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阿修羅姫 まかり通る  作者: 鈴片ひかり
第6章 阿修羅の章
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38 怨敵

オン コロコロ センダリマトウギ ソワカ 

オン コロコロ センダリマトウギ ソワカ

薬師如来真言です。 病魔退散! コロナ退散!  みんなとみんなの大切な人たちがコロナに罹りませんように!

 仙葉のナビに従い夏恋と雪乃が辿り着いたのは、大仰なセキュリティゲートの奥にある霊異庁長官室。


 周囲にはじっとりと絡みつく妖気と邪気が漂っており、ここが多くの意味での目的地であったことを確信させてくれる。


 構造的にフロアの半分以上の広さを持つ長官室の存在が、権威主義と凝り固まった老人共の執念に感じられ夏恋は吐き気すら感じている。


 重々しく無駄に豪華な扉を開けると、そこには夜景を見ながら佇む50代後半小太り男が、存在感をほとんど感じさせないままに背を向け立っていた。


 のっぺりとした特徴のない普通のサラリーマンのような容姿が、さらに不気味さを加速させる。


 夏恋がインパルス霊水銃を構えながら、敵意を込めた言の葉をぶつけた。


「あんたが霊異庁長官 真喜志忠信ね」


「これはこれはお嬢さん方。中には薄汚い半妖まで混じっているとはね。よく辿り着いたものだ、そうだよ私こそが42号作戦の立案者で作戦指揮官だった真喜志だ。今は霊異庁というけったいな組織の長をしているが」


「話しをするつもりもないのだけど、何故半妖を殺した!?」


 雪乃の周囲が冷気によって凍り始めている。


「何故って? 我らホツレを認識する能力を持つ者が半妖にはいるらしいのでな、2532人。いや2533匹目の犠牲者になるだろうね」


「雪乃、もう聞き出すこともないわ、さっさと決着をつけよう。こいつにもうこれ以上話をさせちゃだめなんだと思う」


「そうね」


 まるで髪をかきあげるような仕草に見えた右手の挙動からツララが4,5本飛び出し奴の頭や胸、腹に突き刺さる。


「こんなものが我に効くものかぁ。我らが悲願、ドゥルジ・ナスの復活のため山手線同時瘴気ガステロを完遂させるのだ! この世を死で満たし不浄で満たしていただくのだあ! 邪魔はさせぬぞ小娘共め、さっさと嬲り殺してから屍鬼にしてもう一回ぶち殺す!」


 真喜志の体が小刻みに震え出す。


 だがそれを待つ二人ではない、夏恋はインパルス霊水銃を、雪乃はより太く長くとがったツララを放ち続ける。


「仇を討ってみせる! そしてテロも止めるわ夏恋!」


 大型ツララが突き刺さり、高濃度霊水を浴びるも奴はびくともしない。


 夏恋はあっさりと水の切れたインパルス霊水銃を放棄すると、Five-seveN を容赦なく撃ち続けたる。


 真喜志の体が奇妙に変形し手をぶらぶらとさせながら湯気を発し始めていく。


 その湯気がただの蒸気ではなく、妖気であると見抜いた雪乃は夏恋と共に距離をとり氷壁を展開する。


 キシャアアアアアア!


