第四幕 第十二場
アリスは部屋の奥からもどってくると、おれにSDカードを差し出した。おれはそれを受けとると、ビデオカメラにセットする。そしてその中身をたしかめる。いくつかの動画ファイルがあり、それぞれ番号が振られている。なのでおれは1と記載された、動画ファイルを選択し、再生の準備を整えた。
「ほらアリス」おれは顔をあげた。「あとは再生するだけだ」
アリスはおれのとなりに腰掛けると、その画面を緊張した面持ちで見つめる。そしておれの腕をつかむと、その体を震わせた。
「あなたのせいよ」アリスはおびえる声でそう言った。「あなたがけしかけんたんだから、責任とっていっしょに観てちょうだいよね。そうじゃないとわたし……」
「わかっているよ」
おれはそう言うと、ビデオカメラをアリスに差し出す。アリスはそれを受けとると、震える指で動画ファイルを再生しようとする。だがその震えのためうまくいかない。なのでおれはアリスの手に、自分の手を重ねた。
「落ち着いてアリス」
アリスは何度か深呼吸すると、その震えは小さくなっていた。そしてゆっくりと再生ボタンを押した。
ビデオカメラの液晶ディスプレイ画面には、どこかの部屋らしき場所が映し出されている。画面の中央には、一脚の椅子がぽつんと置いてあった。
すると画面に青年が現れて、その椅子にすわると、こちらに顔を向けた。
「……タクヤ」アリスが小さくそうつぶやいた。
「よお、観ているか」そう言った青年の声は明るかった。「おれだよ。金森タクヤだ」
青年はそこで言いよどむと、少しはにかんだようにして苦笑いを浮かべる。
「わざわざこんな自己紹介しなくても、そんなことは観ればわかるよな」青年はひと呼吸間を置いた。「さておそらくこれを観ているおまえは混乱していると思う。だってこっぴどく振った相手から、こんなの突然送られてきたら、だれだって警戒してしまうはずだからさ。どんな恨み言が録画されているのだろうとか、そんなことを考えているんじゃないのか」そこでにっこりと笑う。「だけど安心してくれ。おれはそんなことしないよ」
アリスは真剣な表情で画面に見入っている。
「おまえのことは吹っ切れたよ」青年は話をつづける。「だからこうしていま言えることは、ありがとう、ってことだ。おれの恋人になってくれて、ほんとうに感謝しているよ。おまえと過ごした日々は楽しかったよ。いい思い出さ」
それを聞いてアリスは嗚咽を漏らしだした。
「だからおれは新しい恋人でも探すさ。おまえが嫉妬するぐらいに美人な彼女をね」青年は親指を立てた。「だからさ、おまえもいい人を見つけろよな。おれのことなんか忘れて……とまではいかないが、ときどきでも思い出してくれたらうれしいかな」
「タクヤ」アリスは声を振るわせた。
「ごめんよ」青年は苦笑する。「こんなこと言ったら、未練たらしいよな。悪かった、男らしくなかったよ。おれのことはきっぱりと忘れてくれ。それじゃあ元気でなアカリ」
アリスの涙がほほ伝うと、そのままビデオカメラの画面へと落ち、その映像をゆがませた。
「……あっそうだ」青年が思い出したように言う。「もしものことなんだけど、あくまでも万が一の話だ。もしこれを観ているときに、おれに何かがあった場合は、つづきの動画を観てほしい。こんなことを頼めるのは、おまえしかいないからな。だからだれにも観せないでくれ。そのうえでどうするかは、おまえに任せるよ」
その不穏な内容におれとアリスは、お互いの顔を見合わせた。
「もしそうじゃなかった場合には」青年は話をつづけた。「これは消してくれ。いや、捨てちゃってくれよな。最後まで迷惑かけるようなこと言ってごめんな。さよなら」
青年がそう言うと、そこで動画は終了した。
アリスは恨まれてはいなかった。だとしたらなぜ、金森タクヤは自殺したのだろうか。そして動画で言い残したことばが気になる。何か関係があるのだろうか?
「……アリス」おれは言った。「よかったじゃないか。彼はきみのことを恨んでなかった。彼の死はきみのせいじゃないよ」
「……ええ、そうね」アリスは涙ぐみながらうなずいた。「わたしは彼に憎まれていなかった。それがわかってほんとうによかった。だけど……」そこで口をつぐんだ。
「最後に言い残したことが、気になるんだろ?」
アリスは不安な面持ちになる。「彼がいったい何を伝えたかったのか、わたしは知りたい。もしかすると彼の自殺の原因がわかるかもしれない。だからここから先は、わたしひとりで観るわ」
「うん、そうするといいよ。彼のためにも」
「ありがとう黒川さん。あなたのことばを信じてよかった」
アリスはそう言い残して、奥の部屋へと向かって行った。