↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第1章・始動編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/358

第12話・物語の回答。

 ファーストキスって何の味~♪

 甘酸っぱい? それとも ほろ苦い?

 チェリチェリベリベリ……ミルキーキッス♪


 僕の好きなアニメ『魔法少女マジカルエンジェル』のエンディングテーマである『チェリ・ベリ・メリー・カフェインキッス』だ。



 ファーストキスがなんの味かって?そんなものは決まってる。血液だ、血の味だ。僕にとってそれが今、明白な事実となった。


 アルハに刺された首の刺し傷がミシミシと痛む。自分を殺しに来たアルハへの挑発と即答のカウンター。僕の理論的な逃げ場を完全封鎖する彼女の戦術こそが、僕のファーストキスとなった。


 僕は呆けていた。


 緊張も力も、怒りも焦りも、一瞬の快楽で全部崩れ落ちた。それでもまだ、ナイフを握ったアルハの腕だけはしっかりと掴んで離さなかった。


 アルハは自分からキスしてきたくせに、その顔は赤くなり、僕と床とで視線の反復横跳びをしている。その行動が彼女のとっての恥じらいなのか、苛立ちなのか。それすらも分からない。


「ねぇ、聞いてんの?」

「えっ、あ、はい……」


「言う通りにチューしましたけど?」

「あ、ありがとうございます……」


「これで彼女ってことで、いいのよね?」

「……むしろ、自分でいいんすか」


「私の言うこと、聞くんでしょ?」

「はい、もちろんです」


「もう逃げない?」

「逃げないです」


 それを確認すると、彼女は頷いてゆっくりナイフを手放した。カチャリと乾いた音が床に響き、僕への殺意は解除された。


 僕も自然とアルハの腕を開放した。脱力した腕が肩から垂れ下がり、腰が砕けて足が緩む。


 アルハは破れたシャツを重ねるように整えて、首を振りながらネクタイを軽く締めた。僕の胸を手のひらで乱暴に押し返して、壁際から抜け出していく。


 そして僕のデスク前の椅子に腰を下ろす。


 血がこびりついたベッドに割れた窓、外の空には黒い空中ピラミッド。


 夕陽が射しこんで赤く染まる部屋の中で、アルハの耳から当たる夕焼けの光が、顔を赤と黒の半分に分けていた。


「少し話すわ。そこに座って」


 アルハが腕を組みながら、椅子の前の床を指さした。


 僕は言われるままにノソノソ歩き、床に正座した。女王の椅子に座るアルハと、その足元の下僕。膝に手をのせて目線は床。僕は血と死と口づけで服従を誓わされた自室の敗者だ。


 しかし、言いたい事だけは口に出す。

「あの……また天使さんが襲って来たとして、僕がいても勝てないっすよ」


「ああ、あれはもう殺したから関係ないわ」


「殺したって……」


 当たり前のように話すアルハ。


 僕が天使戦で最後に見た光景は、迫りくるトラックだ。そしてその向こうでは、地面に倒れて背中に剣を突き刺され、動かなくなったアルハが確かに映っていた。


 あの時、明確にアルハは負けていた。


「どうやって殺したんすか」

「刺し殺したのよ」


「負けてましたよね」

「もう死んだんだから、どうでもいいでしょ」


 話をすると言ったのに、あまりに適当な対応が始まっていた。


「えっと、じゃあ、天使さんの目的とか……」


「天使の目的は『敵になる事』よ。ドグマを掴んだ者が最初に殺すべき敵として現れるのよ」


 それはなんとなく分かっていたけど、そうだったとしても急すぎて意味が分からなかった。


「そのドグマっての、僕は持ってなかったと思うんですけど……」


「ドグマを発動したから、物語が始まって天使が来たのよ。持ってないわけ無いでしょ」


「全く身に覚えがないんですけど……」


「天使が来る前に白い玉を掴んでないの? 持ってなかったみたいだけど」


 天使さんも、玉って言ってた。


 たしかにあったんだ、太陽に手を伸ばした時に掴んだ白い玉。天使さんの突然の出現と、勘違いのせいでめちゃくちゃだったけど、野球ボールだと思って校庭に投げちゃったから、それを取りに行けば良いのか?


