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第四幕 第十場

 ルビーを入手してから二日後。その事実は容疑者三人に画像付きのメールで報告しておいた。にもかかわらず、いまだにだれからも連絡はこない。この沈黙は非常に不気味だ。


 おれはマンションのベランダから外をながめながら、ひしひしとそう感じていた。まさか無反応とは予想だにしていなかった。これからどうすればいいのか、その対応に困ってしまう。


 おれは深く息をつくと、これまでの出来事を振り返る。記憶障害を負い、事件のことを思い出せずにいた自分。そのせいで犯人がわからず、悶々とした日々を一年以上も過ごしていた。だからどうにかできないかと、わらにもすがる思いで夢占いの館を訪れた。そしてそこで、おれはアリスと名乗る夢占い師と出会った。


 アリスは事件解決のため、おれに協力してくれた。だがその理由は過去にアリスが恋人を振り、そのため彼を自殺に追い込んでしまい、その責任から重い十字架を背負ってしまった。その罪をあがなうために、おれに協力していたのだ。だがこのおれを助けることが、はたしてアリスにとって、救いの道なのだろうか?


 そんなことを考えていると、スマートフォンの着信音が鳴り響く。そのため緊張が走る。おれは急いでベランダから部屋へともどると、テーブルに置いてあったスマートフォンへと目を向ける。だがその画面に表示されているのは、容疑者の名前ではない。


「もしもし」おれは電話に出る。「金森先輩ですか?」


「ああ、そうだ」相手は金森ヒデノリだ。「いま電話いいか?」


「だいじょうぶですよ。それでなんの用ですか?」


「エミのことだ。おまえエミに何をした?」


「黄瀬ですか」


 おれは記憶を思い返してみる。夢占いの館でばったり出会い、アリスと抱き合っているところを見られてしまった。そしてそのあとの対応も下手を打ち、怒らせてしまったままだ。事件の事を考えてばかりで、そのことを忘れていた。


「……しまったな」おれは声の調子を落とした。「いろいろともめてしまっていたんだ」


「まったく何やってんだよ」金森はきびしい口調になる。「あまりあいつを刺激しないでくれ黒川」


「ごめんなさい金森先輩。なんかいろいろと迷惑かけているようで、申しわけないです」


「わかっているのなら、ちゃんと注意してくれよ。おれもあんまりめんどうごとには、かかわりたくないんだからな」


「そうですよね」おれはすまなさそうに言う。「これからは気をつけます」そこではっとすると、まじめな口調になる。「金森先輩。迷惑ついでにひとつ訊いてもいいですか?」


「なんだ急に、どうしたんだ?」


「金森先輩の弟さんが自殺したのって、ほんとうに灰田アカリさんが原因だったんですか。ほかの理由とかは考えられませんか?」


「あいつとはかかわるなと言ったはずだぞ」金森は声をけわしくさせた。「あの女に何を言われたのか知らないが、弟が自殺したのは、あいつのせいだ」


「ほんとうにですか。何か遺書とかは書かれていたんですか?」


 金森の重いため息が聞こえてくる。「遺書はなかった。書けないほどショックを受けていたんだよ」


「……そうですか」


「なあ黒川。正直に言うと、おまえは顔こそ似てはいないけれど、おれの弟の性格にそっくりだ。正直で正義感が強く、そのうえだれにでもやさしい。それこそお人好し、と呼べるほどにな」


「そんなに似ていたんですか?」


「ああそうだ。だからこそあの女が目を付けたんだろうが、おまえは弟の二の舞にはなるな。すぐにでもあの女と縁を切るんだ」


 おれは返事をせずに考え込む。おれと金森の弟が、性格的に似ているとは知らなかった。だからこそアリスはおれに対して、あそこまで協力してくれているのだろうか?


「おい聞いているのか黒川!」金森が怒鳴りだした。「聞こえているのなら返事をしろ」


「あっ、すみません。つい考えごとをしていて」


「とにかくだな、灰田アカリとはこれ以上はかかわるな。いいな」


「……ええ、まあ」おれはことばを濁した。


「それから黒川。もう二度と弟について訊かないでくれ。せっかく忘れようとしているのに、蒸し返されるといやになるんだよ。もう一年以上も経っているんだ」


「……そうですよね」


「これからは気をつけろよ」そう言って金森は電話を切った。


 おれはしばしスマートフォンの画面を見つめる。金森を怒らせてしまった。金森は弟を亡くしたことで、一年以上も苦しんでいた。それを蒸し返させたら、いやになるか……。


「……一年?」おれは眉をひそめる。「まさかな」


 一年前に金森は弟を亡くした。そしておれたちは一年前に襲われた。そしてそれ以来、キャットマンは活動を見せていない。


 ……いや、さすがにそれはないだろう。キャットマンはあの三人のうちのだれかなのだから。金森の弟が犯人であるはずがない。

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