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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第1章・始動編

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第13話・学園ダンジョン突入!

 てんしさん! てんしさん!


 お話が、はじまるよ!


 空から天使がふってきてね、血が出てるんだよ!


 おうちには黒い人が来て、刺してくるよ!



 怖いけど、アトラスが守ってくれるから安心してね!


 チュー! ってしたらね、彼女なんだって!



 幸せだね!





 目が覚めた。



 内容は覚えてないが、なにか嫌な夢を見ていた気がする。



 夏の朝は既に暑くてシャツが汗で湿っている。


 体を起こして外を見ると、割れた窓ガラスに空の景色を黒くかじりとるピラミッド。



「はぁ、クソ物語は全部夢オチにしてくださいっすよ…」



 チクリと首の傷が痛む。下を見ると乱れたシーツに小さな血痕。


 玄関脇の壁、昨日のアルハを押さえつけた壁を眺めると、アルハが屈辱的に僕を睨みあげた赤い瞳を思い出す。



「あああああああ!!」



 叫びあげて枕に埋もれた。アルハはいきなり部屋に来た。

 抱きつき、刺され、死にかけ、キスして、彼女になった。



「彼女か、あのアルハが……」



 起き上がってシャワーを済まし、高校の学生服に着替える。


 入学式以降は着ることのなかったワイシャツとネクタイとズボン。

 ぎこちない姿で鏡に映る自分はまるで別人だ。



「学校行かないで殺されるのは嫌だしな……」



 準備して部屋を出ようと玄関に差し掛かると、下駄箱の上には撮った覚えのない、楽しそうな自分と無愛想なアルハのツーショット写真。アルハの語りでは僕らは幼なじみらしい。



「歴史改変とか起きてないっすか? これ……」



 学校へ向かう道、嫌でも空のピラミッドが目に入る。しかし街ゆく人は誰一人としてピラミッドなど気にしていない。



 住宅の塀に、選挙のポスターが貼ってあった。


『ピラミッドに調査を! 日本の安全を! 丸山 啓人』




 スマホを取り出した。


 ───ピラミッド 日本 空 【検索】


 富士裏のムー

 ――――――――――――――――――

 富士裏のムー(ふじのうらのムー、通称:空中要塞ムー)は、日本の富士山の上空に突如として出現した、巨大な逆三角形の構造物。



 大体の内容はこうだった。


 黒いピラミッドが現れたのは九年前。


 当時は世界の終わりとか、陰謀とか言われて、日本脱出や暴動などの社会現象になったらしい。政府の調査隊が何度か向かったが、たどり着くのは不可能だったらしい。


 しかし被害は出ておらず、調査隊も無事。不気味だけど何も起きないものとして受け入れられ、富士山とセットで日本の風景となり、観光名所になったとのことだった。



「あんなのが当たり前になるのか、九年後の未来にでも来ました?」



 昨日、天使さんのトラックに轢かれた道に来た。

 ぶつかった民家は綺麗なままで、昨日ここで何かがあった感じはしない。



「アルハさんも天使は殺したと言ってたし、ピラミッドと天使さんがセットで出現してるなら、もしかして全て九年前の出来事なのかな。アルハさんに再度聞くしか無いか……」



 僕は学校の門の前に立った。校門の中は部外者が入れない聖域だ。

 今の僕の関係者と言ったら、殺人未遂犯のアルハだけ。

 そびえたつ校舎はまるでコンクリートの要塞。昨日まで自分が関わる事の無かったフェンスの向こう。



 そこは僕にとって未知の異世界だった。



「異世界転生、天使のトラックに轢かれたら、現実で普通の学校に行くハメになった件。ってか?」



 校舎を見上げた。


「いやぁ......もう帰りたいっすねぇ」




 僕は校門をくぐり、構内へと歩き出した。


「不登校モンスター、学校ダンジョンへ入りまーす」



 その時だった。



「おはよー! ヒサヅカ君、学校来たんだね!!」



 明るい女子の声が横から飛び込んできた。誰も僕を知らないこの学校で、名前をいきなり呼ばれるなんて思わなかった。


 そう思い振り向いてみると、そこに居たのは知ってる顔だった。

 それはフワフワのウェーブ髪とパツパツの胸。



「私のこと覚えてる? ヒメガミだよー!」


「お、おはようございます。もちろん覚えてるっすよ」





 女神様降臨イベント来た!


 気の無い返事とは裏腹に、僕の意識は高揚していた。


 昨日はフェンス越しに憧れるだけだった彼女が、目の前にいるどころか、僕に構ってくれている。



 そして今日、二人の間にフェンスは無い。


 濡れ体操着も良かったけど、制服姿も可愛いじゃないっすかー!!

 なんて、もちろん口には出さない。

 あまりの光景に視線を泳がせているとヒメガミさんの方から話し始めた。



「あはは、緊張してる? 久しぶりだもんねー!」



 その言葉には引っかかった、昨日会ったのに久しぶりなのか?

