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第四幕 第六場

 気がつくとおれは観覧車のゴンドラの中だった。あたりは薄暗く、外へと目を向けると夜だった。星空が輝いて見える。


 しばらくのあいだ、外をながめていると人の気配を感じて視線を中へともどす。そして暗い闇に目を凝らすと、向かい側にだれかがすわっていることに気づいた。


 やがて雲間から月が顔を出し、淡い光がゴンドラの中に差し込む。するとそこにいたのが白石ヒカリだとわかる。


「白石か」おれは確認する。「そこにいるのは」


「見ればわかるでしょう」白石は憂鬱そうな面持ちで言う。


「おれたちはどうしてここにいるんだ?」


「お金を回収しに来たんでしょう。それに赤いバラも」


「赤いバラ?」


 おれはそのことばを口にし、そこから白石の墓に手向けた花のことを連想した。そのため白石がすでに故人であり、目の前に生きているのはありえない、と悟る。そのため自分がそのありえない世界にいるのだと痛感する。


「……そうか、ここは夢か」おれはぼそっとつぶやいた。


 以前と似たようなシチュエーションだな、とおれは思った。あのときの夢では、容疑者三人といっしょに、緑山ドリームワールドにある観覧車のゴンドラに乗っていた。だが今回は白石とふたりっきりだ。しかも昼間ではなく夜になっている。


「ねえ黒川」白石が言った。「大事な話があるの」


 そう言われ、おれは緊張した顔つきになる。「……何?」


「わたしたちもう別れましょう」


 そのことばは鋭い刃となって、おれの胸に突き刺さる。そのためしばらく何も言えないでいた。白石もこちらの反応を待っているようで、何も言ってこない。しばしのあいだ、無言の間が訪れる。


「……どうして?」ようやくおれは口を開いた。


「ほかに好きな人がいるの。もうすでにその人とつき合っている。でもあなたにそれを告げるのがつらくて、いままで言えなかった。ごめんね」


「……おれは、どうしてきみに選ばれなかったんだ?」


「あなたはやさしすぎる。わたしには釣り合わない」


 そのことばにデジャブを感じた。赤松コウキから、白石が自分と別れるつもりだったと聞かされたときに、頭に浮かんできたことばだ。ということは、いま目の前で白石が話していることは、実際にあった出来事をもとに、夢で再現されている……。


「……ああ、思い出したよ」おれは気落ちした声で言う。「そういえば、そうやって別れ話を切り出されたんだった。あのときは呆然となって、ひとりにしてくれってきみに言ったんだっけ。そのせいでひとりになってきみは、キャットマンに襲われて殺されてしまった。助けられなくてごめん」


「どうして……あなたがあやまるの?」白石は苦しげな表情を見せた。「悪いのはわたしなのに。やっぱりあなたはやさしすぎる。そのせいでまぶしすぎる」


「まぶしすぎるか……」おれは乾いた笑い声を漏らした。「ヒカリと名付けられた人間の言うことばかよ」


「名前負けしているわよ。わたしはそこまでの人間じゃない」


 ふたたび無言の間が訪れる。どちらも口を開こうとしない。やがてゴンドラは地上へと差しかかる。すると白石はそばにあった懐中電灯ふたつを両手に持ち、ゴンドラからおりる準備をしはじめた。


「教えてくれ」おれは言った。「きみはだれに殺されたんだ?」


「そんなのわたしに訊かれてもわからない」


「だったらあの宝石は、ルビーはどこにある?」


「彼女が知っているわ」


 白石はあごで外を指し示す。するとそこにはアリスが立っていた。しかも夢占い師の格好をしている。おれはそれを見て困惑してしまう。これはどういう意味なのだろうか?


 白石がゴンドラをおりると、おれもそれにつづいた。そして外で待ち構えていたアリスに歩み寄る。アリスは自分の記憶どおり灰色だったが、その目の瞳と唇、爪、そして首元のチョーカーについた宝石だけが紫色に色づいていた。


「あとは彼女が教えてくれるわ」


 白石はそう言って、持っていた懐中電灯のひとつをバトンタッチするようにしてアリスに手渡す。アリスがそれを受け取ると、月が雲に隠れたのか、あたりは暗闇に包まれる。そのためおれと白石は持っていた懐中電灯をつけた。


