第四幕 第十一場
いまおれは、アリスを訪ねに閉店後の夢占いの館に来ていた。
「こんな夜にここに来るってことは」アリスが言った。「何か動きがあったんでしょう。どうなったの?」
おれは首を横に振る。「どうもなっていない。個別に画像付きでメールを送ったけど、いま現在だれも返事がないんだ。だからまだ何も動きがない状態だ」
「そうなの」アリスは眉をひそめる。「ならここへ来たのは、その報告が理由じゃないわよね。また事件に関する夢を見たんでしょう。さあ、話してちょうだい」
「夢は見ていない」
「なら何しにここへ来たの?」
「きみに会いにきたんだ」
そのことばを聞いて、アリスは不機嫌そうに顔をゆがめた。そんなアリスに対して、おれは真摯なまなざしを向ける。
「まさかわたしを口説きに来たとでも言うの」そう言った、アリスの声音には喜怒が含まれている。「何か勘違いしてない黒川さん。わたしはあなたに好意があって協力しているんじゃない。これはね、わたしの意地みたいなものなの、罪滅ぼしのね。それに前にも言ったはずよ、わたしには人を好きになったり、愛したりする資格なんてないから」
「ちがうよ、そうじゃない」おれは真剣な口調で言う。「あれからずっと考えていたんだ。きみはそのトラウマを克服するためには、彼からの映像を見るべきだよ」
おれはズボンのポケットからビデオカメラを取り出すと、それをテーブルの上に置いた。アリスはそれを見て、表情をこわばらせる。明らかにおびえているのが、見てとれる。
「きみが救われるためには」おれは話をつづける。「おれを助けて罪をあがなうのではなく、真実と向きあうことこそが、正しい道だと、おれは思うよ」
「何よ、突然……」アリスは声音は弱々しく、それ以上のことばはつづかない。
「おれにはつらいことを忘れて、先に進むようなことはできない。そうやって割り切るような器用さはない。だから真実と向き合い、それを受け入れることでしか、前に進めないんだ」
「いったい……何が言いたいのよ?」
「おれはある日、突然なんの前触れもなく、恋人から別れを告げられた。それも一方的にね」
「やめて……」アリスは息苦しそうに胸を押さえる。
「あんなに好きだったのに、あんなに愛していたのに、おれは深く傷ついた」
アリスは悲痛な顔つきになるとうつむき、何も言ってこない。
「その行為は相手の心を傷つける。苦しくて、つらくて、そのせいで死んでしまいたいとも思ったよ」おれはそこで間を置くと、強い口調で言う。「きみも恋人に同じことをしたんだろ?」
「やめてよ……」アリスは頭を抱えると、体をがたがたと震えさせはじめた。「どうしてそんなことを……言うのよ」
「だけどおれは彼女のことを恨んでいない」おれはやさしい口調になる。「それどころか、振られたあとでもその夢を叶えようとしている。馬鹿みたいなお人好しだ」
アリスはおそるおそる顔をあげると、いまにも泣きそうな表情でこちらを見つめる。
「金森さんから聞いたよ」おれは話をつづけた。「弟さんとおれは、その性格がよく似ている、と言われた。正直で正義感が強く、そのうえだれにでもやさしい。そしてお人好しだったそうじゃないか。そうなんだろアリス?」
アリスはおれの問いかけに答えず、気まずそうに視線をそらした。そのためそれが真実なのだろうと、おれは悟った。
「もしそうなら、彼はきみを恨んだりしていないはずだ」
「……えっ?」
「だってそうだろ」そこでおれは微笑んだ。「おれが彼女のことを恨んでいないように、きっと彼もきみのこをと恨んだりしないよ。馬鹿みたいにお人好しなんだからさ」
アリスは視線をふたたびこちらに向ける。その目には涙が浮かんでいた。
「一年前に彼が自殺したのは、きみが原因だとはおれには思えない。金森さんは遺書はなかったと言っていた。だからその原因をきみに押し付けたのかもしれない」
「けど、あれはわたしが振ったせいで」アリスは涙声で言う。「だからわたしの……責任なのよ」
「それはまだそうだと決まっていないだろ。彼は遺書を残さなかったのだから」
「でも……」
「それをたしかめる方法はひとつしかない。きみにもそれはわかっているはずだろう。それは彼から送られてきた、SDカードを観ることだ」
アリスは息を喘がせると、口元を押さえた。おれとビデオカメラを交互に見つめる。
「そうしないかぎり」おれは話をつづける。「きみは永遠に苦しめられたままだぞ」
「どうしてよ?」アリスは声を振るわせて言う。「どうしてわたしみたいなやつのために、そこまでするのよ?」
「かわいそうだと思ったからさ。だってきみは世界でいちばん不幸です、みたいな顔していたからね」
「何よそれ、皮肉のつもり」アリスは怒りの表情になる。「わたしがあなたにそう言ったから、そう言い返しているのね。やっぱりあなたはむかつくわ。ほんと自分勝手なやつ。自分のことだけ心配していなさいよ。ほかの人間のことなんか、気にする余裕なんてないはずでしょう」
「そうかもしれない。けどきみのことはこれ以上、ほうっておけないよ」
「馬鹿じゃないの!」アリスは叫んだ。「お人好しにもほどがあるわよ」
おれは苦笑いする。「ああ、そうだね。そのとおりだよ」
つぎの瞬間、アリスは立ちあがると、ビデオカメラを手にとる。そしてそれをおれの腹に向けて、勢いよく投げつけた。ビデオカメラはおれのみぞおちに食い込む。そのためおれは痛みで顔をゆがめてしまう。
「帰ってよ!」アリスは怒鳴る。「あんたの顔なんて見たくない。もう協力もしない。どこかに消えてちょうだい」
「……真実から逃げるのか」おれは痛みをこらえながら言う。
「逃げて何が悪いのよ!」
「そうやって自分を責めつづけて、逃げまわってもなんの意味もないはずだ」おれは立ちあがる。「きみが救われるためには、真実と向き合うべきだよ」
アリスはこちらに歩み寄ると、おれの胸ぐらをつかんだ。そしてそのまま何も言わずに、おれをにらみつける。
「真実から逃げても、つらくて苦しいだけだ」おれは穏やかに話しかける。「だからおれは真実を、彼女がおれを振ったという事実と向き合った。その事実は受け入れがたいものだった。けどおれは、それを受け入れることで、ようやく前に進める気がするんだ」
「だからわたしにもそうしろと言うの? 他人の心配事なんてほうっておいてよ!」
「きみはもう他人じゃないよ。だから救われてほしい。これはおれの願いなんだ」
アリスは舌打ちする。「いいわよ。そこまで言うのなら、観てやるわよ」
こうしておれは、アリスを説得することに成功した。