 しかしヒメガミさんは優しい。救いがあるとするなら彼女だ。だから噛みつくようなことは言えなかった。



「緊張してますけど、おかげで少しは、『よいしょ!』って感じっすよ」



 そう言って、昨日のヒメガミのネタを真似して小さくガッツポーズをとって見せる。

 するとヒメガミさんはキョトン顔で首を傾げた。



「よいしょ!? なにそれどういうこと!? 『バッチリ』って事かな!!」


「えっ? まあ、『バッチリ』なのかな? 多分」



 本人同調ネタはウケるかなって思ったけど、全然そんな事無かった。


 むしろ滑った感じにされてしまった。と言うか、ヒメガミさんの呑気で楽しそうな顔は純粋に自分が言ったネタなんて覚えて無さそうだった。



 しかし彼女は積極的に親切にしてくれる。



「教室覚えてる? 一緒に行こうか!」


「ちょうど分からないと思ってたんです、ありがとうございます。」



 教室には一度も行ったことが無かった。学校自体は完全なるアウェー戦、チュートリアルで飽きてやめたゲームを、みんなに『やれ』って言われ、半年後からレベル1でスタートしているかのようなハードモードだ。


 しかし、ヒメガミさんの明るさと親切さに救われる。こんな子が居るんだと知っていたら、もっと早く学校に来ておくべきだった。


 学校のチャイムが鳴り響く。まるで邪教の神殿のBGMのようだ。


 この奥に狂気の彼女、アルハが待っている。



「朝は生徒多いからね、迷子にならないように、ちゃんとついてきてねっ!」


 そう言ったヒメガミさんの案内で斜め後ろを歩き、中へと進んでいった。


 アルハさん……説明役ってのはね、こういう人の事を言うんですよ。見習ってくださいよね。


 心の中でアルハに悪態をついていた。

 初めての高校とアルハの出現に心の中は不安だったが、ヒメガミさんの案内だけは救いとなっていた。



 一緒に歩いていると、ヒメガミさんは会う人みんなに元気な挨拶をする。


「おはよー!」「おはよー!」



 廊下にたむろする学生たちが、彼女が通るだけで道をあける。

 人々をかき分けるその姿は、まるでモーセの奇跡のようだった。

 廊下の窓から入り込む光に照らされたその輝く姿は、アイドルか教祖か……



 いや女神だ。


 まさに歩く空気清浄機。通った道にフローラルな香りを残していく。


 やがて教室につくと、そこには壁に寄りかかってスマホをいじる女子がいた。

 ヒメガミさんはここまでで一番元気な挨拶をした。


「おはよー!ネオンちゃん!」


「ん、おはよ」



 ネオンと呼ばれた女子は、堂々としていて不遜な態度で軽く視線だけ送ってきた。黒の前分けポニーテールで活発そうなキリっとした目つき、美人だけど少し怖い雰囲気だ。


 ネオンさんは僕を見るなり、鋭い目つきで睨みつけてきた。



「そいつ何?」


「えっ、僕っすか、僕は...そのぉ……」



 彼女のその低く短い一言は『ヒメガミの隣で何してんだ』と言ってるようだった。


 さしずめ僕は、女神のポーチを漁りに来たゴブリン。彼女の目はそれ牽制するかのような敵意がこもっていた。僕の立場はそれだけで小さくなっていく。この人が僕にとって、この学校ダンジョンにおける、最初のボスなのかもしれない。



 すると、すかさずヒメガミさんがフォローを入れてくれた。

「ヒサヅカ君だよ! 久々に学校来たんだって!」


 ヒメガミさんはそのまま僕に振り返り、こちらにも声をかける。

「この子はネオンちゃんでね、私の一番の友達なんだよ」



 ネオンはそれを受けて、親指を立てて教室の端の席を示した。


「ああ、空席君ね」



 ネオンさんの示した先、教室の端に寂しい机がある。荷物もかかっておらず、使われてる形跡がなかった。


それを見てヒメガミさんが僕に振り向いた。



「その席がそうだったんだ! 良かったねヒサヅカ君、教えてもらえて。ネオンちゃんは優しいんだよ!」


「はい、どうもっす…」



 ネオンさんはさっきの短い流れだけで、僕が不登校のクラスメイトだと気づいたようだ。

 ヒメガミさんが明るいムードメーカーとするなら、ネオンさんが頭脳担当のコンビって感じか。



 自分の机に視線を送る。この小さな机がこの魔窟での僕の居場所、風通しが良すぎる活動拠点。


 しかし、ヒメガミさんのお互いの紹介は完璧だった。

 ヒメガミさんが良く見える度に、アルハの説明の下手さと異常性が浮き彫りになっていく。



 自分の席を眺めたまま固まっていると、ネオンさんが身体を落として、僕の顔を覗き込んでくる。



「なんだお前、緊張してんの?」

「は、はい…まあ」



 色々理由はあるけど、今はアンタのせいでな。


 彼女はそのままの体勢から、ニッと歯を見せて怪しく笑って見せた。

 この空気はきっと理不尽が来ると予感して、僕は身構えていた。



 そしてネオンさんは僕を指さして、ニヤけた顔で質問してきた。


「お前さ、願い事って……ある?」


「願い事っすか……」

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