 明らかに人のモノでない唸り声が長官室に響き渡る。


「!」


 巨大な影が1フロアの半分以上占有している長官室の壁を、うねる様に移動していく。


「何よあれ!?」


「こういうことだと思うわっ!」


 雪乃が放った巨大ツララが長官室のガラス窓をぶち破る。


 気圧の関係で湯気に似た妖気が外へ放出されていくが、そこで姿を現したのは、全長20mを超えるような大蛇……いや、二つ頭の巨大蛇であった。


『黒眼様に頂いたこの力ぁでぇ! お前らぉ! 絞め殺し! 全身の骨をくだきぃ! 丸呑みにぃ! キシャアアアア! してやるぅ!』


「ねえさっきは屍鬼にしてからもう一回殺すとか言ってなかったっけ雪乃?」


「うん、きっと頭に悪いばい菌が入っちゃたのね。おじいちゃん、さっき朝ごはん食べたでしょ?」


『うぉのおれええええええ! ぶち殺してやるうううううう!』


「あら丸呑みするって言ったのもう忘れちゃってるわ! ナウマクサンマンダ ボダナン! バルナヤ ソワカ! 水天神! 水龍刃!」


 高圧縮された水の刃が大蛇を切り刻むが、僅かにその鱗を傷つけるに留まった。


 夏恋の隙をフォローするために雪乃が氷塊を投げつけるが、するりと避けると今度は雪乃をぐるりと取り囲み巨大な力で巻き付いてしまう。


「雪乃ぉおおおおお!」



 ◇◇



 屋上は二層構造になっている。


 ボイラー設備や貯水タンクなど屋上部分には設置すべき機器や配管が走り、旧展望エリアの広場が民間施設であった亡念のようにへばりついている。


 それはこの先に待ち受ける者に付き従う、邪悪な眷属らの臓物ようにも思える。


 その臓物配管の下をぐるよう設置された階段を登った先にヘリポートがあり、宗像の目指す気配が臓腑を抉るような殺気を放っていた。


 一歩一歩、登り進む階段の段数が奴への憎しみを加速させていく。


 冷たい風が吹き付けるヘリポートには、一人の男が微動だにせず立ち尽くしている。



 どこにでもいるようなスーツ姿の男だった。


 日本人風の中肉中背の20代前半、そして目が全て黒目の男が口角を引き上げ無機質な笑みを浮かべている。


 そう、こいつだ。忘れたことなどない、悪夢にうなされようと忘れるよりはましだと脳裏に刻み込んだ奴の姿。


 宗像の低く呻くような笑い声がヘリポートの風を切り裂くように伝播していく。


「待ち焦がれたぞ、この日をこの時を、お前を切り刻んでぶち殺せる瞬間を!」


 これほどまでの怒りと憎しみを発する宗像を糺華は見たことが無かった。


 思わず震えるほどに波立つ憎悪の波動は糺華だけではなく、ブラックアイ黒眼にも届いていた。


「あの時の小僧が随分とまあ強くなったものだ。我が王ドゥルジ・ナスを傷つけた阿修羅姫までも手名付けるとは、ホツレに抗うこの世の修正力が働いたとでもいうことなのか」


 歩みを止めることなく、警戒するでもなく一分一秒でも早く殺してやりたいという殺意の衝動が歩く速度を加速させていく。


「我が愛しき魔王ドゥルジ・ナスの復活を阻もうとしているのだろう? 良いことを教えてやる、我を止めればテロ指示は停止されるぞ? ホツレの力で無理やり命令しているからなぁ。だができるかなぁ? お前如きに」


 糺華はただ勢いと雰囲気に圧倒されついていくことしかできなかったが、両脇に醜悪な気配を察知しパイルバンカーのトリガーを握る。


「棄獣共、その阿修羅姫の相手をしてやれ。鬼神化できぬのであれば造作もない、たらふく喰っておけ」


「糺華!?」


 あの時の鳥頭の大ムカデと、犬頭の百目蟲が糺華と宗像の間に割って入ろうとしている。


「パパ、ここは私に任せて! パパにしかできないことを!」


 ホツレを結んで! 


 そう糺華は伝えるつもりであったが、その選択は大好きな父に委ねたいと思った。どう対応しようと、あの戦場に立って良いのは宗像征士ただひとりであるのだ。


 せめて親孝行しないと。阿修羅の気質が仇討という戦場を汚してはならぬと思ったのかもしれない。


「できた娘だろ? お前をバラバラの粉々に砕いて切り殺して来ていいってよ」


「一つ聞いておこうと思う。復讐の炎に焼かれ身を焦がしたこの10数年はどうだった?」


「最悪な日々だったが、最高に充実した時間だった」


「ほう、復讐と憎悪を否定せず、受け入れたのか? これは興味深い、だからこそ我らホツレを認識できたということか」


「それよりも何故、ひまわり保育園を狙った?」


「聞きたいか? ならばお前の悲鳴を代償におしえてやろう。保育園児から発する可能性の気配がな、際立っていたんだよ。あえて言っちゃおうかなぁ」


「殺すまでそう時間はねえから早くしろ」


「ああ、お前らが保育がんばったせいで我らホツレに目をつけられたってことだよ。どう悔しい? 悔しいよねぇ? がんばりすぎちゃったから子供が殺されるってどういう気持ちぃいいいいいいいいい?」