「天使さんが来る前に掴んでましたよ、白い玉」

「それがドグマよ、それをどうしたのよ」


「学校に投げ入れましたけど…」


 それを聞くと、アルハは頭を抱えて深く肩を落とした。


「はあ、だるい……なんで? なんでそうなるのよ……」


「こっちが聞きたいですよ、なんなんすかアレ」


 アルハは頭を落としたまま、視線だけを僕へと向けた。

「ドグマは物語を始めるもの。ドグマが掴むと、まずアルハが説明しに行って、ドグマを発動すると天使が来るようになってんのよ。それで戦闘が始まるの」


「つまり、ドグマってのを掴むと、チュートリアル戦が始まるって事っすか?」


 それを質問すると、アルハは一瞬天井を見て考えた。

 そしてすぐに視線を落とす。


「ああ、チュートリアルね。大体その認識かしら。それを物語の序章って言うのよ」


「でも先に来たの、天使さんでしたし、アルハさんが来るまでは、優しくお話してくれましたけど」


「それはあんたが異常者なんだわ」

「異常者なのは天使さんでは」


 僕が言い返す度にアルハの目が細くなった、そしてついにはキレはじめる。

「ほんとにアンタだるいわね。私はもう殺さないから、自害とかしてくれないかしら」


 アルハは椅子に深く腰をかけてそっぽ向いている。


 話を聞いた感じでは、アルハさんは説明役みたいだ。でも説明担当がこんなに適当で説明しなくて、ムカつく事ってありますかね……?


 チュートリアルなら、もっと会話スキップしたくなるくらい、丁寧に教えてくれるべきでは……?


 言ってもしょうがないので、ひとつずつ聞いていく。


「極論やめてくださいよ、ドグマ掴んで物語ですよね、天使さんがもう死んでるなら、どうするんすか」


「天使なんて所詮は最初の敵よ、敵はこの後もずっと来るわよ」


「冗談じゃないっすよ、だったら物語、降りたいんすけど」

「無理よ、始まってしまったもの」


 薄々そんな気はしていたけど、絶望的すぎる。


「じゃあどうすれば良いんすか」

「ドグマがないなら、死ぬしかないわね」


「極論やめてって言いましたよね。じゃあドグマは学校に投げちゃったんで、取りに行けば良いってことっすか?」


「投げたんでしょ? あるわけ無いじゃない」


  だめだ進まない、イライラしてきた。


「そんなの探してみないと分からないじゃないっすか! 物語が始まってるんですよね? アルハさんは説明担当なんですよね? 敵が来るならどうすれば良いのかを説明してくださいよ!」


