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第五幕 第六場

 目覚めるとそこは、見知らぬベッドの上だった。なのであたりを見まわしてみると、そこが白い清潔感のある部屋だとわかった。


「ようやく目覚めたのね」アリスの声が聞こえた。「心配したんだから」


 おれは声のした方へと顔を向ける。するとそこにはベッドのそばにある椅子に、私服姿のアリスが腰掛けていた。


「アリス……」おれはつぶやくようにして言う。「ここは?」


「病院よ」アリスは答えた。「あなた三日も眠っていたんだから。このまま目覚めないんじゃないかって、ほんとうに心配してたの。だから目覚めてくれて、安心している」


「そうか三日も眠っていたのか……」


 アリスは具合をたしかめるかのように、おれの顔をのぞき込む。すると目にかかった長い黒髪を耳へとかけた。そしてその黒い瞳でまじまじと見つめてくる。

 おれはその姿を見つめて、何か違和感を覚えた。だがその原因がなんなのかわからない。


「気分はどう?」アリスが訊いてきた。「気持ち悪かったりしない」


「……ああ、だいじょうぶだ。特に問題はないよ」


「そう、ならよかった」


 アリスはにっこりと微笑んだ。ぬれたような淡いピンク色の唇が、とても印象的に見える。そのおだやかな微笑みを見つめて、おれはようやく気づいた。アリスが色づいていることに。


 そのことに気づいたおれは、はっとすると、あたりを見まわす。この世界はすべて色づいている。現実ではない。


「色づいている……」おれはため息をついた。「なんだ、まだ夢のなかかよ」


「どうしたの変なことを言って」アリスが言った。「もしかして、まだ寝ぼけているのかしら?」


「寝ぼけているか」おれは苦笑いする。「それはそうだろ。おれはまだ眠っているのだから」


 アリスは眉を寄せると首をかしげた。おれの発言の意味がわからないとでも言いたげだ。


「でもまあ、ちょうどいいかな」おれは言った。「アリス、きみにずっと言いたかったことがあるんだ。でも現実ならきみに怒られそうだから、いまのうちに言っておくね」


「あなたはさっきから何を言っているの?」アリスは不安げな表情になる。「もしかして頭を殴られたせいでおかしくなった?」


「ちがうよ、そうじゃない」おれはくすっと笑う。「きみには意味がわからないかもしれない。けどおれには大事な事だから言わせてくれよ」


 アリスは困惑している様子だ。心配そうにおれを見つめる。


「ありがとうアリス」おれは真剣な口調になる。「ほんとうに感謝している」


 アリスは照れくさそうに笑う。「それはわたしもよ。あなたには感謝しているわ。あなたのおかげでわたしも立ち直れた。こうしていまを生きていて、ほんとうによかったと思えるから」


「そうか。それはよかったな」


「だからわたしにも言わせて。ほんとうにありがとう」


 そう言われ、おれは微笑んだ。たとえ夢のなかだとはいえ、こうして素直に感謝し合えるのをうれしく思う。


「素直なきみはかわいいな」おれは平然とした態度で言う。


「えっ!」アリスはとまどいはじめる。「な、何を急に言うのよ」


「正直な感想を言ったまでだよ。こうして色づいたきみを見ると、きみのことをとてもきれいだな、と思えるよ」


 アリスは顔を赤くさせると、恥ずかしそうにうつむいた。おれはそれを見てくすくすと笑う。


「アリスでもそんなふうな反応をするんだね。まさか照れるとは、思いもしかなったよ」


「もうからかわないでよ!」アリスが声を大にする。「よくもまあ、そんな恥ずかしセリフを平然と言えるわね」


「夢だからさ。夢だから現実では言えないことを、こうして素直にしゃべれるんだよ」


「夢?」アリスはいぶかしむような顔つきになった。「あなた何を勘ちがいしているのか知らないけど、ここは現実よ」


「まさか。冗談だろ?」


「冗談じゃないわよ」


 アリスはそう言うと、おれの足を思いっきりつねった。そのためおれはその痛みから、うめき声をあげた。そしてそれからはっとすると、がばっと勢いよく体を起こした。


「夢じゃない?」おれはあらためてあたりを見まわす。「どうして現実なのに色づいているんだ?」


「どういうことなの?」アリスが訊いた。


「色がもどっているんだ」おれは愕然となる。「この世界は色づいている」


「それってつまり、あなたには色が見えているってことなの?」


「ああ、そうなんだ」おれはうなずいた。「でもどうしてだ?」


 おれはわけがわからないまま、色づいた世界を見まわす。

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