22 科捜研からの除霊依頼
宗像たちが演習に向かった頃、待機組であった糺華は文から誘われた護衛任務の帰りに内緒でケーキバイキングに行こうという話になり一気にご機嫌が回復していた。
「付き合ってくれてありがとね糺華ちゃん」
「ケーキ! ケーキ!」
「楽しみだね。モンブランあるかなぁ、山奥だとね半年に一回ぐらいしかケーキ食べられないんだよ」
「半年! それはきついね。切り干し大根を半年も食べられなかったら私死んじゃうと思う!」
山奥育ちの文にとっても切り干し大根は馴染みある食べ物ではある。小鉢程度ならおいしいが糺華のようにどんぶり一杯をがっつくような食べ方はさすがに理解できなかった。
「い、田舎だときっと一杯あると思うから」
「そっかー田舎もいいかもしれないね」
にっこり満面の笑みを浮かべる糺華の裏表ない性格が文にはうらやましく、そして大好きだった。
「ねえ文ちゃん、今日の依頼って ”かそうけん” ? だっけ?」
「うん警視庁の科学捜査研究所の分室って言ってたかな? そこの地下死体安置所で怪現象が頻発してるから、見てほしいんだって」
「なるほどお化けがいついちゃった系か、ちょっとお話しして旅立ってもらおうね」
「うん」
文が糺華を大好きな理由の一つとし、亡くなった霊に対しても優しいことだった。亡霊だとか迷ってるとか馬鹿にすることなく、大変だよねと素直に同情してくれることだ。
科捜研の職員は外で文たちを待っていてくれた。
40代の職員だが文の挨拶に対し礼儀正しくお辞儀をしてくれる。やっぱり怖かったのだろう、外で待ってくれる依頼者は実は多かったりする。
「このたびは妙な依頼をしてしまってすいません」
「妙じゃないですよ、こういう依頼はよくありますから」
「そ、そうなんですか!? よろしくお願いします!」
「はーい!」
やけに軽いノリの女子高生二人組が科捜研に入り、しかも死体安置所に行くなど複雑な家庭環境の遺族か高校の職場見学ぐらいにしか思わないだろう。
地下2階の死体安置所に近づくにつれ、空気がじっとりと重くなるのを文は感じていた。糺華はのほほんと周囲をきょろきょろしているが、気配の変化は感じたようだ。
「こ、この奥が死体安置所です……だ、大丈夫ですかね、僕憑りつかれていませんかね?」
「はい、大丈夫ですよ。念のためにこのお守りを持っていてくださいね」
「は、はい!」
まるで宝くじの当たり券を扱うような丁寧さで受け取ると佐藤と名乗った職員が案内するのは、奥の死体安置用の金属製ロッカーが多数並んでいる辺りでここまで来ると気温が数度一気に下がっている。
「佐藤さんは離れてお守りを離さないでいてくださいね」
「気温のモニターデータから分かったのですが、ここだけ冷却システムの故障でもないのに5度ほど低いのが分かりました」
たしかにここは死の穢れが強い場所だ。
あまり良くない霊がいる場所というのは気温が低くなる現象が起きる場合があり、霊能力の無い人間が認識できる数少ない計測機器とも言える。
文は部屋の隅に歩いていき、躊躇なくある死体ロッカーをコンコンとノックするのだった。
「ここに隠れていますよね? どうしたんですか? 私にできることならお話しを聞きますよ」
すぐさま煙のようにロッカーから現れたのは、工事作業員の制服を着た佐藤と同い年ぐらいの中年男性の霊体であった。
『お前さん、俺が見えるのか?』
「はい。どうしてここに留まっておられるんですか? ここは一時的な安置所であって、中の御遺体とは姿形が違うようですけど」
文の声色は毅然とはしているが、優しく話を聞くという態度が伝わったのか作業員の霊は静かに語りだす。
