31,5話 ある民間退魔会社の日常
ある民間退魔会社の日常
傷が癒えた宗像は訛った体を鍛え上げるため、新人の亜麻色陽介を引き連れ訓練に明け暮れていた。
この亜麻色陽介は霊異庁の入庁試験に落ちてしょぼくれているところを、通りがかった宗像が見つけMDSへ勧誘したという19歳になったばかりの若者だ。
宗像の見立てによれば、かなり特異な才能を秘めているらしい。
意外に根性があり訓練後の自主練にも取り組む真面目なタイプであるが、今回の訓練ではその激しさについていけずへばって倒れ込んでいる。
文に気があるらしいが、その距離はいまだ縮まらずという感じだ。
近所のトレーニングセンターにて汗だくの二人の元へ、タオルと飲み物を持った糺華がやってきた。
「新人へばってるー」
「隊長と同じメニューなんて無理っすよ~」
「俺以上にがんばらないと退魔法身に付かないぞ」
「ひぇ~」
ひょいっと宗像の隣に腰を降ろした糺華はスマホをいじりながら、雪乃からの伝言を伝えようとしていた。
「ねえパパ、今日の夕方ね、影海が帰ってくるって」
「そうかあいつめ、とうとうやりやがったな。ようやく戦力が整ってきた」
宗像の負傷が癒える間、お山に戻り短期間の修行をこなしてきた影海というMDSのエースがいる。
裏高野という退魔師育成機関出身の密教僧であり、霊異庁の機動退魔中隊でもエースを張っていた実力者であったが、無茶な命令に逆らい拘束されてしまっていた。
秘密主義の霊異庁の内部組織に口封じのため殺されかけていたところを、高額報酬と引き換えに宗像が引き取った過去がある。
そのため影海は宗像を兄貴と慕いMDSでもその実力を発揮していた。
宗像がコツや精神修養を教えたことで、身に着けることが叶わなかった退魔法を今回習得できたらしい。
さっそくその日の夜は修行開けでやつれていた影海を迎え、ささやかなお疲れ様会が開かれていた。
「いやぁ~! やっぱり兄貴仕込みの不動明王呪を覚えられたから今度からもっと活躍してみせるぜ!」
袈裟衣を脱いでジャージ姿でいると、ただの陽気な若ハゲにしか見えない。
「でもさぁ、街中じゃ火系の退魔術って使いにくくない?」
「お、おい、気にしてること言うんじゃねえよ……」
「まあまあ、あたしがいればフォローできるからさ、影海ハゲ先輩」
「夏恋てめえ……よろしくお願いします」
久連山夏恋 MDS所属の女子大生退魔師だ。
海神を祭る神社の娘で水との親和性が高く、善如龍王の加護を受ける水天術の使い手である。
先の水族館での戦いで宗像が使用した護符は彼女の手によるものだった。
夏恋の水天術のフォローがあれば、ある程度街中でも不動明王呪の使い勝手がよくなる、と言いたかったのだろう。
「おい夏恋、お前また間違ったこと言ってるぞ、修正しろ」
「え? なんて~」
「俺の髪型はな、ハゲじゃねえ! 毎日剃ってたら俺の意志に忖度して生えてこなくなった 忖度ヘアーだ!」
「はいはい、忖度ハゲせんぱーい!」
お肉を頬張りご機嫌な夏恋は、決してバカにしたり差別的な言動をしているものではない。
このところ邪妖種の出現が相次ぎ、都内各所で被害が激増していたことで暗い雰囲気が蔓延し始めていたのを察してのことだった。
影海も、明るくムードメーカー、お姉さん的ポジションで水天術の使い手である夏恋を認めているし、増え続ける邪妖共への対処でつい真面目すぎる空気にになるMDSを明るくしてくれる彼女を尊敬すらしている。
「影海と夏恋の連携が加わったからMDSもさらに色んな任務に対応できそうね。文の結界も磨きがかかったし、お父さんも回復したし、うんうん」
雪乃もご機嫌なのか冷気を放出しながら、みんなのデザートのためにオリジナルバニラアイスを作っているところだ。
