第四幕 第七場
「意味がわからない」アリスがいぶかしげな顔つきで言った。
それを聞いておれは不安な面持ちになる。「夢占い師であるきみでも、この夢を解釈し、その意味を見いだすのは無理なのか?」
「ちがうそうじゃない」アリスは首を横に振る。「あなたのことよ。恋人に浮気されていただけじゃなく、一方的に別れを告げられたんでしょう。そのことを思い出したと、いま話したじゃない」
「そうだよ」おれはうなずいた。「おれは振られたんだ」
「ならどうしてよ、どうしてまだ彼女のために犯人を探し、宝石を見つけてその夢を叶えようとするの?」
いまおれは夢占いの館で、アリスに見た夢について報告し終えたところだった。だがアリスは夢よりも、おれのその行動が理解できずに困惑している様子だ。
「それはおれがそうしたいからさ」おれは決然とした口調で言う。
「……理解不能だわ」アリスは愕然としている。「このままつづければ、命だって危険にさらされる。それでもなお、裏切られた女性のためにそうできるのよ」
「たしかに恋人には裏切られ、一方的に振られたよ。けどね、おれは自分が好きだった相手を、助けられたはずなのに助けることができなかった。だからこれは罪滅ぼしみたいなもんなんだ。それに、いまさら引き返せるような状況でもない。宝石が見つからなければ、しびれを切らした犯人に殺される可能性もあるしな。だからおれはそれをやるんだ。まあ、ここまできたら意地みたいなもんかな」
アリスはため息をついた。「ほんとうにお人好しね」
「だから頼むアリス、おれが見た夢を解釈してくれ」
「……ええ、わかっているわ。わたしもここまできたら、最後までつきあうわよ」アリスはそこで間を置く。「わたしも意地になっているわね」
「えっ、どういうことだ?」
「なんでもない。それよりもあなたの夢のことなんだけど、これは前日に浮気相手から恋人の話を聞かされたのがきっかけね。さらにそれに加えて、事件とは関係のないはずのわたしが登場し、あなたの夢を荒唐無稽なものにしてしまっている。いくつもの要素が混じり合った、まさに夢らしい夢だわ」
「それでこれをどう解釈する?」
「そうね、はじめは恋人と観覧車のゴンドラに乗っているところから、この夢ははじまっている。これはあなたがこのあいだ見た夢と対比することができるわ」
「容疑者三人といっしょに、ゴンドラに乗っていた夢だな」
「ええ、そうよ」アリスはうなずいた。「あれはあなたのいま現在自分が置かれている現実の危うい状況を、ゴンドラに乗ることで、それを表していた。今回は恋人との別れ話という、あなたがかたくなに思い出したくなかった事実。つまりは不安な状況、それに事件当日の出来事という事実、さらには前回見た夢の影響から、今回もゴンドラに乗り、それらを表現していると考えられる」
「前回が昼間だったけど、今回は夜だったのは?」
「あなたは光から恋人を連想し、それを夢のなかで表していた。だけど今回は恋人本人が登場している。そして実際には緑山ドリームワールドを訪れたのは夜だった。そのことから昼間ではなく夜になったと推測できるわ」
「なるほど」おれは相づちを打つ。
「ゴンドラのなかでの恋人から伝えられた別れ話。これはあなたが思い出したくなかった真実のはず。なのにそれを見るということは、あなたにとってその夢は不安夢にあたるわ。つまりはつらい記憶を思い出してでも、真実を知りたかった。その願望がそうさせた」
「……たしかにそうだな」おれはそれを認める。「おれは別れ話がほんとうだったのかどうか、それを確認したかったはずだ」
「あなたは恋人との話のなかで、赤いバラが登場することで彼女の墓に手向けた花を連想し、そしてその死を悟り、いま自分が夢のなかにいることに気づく。これは以前と同じで、レッドローズということばが、赤いバラいうことばに置き換わったため。つまりあなたにとって、赤いバラとはレッドローズを象徴するものになった、と考えられる」
「それであっていると思う。赤いバラと聞いたら、いやでもそれが思い浮かぶから」
「それならそれで、まちがいないようね」アリスはそこでひと息ついた。「さてここからが本番よ。あなたは恋人に犯人と宝石の隠し場所を問いただした。すると犯人はわからず、宝石の隠し場所についてはわたしが知っていると告げたのよね?」
