。


「スゴミ君は、帰りたいんだね!それなら任せて!天使さんが、一生懸命お手伝いするからね!!」


「えーっと、手伝われなくても、一人で帰れるので、大丈夫っすよ?」


 彼女の言動が理解できなかった。可愛いけれど、これ以上関わりたくない気持ちが強かった。


 天使さんは一歩、距離を詰める。

「天使さんとの物語を一緒に進めるためにはね、まず……」


 お菓子を欲しがる子供のように、白くて小さな両手を前に差し出した。


 選ばれし者?契約者?特別な力?それとも、天使さんを連れて、どこかの世界で冒険を?

『まず……』と言い淀んだ一瞬の中で、スゴミの中で様々な憶測が飛び交ったが、


 差し出した両手をスッと、お腹の高さまで降ろした。


「天使さんにね、君の大切な『 玉 』を出して、見せて欲しいな!」


「た…… 玉っすかっ!? 何の話!?」

 声が裏返った。ツッコミを入れずにはいられなかった。


「アルハちゃんから聞いてるよね! スゴミ君と天使さんで一緒に、素敵な聖戦をしようね!」


「アルハちゃん……って誰!? 聖戦ってなんすか、もしかして変な意味で言ってます!?」


 天使さんは目をぱちくりとして、小鳥のような口をして見つめてくる。


「天使さんと、スゴミ君の、ドグマの運命だよ!物語を始めようね!」


「いやあ……やっぱ、帰っていいっすか……?」




 これは、僕が予想していた、選ばれし者の物語とは、ちょっと違うようだった。


 そして僕は不幸にも、知らなかった。

 この天使さんと出会った時点で既に、僕の帰る場所が、遠く、果てしないものになっていた事を……


 そう。


 ―――僕は光り輝く君を見て、君が本物の天使だと信じていたんだ。




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