この雪乃特製アイスは、宗像でさえとびつくほどの絶品で商売が傾いたらみんなでアイス屋をやろうと本気で話し合ったことがあるレベルだった。
MDSが休息と連携を含めた訓練や装備開発に取り組んでいたころ、ある依頼が舞い込むのだった。
◇
宗像と雪乃は国内の銃器展示即売会。
北村の紹介で限られた招待客のみが訪れることができる、合法だがクローズドの国際的展示会である。
同行したのはパトリック・ウォーレンと仙葉であり、退魔装備のインスピレーションを得るとはりきっていた。
だが一つ問題があり、急ぎの要件で依頼が飛び込んできたのだ。
梛良さんの知り合いから廃工場に住み着いた悪霊を除霊してほしいという。
本来であれば文に頼みたいところではあるものの、彼女もある大企業の呪われたオフィスを浄霊浄化するという大口の依頼が待っている。
そこで影海と夏恋にお鉢が回ってきたという話だ。
糺華と亜麻色は文の護衛と、中々に忙しくなってきたMDS。
◇
……
「ねえ影海先輩、いい加減免許取ったらどうですか? いっつも私の軽に乗ってるじゃん」
「ああいうのは苦手なんだよ、自転車とか電車でいい」
「まあ運転してる本人が車酔いするってありえないけどね~」
「でも不思議とお前の軽は酔わないんだよな、この車って何か特殊な術かけてんのか?」
「あのねえ、退魔師だからって身の回りの物全てに術やら護符やらまじないやらしてるはずないじゃない。アホなんですか? ハゲるんですか?」
「とっくにハゲとるわ!」
互いに怒らない程度の会話を楽しめる間柄、ではある。
現場の廃工場は、廃と言われなければ分からないほどに小奇麗で閉鎖して間もない工場だった。
市の担当者が手にお守りを握りしめながら入り口で立ち尽くしていた。
夏恋の乗るかわいい軽自動車で来るとは思ってなかったようで、巫女装束姿の夏恋と袈裟衣の影海を見て小走りで駆け寄って来た。
「あの、MDSの皆様でしょうかあああ!」
「MDSの影海とこっちが久連山です」
「ああお待ちしておりました! さっそくお願いしたいのですが……」
30代後半の宗像と同年代の職員だったが、お腹がぽってりと出ており冷や汗でワイシャツがびっちょりになっている。
まあ仕方がないと夏恋は同情してはいるが、現場の霊気に違和感を感じたのは影海も同じだった。
「えっと駒場さんだっけ? 片付いたら連絡するからあんたは戻ったほうがいい、思った以上によくない案件だな」
「ひ、ひいいいいいいいいい! そ、そんなところに一人で行けって言った課長まじで許さないぞ」
「とりあえずこの護符を持って安全運転で帰ってください。落ち着いて深呼吸して」
「あ、ありがとうございます! ではっ!」
駒場は市の公用車で逃げ去るように帰っていくが、影海はトランクに入れたFive-seveNを夏恋にも手渡した。
「念のため持ってきておいて正解だったな」
「そうね、ここって化学薬品のタンクがまだ残ってるから影海先輩の火炎呪はお預け」
「ああ、それ以上になんだこの霊気の流れは!? 既に入り口が分からなくなってるぞ。あの職員は怖くて中に入らなかったことで命拾いしたな」
「ん~水脈の流れも歪んでるみたい。こんだけ地場と地脈が乱れていたら工場操業なんて無理なんじゃない?」
「霊的感度の低い人間でも半日で気が狂うほどの妖気、そして瘴気すら混じっているな」
影海は独鈷杵 (仏具であり表紙で糺華が手にしてるアレである) を構えると、周囲の気配を読んでいく。
夏恋はハンドガンを構えつつ、近づいてくる呻き声と足音、猛烈なラップ音に包囲されていた。
深い霧の中にいるような方向感覚を狂わす圧力。