 ぴたりと足が止まる。


 後方では糺華と棄獣共の戦いが激しさを増しているようだ。


「どんな気持ちだと!? 細胞の一片までに循環した怒りと憎悪の力をやっとぶつけることができる。最悪の至福で極上だ」


 歩みは止まらず10mほどまで近づいた時、腰の鬼凛丸が抜き打ちで放たれ一気に10mの距離を詰めると黒眼の右腕を切り落とす。


 返す刀で胴を両断し払い抜ける。


 僅かに両断しきれずにぶら下がった上半身が、ずるずると内臓を引きずりながら融合し元へ戻っていく。


「へえぇ 人間にしておくのは惜しいほどの剣筋。屍鬼にして使ってみようかな、常に憎悪を放っているから使い勝手良さそうだ」


 あの傷で平然としており、しかも数秒で再生し癒合してしまっている。


 恐るべき再生能力。


 だが宗像の表情は怒りと狂喜の笑みが同居している。


「いいねえ、切り足りねえ、もっと切って切って! 切りまくってやるから簡単に死ぬんじゃねええぞおおおおおおおお!」


 手足を両断し、首を、腹を、それはもうぶった切りまくりな剣技とも呼べないような邪悪な戦いが続いている。


 黒眼からも銃弾のような黒い棘が放たれ、その数の多さに手傷が増えていく。


 肩に刺さった棘を抜き捨て、その間さえも惜しむように斬りかかる。


 右袈裟に斬りつけてからの切り上げ、首を切り飛ばして尚、奴は数秒と経たずに融合し不気味で下卑た奇声を発しながら爪で斬りつけ黒い棘を飛ばすのだった。


「残念残念、ああ惜しい。どうすればこのような不死身の黒眼ソルジェ様を殺せるのだろう。というかピジョルをよくも結んでくれたなぁ宗像ぁ!」


 呼吸を整えながら、ソルジュと名乗った黒眼の動きを冷徹に観察していく宗像。


 奇妙な事に気付く。


 毎回斬りつける場所を変えていたが、融合ポイントとでも呼ぶべき修復点から肉が塞がっていく。


 切り刻んだポイントではなく、やや離れた部位。まるで池に投げ入れた石から伝播する波紋の逆再生を見ているかのように修復していくのだった。


 復讐で我を忘れたように見えていても、宗像は倒すための思考は捨てていなかった。


「ビジョルってのかあのクソガキは。今頃水深1万mの海底で水圧と戯れている頃だろうよ」


「やはり貴様は早急に殺しておくべきであった。何度か邪妖や下等ホツレ共をけしかけてみたのだがな」


「なるほど、赤マントや糺華を狙ったゴミ共はやはりてめえらの差し金か。俺だけじゃ飽き足らず娘を狙ったのか……」


 すっと刀をヘリポートに突き立てると、摩利支天印を結ぶ宗像。


「お前の切り札のなんだったかな、げんなんとか斬りか!? ああやってみろ!」


「オン マリシエイ ソワカ……オン イダテイタ モコテイタ ソワカ」


「な、なにぃ!?」


 すっと韋駄天印へと変化し、稲妻に似た衝撃がヘリポートを駆け抜けた。


 刀もろとも宗像の姿が消えている。


「ぬぅうううううう!」


 黒眼ソルジュの右腕が肩口ごと切り刻まれて宙に舞った。


天輪幻舞斬てんりんげんぶざん !」


 韋駄天と摩利支天の加護を融合した宗像の必殺剣である。


 摩利支天の陽炎と韋駄天の神速が融合したため、いたるところに宗像が現れては消えソルジュの体が切り刻まれていく。


 腹部が 背中が、両足が。一刀ごとに切り刻まれる斬撃が通り抜ける人智を超えた退魔剣技だった。


 だが奴の再生能力は尽きることはない。


 荒い息を整えながら、すっと動きを止めた宗像は奴の融合ポイントを見極めようと必死だった。


 首元で融合し、次は肝臓付近。


 しかし黒眼ソルジェもただやられているだけではなかった。黒棘を全方位に撃ちだし、無事な腕から触手を放ち宗像に手傷を負わせていく。


 その攻撃を掻い潜り、宗像の容赦のない攻撃が続く。


 四肢がバラバラに切り落とされ頭部さえ輪切りにされている中、宗像の右手のブルーライトニングが蒼い輝きを放ちながらその軌跡をヘリポートに描いている。


 全弾を残った部位に撃ち込みさらに弾ける黒眼ソルジュの肉体。器用に宙へ鬼凛丸を置くように放ると、神業的な速さでブルーライトニングのリロードを成功させ再び刀を手に取り駆ける。


『 貴様ああああああ! 』


 それでも奴は融合を果たす。


 しかし宗像の視界に違和感がこびりついた。


 奴のこめかみから血が噴き出し、治っていない。


 そしてさきほどの融合の仕組みを観察したところで、宗像の中で一つの仮説が完成した。


「おいもっと余裕だせよ。焦ってるぜ? 冷や汗たらしてんじゃねえよ、黒眼様ともあろうお方がよお! ドゥルジのばばあが泣いてるぜ?」


『おのれええええ!』


 全身から発した黒棘が触手のように追尾式レーザーのように宗像へ襲い掛かる。


「天輪幻舞斬 裏二式!」


 再び陽炎のように消えた宗像に襲い掛かる黒棘の触手が悉く切り飛ばされ、その根本にまで達し再び四肢が切りとおされる。


『ぐぬうううううううう!』

怨敵、お読みくださり感謝いたします。

何も申しますまい。

次回をぜひ、魂に刻んでください。

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