『死んだってことはさ、分かってんだよ。でも納得いかねえんだ、俺が働かなければ息子の学費が払えねえんだよ』
糺華もふんふんと大人しく話を聞いている。男は自身を葉山と名乗った。
死んだ状況を整理すると道路工事中にハンドル操作を誤った車が工事現場に激突。
不幸にも葉山は車に押しつぶされる形で亡くなってしまったという。
文はすぐに科捜研の佐藤に事実関係を調査させると、5分ほどで戻ってきてくれた。
自動車側の過失であり、道路工事を請け負っていた建設会社の保険も含めるとかなりの額が遺族に支払われるという。
佐藤はその状況まで確認してくれており、来月には加害者側の弁護士から振込予定という情報を知ることができた。
『なんだ、そうだったのか。良かった、あいつにもよ、息子にも苦労かけさせたからさ、まあよかったのかもしれねえよ』
「葉山さんはご立派な方です。奥様と息子さんのことをそこまでご心配なさっている……素敵なお父さんですね」
『ありがとよ、そしてここの人に迷惑かけちまったって謝っておいてくれ、それと……』
「はい。ご家族への伝言、私が責任をもってお伝えします」
『何から何まで……加奈、誠、必ず幸せになるんだぞ。加害者のことなんざ思い出す必要もねえ、大事なのはお前らの幸せだ。あっちから見守ってるからな、今までありがとよ』
そう言い残した時点で葉山は天に昇る様に優しい光に包まれながら消えていった。
「さすが文ちゃん。パーフェクトだね」
「ううん。葉山さんが立派な人だったんでほんの少しお話し聞いただけだったから、たいしてお仕事してないしね」
そこに佐藤が恐る恐る近づいてきた。
「室内気温の一部低下現象が改善しました。もしかして終わったのですか?」
「はい。それでお願いがあるのですが、今メモする内容をご遺族にお伝えしてもらえないでしょうか?」
「もちろんです!」
無事解決の運びになったことに佐藤はほっと一安心しているようだった。
メモ内容を聞いた佐藤の目が涙で潤み始めた。人の好さそうな顔立ちだが、涙もろいのかなと文がふっと笑みを浮かべていた。
だが糺華だけは来たときよりも表情が陰り、何やら周囲をキョロキョロし始めた。
佐藤がテーブルに置いたタブレットの室内気温データモニターのアラームが鳴った。
「え? 2番ロッカー……付近、マイナス10度!? 冷却液漏れてるのかな?」
「急に死の穢れが強くなった! 文ちゃん!」
「は、はい! オンキリキリ バザラバジリホラ マンダマンダ ウンハッタ!」
文が佐藤の前で結界を貼り立ち塞がった。
『キュリリリイッリイリリリリリィイイイイイイイ ドゥルルルルジイイイ』
耳を劈くほどの不気味な悲鳴とも叫びともとれるような音が死体安置所に響き渡る。
佐藤は耳を塞ぎうずくまってしまっているほどだ。
「うっさいわね! 文句があるなら早く出てきなさいよ」
ガン、ガン ガン! と2番ロッカーの扉が内部から蹴り破られ壁に激突し転がった。
カランカランとしばらくの間床で回転していたひしゃげた扉がカタンと止まった。
一瞬訪れた静寂と奇妙な緊張感の後、ロッカーの中からずりずりと何かが滑り落ちてくる。
べちゃりと落下した肉塊のようなものが、リノリウムの床を腐汁と腐肉で汚していく。
四つん這いになったそれは肋骨が胸郭から飛び出し数倍に伸び、しかも蜘蛛のようにカツカツとリノリウムの床を叩いている。
全身の皮膚が奇妙に捻じれ剥がれ落ち醜悪さを倍増させていた。
手足の関節はあらぬ方向へと曲がってはいるが、数倍に膨れ上がった筋繊維がその膂力の強さを物語っている。