工場入り口からそう歩いていないはずなのに、周囲が同じ景色に見えてきている。
夏恋がウエストポーチに入れた清め塩を手に取った。
「祓い給え、清め給え!」
「おかしいな、これだけの妖気、妖蟲共が悲鳴を発してもいいはずだ」
「なんなのこの冷気!? 絡みつくように重い」
見えない糸で手繰り寄せられたような重く刺々しい冷気と妖気が、足元から這いずり上がってくるような不快感だった。
「夏恋!」
影海が独鈷杵でナニカを払いのける。
次々と腐った姿の悪霊たちが二人に向けて襲い掛かってきたのだ。
「オン アビラウンケン ソワカ!」
聖なる気と夏恋の護符が悪霊共を追い払うものの、奇妙な違和感が二人をさらに追い詰める。
「夏恋! こいつらに恨みの念があまりないってことは恐らく使役霊だ! 邪霊師が操ってるに違いない!」
「そういうことなのね! まったくどいつもこいつも!」
「ナウマクサンマンダ バザラダンカン! 不動明王火炎呪!」
影海の不動明王呪が扇状に放射された。
不動明王の降魔の炎が悪霊や邪霊共を巻き込み激しく燃えていく。
宗像の呪力には及ばないものの、霧がかかったような空間が若干開けてきている。
工場の棟壁に火が燃え移っているのを見つけた夏恋は、焦ることなく真言を唱えるのだった。
「ナウマクサンマンダボダナン バルナヤソワカ! 水天神 水流波!」
やや上空に向けて放たれた水天呪が広域に広がり影海が燃やした外壁を消化していく。
聖なる水気により、邪悪な空間が切り裂かれ現実空間との境目が見えてきた。
夏恋の手を取って走り出した影海は、押し寄せる邪霊を手で払いのけ工場入り口のアスファルトへ転がり出る。
袈裟衣と巫女装束に仕込んだ破邪顕正 のまじないと護符がなければ、早々に憑り殺されていかもしれない。
「ごほっごほっ! もう気持ち悪い! 妖気で吐きそう!」
「出てこいこの根暗野郎! くだらねえカラクリはばれたからな! てめえは邪霊師でもねえ、霊異庁の陰陽師崩れでこれは奇門遁甲の応用だろうな」
「奇門遁甲!? って人を迷わす結界だっけ?」
「ああ、邪霊師が使う使役符も元は陰陽道から来ているものだ。霊異庁に所属していたならそれぐらいの実力はあってもおかしくはねえ、ってそこか!」
ハンドガンが気配のした守衛室の壁に着弾する。
「ひぃ! こ、降参だ、投降する! まさかMDSが来るなんて聞いてねえよ!」
守衛室近くのボイラーの影から現れたのは、猫背で目のつり上がった陰湿な気を纏う男だった。
夏恋が車から取って来た呪縛紐でぐるぐる巻きにされたその陰陽師崩れは、抵抗もせず大人しく呪縛されていく。
「殺人未遂と傷害、さらには特定第四種の犯罪利用に関する法令でお前は処罰される」
「はいはい、知ってますよ。くそっなんでよりによってこんなクソ忙しい時にMDSが出てくんだよ」
「お前の目的はなんだ?」
「はっ! どうせ知ってんだろ、土地を汚して地価を下げる、そうすると儲かる連中がいるってことだよ」
「安く買い叩いて、高名な霊能力者に浄化させて安心の地価ブランドをつけて高く売るって寸法か」
「それだけじゃねえよ、これ以上は司法取引の材料だ。俺は下っ端なんでね ゲヒヒヒヒヒ」
夏恋は思わず影海の袈裟衣の袖を掴んでその気味悪さに震えさえ感じていた。
邪妖のような人間には時折出会うことがある。暴力団などその典型で、弱者を使い捨ての道具にしか考えていない冷酷な波動に最初はショックで立ち直れないと思ったのを覚えている。
「闇と対峙し穢れを祓い、明日を切り開くのが俺たちの使命だ」
そんなとき、影海は必ず夏恋を励ましてくれる。
「その頭がご来光の象徴ね」
「だろ? ぴかぴかでつるつるだ」