「ああ、そうだよ。しかも夢のなかのきみは灰色なんだけど、目の瞳と唇、爪、それにチョーカーについた宝石が紫色に色づいていたんだ。そしてきみは夢占い師の格好をしているのにもかかわらず、自分のことをかたくなにアカリだ、と言うんだよ」
「アカリか……」アリスはあごに手を添えた。「たしかにわたしの名前は灰田アカリよ。けど商売衣装を着ているのにもかかわらず、アリスとは名乗らない。それにわたしはあなたの前回の夢のなかで、完璧な灰色していたはず。なのに一部が色づいている。これはあきらかに不自然。なんらかの検閲の手が入ったと考えるべき」
「おれもそう思うよ。あれは不自然すぎた」
「ほかにも不自然なところがある。あなたの恋人はなぜか懐中電灯をふたつ持っていた。これは以前あなたが見た夢と共通する事柄。さらにそのひとつをわたしに手渡す。この行動が何を意味するのか、いまのところわからない。けどもしかするとそのふたつの懐中電灯が、あなとの恋人とわたしを意味しているのかもしれない。ヒカリとアカリということばから連想できるでしょう」
「たしかにおれは以前、ランタンの明かりから光を、光から恋人の名前であるヒカリを連想した。そういうことなのかアリス?」
「ええ、そうよ。けど今回はそれで説明できたとしても、以前の夢には説明がつかないのよね。あのときどうしてあなたの恋人は、ふたつの懐中電灯を持っていたのか謎だわ……。もしかすると、別の何かを意味するのかしら。何か心あたりはない?」
おれはしばし考える。「いまのところは特に何も」
「……もしかすると、わたしの本名と恋人の名前が似ているから、起きた現象かしら。ヒカリとアカリ。どちらも似たようなことばで似た意味を持つ。前回の夢でわたしと恋人を同一化したのも、それが理由のひとつのはず。だからもしかすると、恋人との事件当日の出来事と、わたしとの出来事がまざってしまっているのも、それが原因だと思われるわ。連想するイメージが重なったためね」
「そう考えると、今回の夢はややっこしいな」
「そうね。だけどそれを解釈するのが、夢占い師であるこのわたしの役目」アリスはそこで気難しい表情になる。「そうなんだけど、いまのところその意味を見いだせない。だからひとまず置いといて、つぎにいきましょうか」
おれはうなずく。「わかった」
「あなたの恋人は自分がいると宝石を探す邪魔になるからと言って、いなくなった。光があると見えないから、と意味深なことばを残して。そして夢のなかのわたしは言った、光がないと、こんなにも星が輝いて見えるなんて知らなかった。まるで宝石みたい、と。これは実際にわたしが現実のキャンプで発したことばよ。どうやら夢はあなたの思い出から、わたしのこのことばを引き出してきた」
「たしかにそうだね」
「わたしと恋人の両者のことばから、これはあきらかに光がなければ、宝石が見つかると言っていると推測できる。容易に星ということばから、宝石が連想できるからね」
「けど夢のなかのきみに案内され、向かった先のミラーハウスでは、何も見つからなかったよ。ほんとうに自分が宝石の隠し場所を知っているのか、心配になるよ」
「だいじょうぶよ、自分を信用しなさい」
「自分を信用か……」おれは不安な面持ちになる。「それがいちばんむずかしいよ。記憶を失っているから」
「だからこそ夢で問いかけたんでしょう。ならそれはかならず宝石に関することのはずよ。なぜならあなたは、そのことに強い関心を抱いていたはずだから」
「それはまちがいない。いまいちばん気にかけていることが、犯人の正体と宝石の隠し場所だから」
「なら宝石はミラーハウスに隠されている、と考えるべきね。もしあなたの恋人が宝石を隠すとしたら、雨風にさらされる外よりも、それをしのげる室内を選んだはず。たとえ隠されていなかったとしても、なんらかの手がかりがあるはずだわ」
「……でも手がかりらしい、手がかりなんてなかった。それに夢のなかできみに聞いても、知らないと言うだけ。ならどうして恋人がきみが知っているかのように言っていたんだ、って訊いたら、その答えがアカリだから、と言われたよ」
「これまたあきらかに不自然な答え」
おれは同意のうなずきを返す。「それにきみはおれを手伝おうともせず、ただおれのあとをつけるだけなんだ。持っている懐中電灯もつけずに、そうやってつけまわるだけ」
「あとをつける……」
そのことばを最後にアリスは沈黙に陥った。そのためおれの不安は募るばかりだ。もしかして解釈不能なのか?