「文ちゃん、こいつなんだか、くっ頭が!?」
予想外にも糺華が頭痛に耐えているような辛そうな表情を見せている。
文の知る限り、糺華がこんなに辛そうな表情をするのを ” 勉強以外 ” で見たことはない。
「糺華ちゃん!?」
異形な屍鬼は怪しい光を眼窩から漏れ放ちつつ、舌根が引き延ばされたように長い舌が垂れ下がり獲物を見定めているようだ。
『ドゥルドゥルドゥルジイイイイイイイイイイ!!!』
一番距離の近い糺華に飛び掛かるもさすがは阿修羅姫だ、飛び下がってやりすごしてはいるが糺華の様子が明らかにおかしい。
「お前……なんでこんなに怒りが湧いてくる!」
関節が変形し長く伸びた腕を叩きつけ床を砕く異形屍鬼。その分腕の骨も砕けているようだがお構いなしに襲い掛かっている。
文は結界を維持しつつ佐藤に避難するように呼び掛けているが、あまりにおぞましい異形の屍鬼の姿に腰が抜けてしまっているようだ。
葛西臨海公園での戦いであっても、これほどの邪悪さを放つ妖怪はいなかった。
瘴気の質が違いすぎる、いくら死体安置所であってもここまで瘴気が貯まるものなのか?
しかし気になるのは糺華の精神状態だ。怒りを必死に抑えているようで、それが彼女の俊敏な動きを大きく阻害してしまっている。
「糺華ちゃん! 縛鎖で動きを!」
「わかった!」
文の呼びかけに答えながら壁を蹴って着地すると、室内にあった幅3mはあるであろうテーブルを片手で持ち上げ異形屍鬼に叩きつけた。。
「おりゃっ!!」
『ドゥウウウウウウウルウルルルルウルウルウ!!』
テーブルと激突した異形屍鬼は奇怪な悲鳴にも似た叫びを発しながらも、いまだその活動を止めようとしない。
既に肉体の大きさは1,5倍ほどに膨れ上がり、周囲には鼻が曲がるほどの臭気がたちこめてきている。
テーブルを砕きながら捕食しようと大口を開け噛みつこうとする異形屍鬼に対し、糺華はすっと印を結ぶ。
制服を汚したくなかったのかより距離を取るために、くるっと後方宙返りをしつつ真言を唱えた。
「オン ウーン ソワカ! 金剛力士 破邪縛鎖陣はじゃばくさじん!」
床面から間欠泉のように迸った輝く光が空中で無数の光る鎖に変化すると、異形屍鬼の体に突き刺さり貫通しながら奴を雁字搦めに拘束していく。
『グシュルボウウウガルウウウウウウウ! ドゥルジイ!!! ナアアアアアアアア!!』
口腔内が腐敗しもはや叫びさえ何を発しているか分からない。
「滅せよ! アビラウンケン ソワカ!」
印から発せられた清浄なる白い光が縛鎖で拘束されていた異形屍鬼に命中、まるで停止ボタンを押したかのように動きを止めた奴は灰になって崩れ落ちていく。
「くっなんなのよこいつ!」
「糺華ちゃんありがとう。でもこの屍鬼っていったい何なの?」
「あ、あの! そこの壁に付着している肉片から霊体構造の種別鑑定ができるかもしれません」
「うん、佐藤さんお願いします」
「こいつまさか――」
「了解です、すぐにサンプル採取をして分析班に回しますね」
文の脳裏には形のつかめぬ取り留めのない不安が漂っていた。
あれほどのまでの死の穢れは通常の屍鬼では説明がつかない。非常に凶悪な悪霊が死体に憑りついた、とも考えられるがそれだけでは……
今回護衛に来てくれたのが糺華だったからこれで済んだものの、影海クラスであっても苦戦するレベルだろう。
演習中ではあるが、この件を連絡しておこうと文は決めた。
糺華はこめかみを抑えつつ考え事をしていたが、文がケーキバイキングの話をするとぱっと笑顔が戻ってくれた。





