15 俺の娘に手を出す奴は
絶望と復讐の鬼と化していた宗像が掴んだレイカとの穏やかな時間であったが。
クマ耳付フードのパーカーを着た6,7歳頃の女の子を連れた宗像が向かったのは、梛良夫妻の自宅だった。
奥さんは女の子が欲しかったということと、宗像が信頼している姿を見せたのでレイカは素直にダイニングでプリンをごちそうになっていた。
「……そいつは大変なことになったもんだ。しかし宗像君に育てられるかねぇ」
「あらあなた、征ちゃんの前のお仕事知らないんですの?」
「え? 静子さんは知ってるの?」
「はい、保育士さんですよ。むしろこれ以上父親にふさわしい人はいないと思います」
「そうか、静子さんがそういうならうちでも出来ることはしよう」
「何から何まですいません」
安アパートを引きはらった宗像は梛良家の空き部屋に居候させてもらうことになり、霊異庁からの養育資金を丸々入れてお世話になることに決めた。
だが梛良夫妻は一銭たりとも受け取ろうとしなかった。
「なんだかねえ、この子は他人に思えないの。他人じゃなかったら身内なんだからそんなのいりませんよ。それにうちだって征ちゃんのおかげでたんまり稼がせてもらってるのよ?」
「まあそういうことだよ、いい子じゃないか。もう静子さんのお手伝いをしているよ」
ひょこひょこと揺れるフードのクマ耳がかわいい。
最初のうちはそれなりに苦労もあったが、子育て慣れしている梛良夫人 静子さんと保育のプロであった宗像の手にかかりレイカはすっかり常識やマ
ナーを覚えた近所でも評判のかわいい子として、良い意味でもちやほやされるようになっていく。
子供の成長において重要なことは、良い行動を誉め、悪い行動には理由を説明し納得させることである。
それでも悪い行動を続けた場合には罰が課され、例えばおやつ抜きとか怒られるなど。
だがレイカはほどほどに我侭も言い、ほどほどにお手伝いにいそしむ普通の子になっていった。それに伴い力の制御を誤ることもなくいつの間にか宗
像の娘であったかのような自然さで溶け込んでいった。
これはレイカのためにとっては良かったのかもしれないが、宗像にとってはオアシスの隣にあの日の現場が並んでいるような苦痛を伴った。
ふとしたときに保育園の子供たちの面影がレイカに重なった。
いたずらをして怒られる時の表情が智樹君を思い出させる。
給食を残さず食べた! とドヤ顔してくる理奈ちゃんの笑顔が胸に刺さった。
だがレイカはそんな宗像の心の傷を慰めてくれるように、そんなときは頭を撫でてくれるのだった。
「せいじが悲しいのはレイカのせい?」
「そ、そんなことない。レイカは何も悪くない、ただ助けられなかった子たちの顔が浮かぶんだ。ごめんな嫌な思いをさせて」
「ん~あのね、助けた人の顔を思い出してみたら?」
きっと今までの退魔業で救った人たちのことを指しているいるのかもしれない。
「次からはそうしてみるよ、じゃあ宿題の進み具合はどうかな?」
「しゅくだいいい!!」
一目散に逃げるあたり、この子は見た目はかわいいのに学校の成績はあまりよろしくない。
50点以上を取れると、満面の笑みで抱きついて褒めて褒めてとせがむほどだ。
がんばっているのだからと、褒めたいのだがこの娘は結構アホな子だったりする。
小学校二年生で未だに指を使って数字を数えたり、国語のテストで意味不明な解答をしてみたり。
友達と外で遊び回ることが大好きだが、お勉強の類は目の前にプリンをちらつかせてようやく取りかかるタイプだ。
自分のことは言えないと思いつつも、世の親たちは似たような悩みを抱えているのだろうなと苦笑している自分におどろいた。
いけない、復讐を忘れてはだめだ。
何のためにあのような修業を潜り抜けたんだと、自分に言い聞かせ仕事と育児に慌ただしくも充実した日々を過ごしていた。
それもレイカが小学校4年に上がった時には、様々な難問が怒涛のように押し寄せてきた。
レイカのかわいさが少女の刹那的儚さと美しさの饗宴により、かなり人目を引くようになってしまったため、小学校周囲に複数の変質者が目撃されるという事態になってしまった。
護身術と元々備わっていた潤沢な霊力を活かした退魔法を仕込んでいたので、変質者が複数いても遅れを取ることはまずないと思うが、小学校はそう
思ってくれなかったようだ。
しかも他の保護者達から、レイカがいると迷惑だという苦情までよせられてしまっている。
なんて奴らだと宗像は激怒したが、梛良夫妻に宥められしばらく送り迎えは奥さんがしてくれることになり落ち着いた。
風呂上がりに頭を乾かしてあげていた時だ。
「せいじ~、レイカは学校に行っちゃいけないの? あのね、みんながレイカがいると迷惑だって」
全身の血が急速に凍り付き、そしてふつふつと沸騰し始めるのを感じる。あまりの怒りに眩暈が襲って来た。
原因は変質者に決まっている。奴らを何の躊躇もなくぶち殺してやりたい。
落ち着かせるため、慰めるためぐっと自身の感情を飲み込むと……
「そんなことはない、レイカは何も悪くないんだ。お父さんが必ず悪い奴を捕まえてやるからな!」
警察もパトロールはする程度で、被害にあってからじゃないと動けないというお決まりのセリフだ。
レイカは好きだったフリルのついた洋服を諦め、男の子が身に着けるようなデニムパンツとスウェットという地味な服装を着るように努めた。
梛良夫人がことの他がっかりし、もっとかわいいお洋服を着せて上げたかったとほろほろと泣いた。
それほどまでに変質者、性犯罪者というのは世の中にとって害悪でしかなく、できればぶち殺してやりたいと宗像は本気で思うことも多い。
子供に危害を加えようとする相手に、押さえきれないほどの凄まじい怒りを見せる宗像は一時的に仕事を中断し、変質者を始末するため周囲に式を配置し顔と名前を調べあげることにした。
だが、教師があたかもレイカのせいであるかのように言い放ったため、今までの友人関係まで壊され目を赤く腫らして帰ってくることさえあったのだ。
普段温厚で怒ることなんてあるのかと疑いたくなるほどの梛良さんでさえ、怒髪天を突く勢いで激怒し町内会の知り合いに協力を仰ぎに向かったほどだ。
だから全てにおいて最優先事項はレイカだと、宗像は決断した。その時は、いやレイカを案じる時だけは復讐という血だまりから抜け出せていたのかも
しれない。
変質者の候補は10人にも及んだ。手を汚すならば自分一人でいい、退魔師の娘に、俺の娘に手を出そうとするならばどうなるかその身を持って分か
らせてやろう。