「ちょっといいかしら黒川さん」アリスが口を開いた。「どうしてわたしがあなたのあとをつける、と表現したの? この場合、あとについてくる、のほうがあっているんじゃないのかしら?」
「こまかいことを気にするな」おれは眉根を寄せる。「だって中は暗かったし、夢のなかのきみはまるで監視するかのようについてくるから、まるでつけられているような気がしたんだよ」
「夢のなかのわたしは、あなたをミラーハウスへと先導して案内をした。けれどミラーハウスの中では、あなたの後ろをつけてまわっている。これも不自然……」アリスは目を閉じた。「夢占い師のわたしがアカリと名乗るのも不自然。一部が紫色に色づいているのも不自然。アカリ……紫……ついてまわる。……つける……つけられる……ついて……まわる」
アリスの黙考はつづく。そのためおれはそれを邪魔しないよう、だまってそれを見守った。
「光がなければ宝石が見つかる!」アリスはがばっと目を開けると、大声でそう言った。「そうか、そういう意味なのね」
「わかったのかアリス」おれは期待で胸が高鳴る。「意味を教えてくれよ」
「あなたは夢のなかで、わたしの一部を紫色に色づかせた。それらは以前にわたしがあなたの色盲がほんとうであるかどうか、試したときに見せた場所」
アリスはそう言って手の甲をこちらに向けると、それを胸元へと添えた。そのためアリスの目の瞳に唇、爪、そしてチョーカーについた宝石が一度に見える。
「そしてわたしはこの格好にもかかわらず、自分をアカリだと主張した。これは名前ではなく文字通り明かりという意味よ。つまりは自分が紫の明かりだと意味しているのよ」
「紫の明かり?」
「そうよ」アリスは力強くうなずいた。「あなたはわたしの本名であるアカリから、ことばどおりの明かりを連想した。そしてそのわたしの一部を紫色に色づかせることで、夢のなかのわたしを紫色をした明かりに同一化させて表現している。紫色の明かりといえば、もう答えはわかるでしょう?」
「紫色の明かり」おれはしばし考える。「ブラックライトか!」
「そのとおりよ」アリスは微笑んだ。「それならば光がなければ、宝石が見つかると言っていた意味もわかるはずよ。まぶいしところではブラックライトは意味をなさないもの。だからあなたの恋人がふたつの懐中電灯を持っていたのは、不自然なことではなかった。だってもう片方がブラックライトだったと考えれば、自然なことなのよ。夢のなかで恋人からわたしにわたされたのは、ブラックライトだわ。だからあなたにではなく、わたしにそれを託したのよ」
「なるほどそうだったのか」おれは感嘆の声をあげる。「すごいよアリス。さすが夢占い師だ」
アリスは得意げな顔になる。「だからこそあなたの恋人がわたしが教えてくれると、言っているにもかかわらず、わたしは知らないと言っていたのよ。だってブラックライトであるわたしが隠し場所は知らないけど、それを見つけることができるから。だからわたしはずっとあなたのあとを、つけてまわっていた。つまりはブラックライトをつけてまわれ、という言語的表現の取り換えね」
「その解釈が正しいとするのならば……」おれは興奮で声をうわずらせた。「ブラックライトでミラーハウスの中を探してまわれば、宝石の隠し場所がわかるってことだよな?」
「ええ、そうよ。そうとしか解釈できないわ。別の可能性があるのならば逆に教えてほしいわね」
おれは心臓が早鐘を打つのを感じた。謎が解けたことにより宝石の隠し場所がわかった。これで白石ヒカリの夢は叶えることができる。あとは犯人を特定するだけだ。