「それじゃあ、わたしはもう行くわね」白石が言った。


「どこに行くんだよ?」おれは訊いた。


「あなたは宝石を探すんでしょう。だったらわたしがいると邪魔になる。光があると見えないからな」


 おれは眉をひそめる。「どういう意味だよそれ?」


 白石は何も答えず歩き出すと、そのまま闇にまぎれて、消えてしまった。その姿はもうどこにも見えない。


 そういえば振られたときも、こんな感じだったはずだ、とおれは思い出した。だからこそおれは事件のとき、観覧車の前でひとりで呆然としていたんだ。


 おれはため息をつくと、アリスに向き直る。「なあアリス、きみが宝石の場所を知っているのかい?」


「わたしはアカリです」アリスは無表情な顔でそう言う。


「たしかにきみの名は灰田アカリだ。だけどそうやって夢占い師の格好をしているからには、いまはアリスなんだろ?」


「わたしはアカリです」


 おれはあきらめのため息をついた。「わかったよアカリ」


 アリスは夜空を見あげる。「光がないと、こんなにも星が輝いて見えるなんて知らなかった。まるで宝石みたい」


「なんだよそれは?」顔をしかめた。「いまのこの状況を皮肉っているのか。そんなこと言ってないで、宝石の場所を知っているのなら教えてくれ」


「こっちです」


 アリスはそう言って歩き出した。だがアリスは自分が持っている懐中電灯をつけようとしない。なのでおれが行く先を、自分の懐中電灯で照らす。


 やがてアリスとおれはミラーハウスへとやってきた。そして中へはいると、あたりを見まわす。そこにはすでに鏡は撤去されており、中はがらんどうとしている。床の白黒の床パネルが、かつてここがミラーハウスだったことの名残だ。


「アリス、どこにあるんだ?」おれは訊いた。「ここのどこに宝石が隠されているんだよ?」


「わたしはアカリです」アリスが言った。


「……それでアカリ」おれは言い直す。「ここのどこに宝石があるのか、きみが教えてくれるんだよね」


「わたしは知らない」


「知らない?」おれは眉根を寄せる。「それじゃあどうして白石は、きみが知っているかのように、言っていたんだ?」


「わたしがアカリだから」


「……意味がわからない」おれは肩を落とした。「もういいよ。とにかくここにあるってことだな」


 おれは懐中電灯の光芒をあたりに走らせ、怪しいところがないか調べはじめた。だが何も見つからない。そのためだんだんと不安を募らせた。


 はたして自分はほんとうに隠し場所を知っていたのだろうか、と疑問に思いはじめる。現実でアリスは、知っている可能性が高いと言っていたが、この状況ではそれも疑わしい。こうして夢のなかで自分自身の無意識に問いかけているにもかかわらず、未だになんの手がかりもない。アリスに至っては懐中電灯をつけて手伝おうとせず、ただおれのあとにつづいて歩くだけだ。


「なあ、アリス」おれは振り返る。「おれのあとをつけてないで、きみもいっしょに探してくれよ。その懐中電灯をつけて、手伝ってくれないか」


「わたしはアカリです」アリスが言った。「それにこれは——」


 そのとき悲鳴が聞こえてきた。すぐにその声が白石のものだとわかると、おれは走り出していた。ミラーハウスを出ると悲鳴のする方へと向かう。


 すると向かう先に、白石とキャットマンが争っているではないか。キャットマンはいつもの悪夢と同じように、ハンマーを持って白石を襲っている。


「またかよ!」おれは叫んだ。「何度も何度もいい加減にしろ!」


 だがおれがたどり着く前に、白石のその頭にハンマーが振りおろされた。それを見ておれは怒りの雄叫びをあげると、キャットマンに対して体当たりを食らわせた。


 おれたちはそのまま地面を転がると、お互いに手に持っていた物を落とした。おれはすかさずハンマーを拾いあげると、倒れているキャットマンに向けてハンマーを振りおろす。何度も何度も、その手に不快な感触が残ろうとも、それを繰り返した。


 やがてキャットマンは動かなくなる。おれはハンマーを投げ捨てると、懐中電灯を拾った。そしてキャットマンの猫のマスクをはがすと、その顔へと明かりを向けた。その正体は白黒の福沢諭吉だ。


「……またかよ」おれは舌打ちする。「またこれかよ」


 おれは福沢諭吉の胸ぐらをつかむと、その体を激しく揺さぶる。


「いい加減に教えろよ!」おれは力のかぎり叫んだ。「聞こえているか。おれ自身に言っているんだよ。おまえは犯人の顔を知っているはずだ。だからさっさと教えてくれ。頼むから教えろ!」


 おれが言い終えると、雲間からふたたび月が現れる。するとまわりが明るくなってきたかと思いきや、目の前にいたはずの福沢諭吉は消えていた。代わりに緑山ドリームワールドのマスコットキャラクターであるラビットくん、それにその仲間であるカラーラビットたちがいる。カラーラビットは左からレッド、オレンジ、イエロー、グリーン、ブルー、パープルの順番で並び、色のグラデーションを作っていた。


 パープルラビットが一歩前に足を踏み出す。「ようこそ夢の世界へ」そう言ったその声は、アリスの声だった。


 自分の置かれた状況に困惑していると、突然ラビットくんが火を噴いて燃えだした。するとパープルラビットはどこかへ逃げ出す。だがほかのカラーラビットたちは動かない。そしてどこからか猫が現れると、オレンジラビットに向かって威嚇をする。


 おれは目が覚めるまでのあいだ、その光景を呆然と見ていた。

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