 彼女は考えるように天井を見上げ、髪をかき上げた。ひどくイラついている。


「あーもう、なんでアンタ生き残ってんのよ。ドグマ無いなら普通死ぬでしょ、だるいわ……」


「こっちは命かかってるんで、真面目にやってください。結局ドグマってなんなんすか」


 彼女は天井を見たまま止まり、静かに視線をこちらに落とした。


「ドグマの物語はあなたの運命で、戦うためのもの。敵を倒してドグマの物語を進めるのよ」


 ちょっと話が進んだ気がする。


 つまりはこうだ。


 物語が始まると敵が出て来る。

 勝つのにはドグマが必須装備。

 敵を倒せば物語が進んで終わりに近づく。

 でも僕はドグマを投げ捨てた。

 だから装備無しで天使に負けたって事だ。


 ここはもう一段階掘れそうだ。


「運命って何すか! 物語と敵ってなんすか! それをもっと具体的に!」


「運命も物語も人それぞれよ、具体的になんて言われても知らないわよ」


「言ってる事、コロコロ変わってません?」


「そんなこと言われても、私は事実しか言ってないし、効率の悪い説明は嫌いなのよね。」


「もう説明役チェンジしてくれませんかね……? もっと女神的な人とかに」


「運命でこうなってるから無理ね。あなたが死んでくれれば終わるけど」


 めちゃくちゃだ。

 自分からわざわざ部屋まできたくせに、なぜここまで説明を面倒くさがるのか。もはやそっちの方が気になってくる。


「なんでそんなに説明が面倒なんすか、一回言えば終わりじゃないっすか」


 アルハはアゴに手を当て、初めて言葉を選ぶように真剣に考え始めた。そして、僕のデスクに置かれていた小さな本棚から、昆虫図鑑を手に取り、静かにページをめくりだす。


 セミのページを探し出すと、それを開いて見せてきた。


「まず、説明する事が多いのよね。それで、頭が悪くてどうせすぐ死ぬセミに、図鑑を読んで丸暗記させろ。って言われてるくらい、無駄な事をしてる感じね。だからだるいのよ」


 ミーンミン……ミッ……!


 窓の外で壁にぶちあったセミの断末魔が聞こえてくる。


「なんすかそれ、僕がすぐに死ぬから説明無駄って事っすか」


「ドグマを廃棄した一般人なんだから、次の敵が来たらすぐ死ぬでしょ」


「でもそんな一般人に、さっき無防備に押さえられてましたよね、アルハさん」


 アルハはその一言に怒りだし、ついには椅子を蹴って立ち上がった。


「やかましいわね! ああいえばこういう! キリが無いわ!」


 そして腰に手を当てて、視線だけ落としてくる。


「とりあえず明日から学校に来なさい、私はそれだけ言うつもりだったのに、ゴチャゴチャ質問してきて鬱陶しい!!」 


「学校、九年間行ってないっすよ、今さらですけど」


「九年…...っ!?」

 その瞬間、アルハが突如下唇を噛み、泣きそうな顔になった。しかし一度目を伏せると、すぐに殺意の高い睨みつけに戻る。


「私にはあんたの不登校なんて関係ない。別に来なくてもいいわ、逃げるなら、明日また殺しに来る、今度はやめないから」

 そして、顔を近づけて人差し指を僕の唇の前に突き出した。

「でも、彼女の言うことは、聞くんでしょ?」


 その細い指先に唇がムズムズする、キスを思い出して体が跳ねそうになる。


「うっ…!」


 耐えきれずに顔を落とすと、グイっと睨むように、下向きの視線に潜り込んでくる。その視線の追跡につい返事を返してしまった。


「わ、わかったっすよ! 学校行きます! 行きますから!」


「だったらいいのよ。学校に来れば次を教えるわ」


 アルハの眉間が緩み、無表情のままで腰を上げた。


 上がる一瞬、あまりに屈んだ姿勢のせいで、破れたシャツの重なりが解け、襟首が垂れた隙間から見える胸の暗がりに、紺の下着をハッキリと見てしまった。


 僕は顔を強ばらせて視線を避けたが、彼女は気付いている素振りもなかった。


 そしてそのまま彼女は玄関へ向かった。

 靴を履き、扉に手をかけ、振り返って一言を放つ。


「じゃあ明日、学校で会いましょう」


 キィイイ……ガチャン。カツカツカツ……。


 扉が閉まり、足音が遠ざかっていくのを流し聞きながら、僕の心には僅かな安堵が広がっていた。


 僕は立ち上がり、部屋の隅に転がったアトラス人形を拾い上げる。


「ったく、何が物語だよ……」


 人形を棚に戻して立たせ、見つめる。


「アルハは無いとか言ってたけど、僕のドグマがあの野球ボールなら、ヒメガミさんが拾ってて、野球部が持ってるんすかね」


 戦士の人形は、誇らしげなポーズを変わらずに続けており、何も答えてはくれない。


「はあーあ」

 ため息を吐いてベッドに崩れ落ちると、首の傷がズキズキと痛む。

「学校、行きたくないな……」

 ポツリとつぶやくと、後はそのまま眠りに落ちた。


「帰りたい。もう帰って良いっすか……」


 逃げたら抹殺。逃げなきゃ彼女。

 僕とアルハ、二人の間に奇妙な契約が結ばれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。