↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/64

第四幕 第三場

 おれは黄瀬エミを追って雑居ビルの外に出ると、その姿を求めてあちらこちらに視線を走らせた。そしてその姿を見つけると、急いで駆け寄る。


「おい黄瀬、待ってくれ」


 おれが呼び止めるも、黄瀬は振り返らないまま、足早に進みつづける。なのでおれは後ろからその腕をつかんだ。すると黄瀬は立ち止まってくれた。


「なんの用なの黒川?」黄瀬は振り向かずに言う。


「頼むから話を聞いてくれ」


 おれがそう言うと、黄瀬はゆっくりと振り返る。その表情はきびしく、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。その姿を見て、おれは動揺を覚えてしまう。


「……話ってなに?」黄瀬はいまにも泣き出しそうな声で言った。


 これはまずい、と思った。ここで話をつづければ、道の真ん中で泣き出してしまいそうだ。そうなれば、いろいろと面倒だ。


「とりあえず、場所を変えて話をしよう」


 おれは黄瀬の手を引いて、近くの公園へと向かう。そしてそこにあるベンチに黄瀬をすわらせると、そのとなりに腰掛けた。


「さっきのは誤解なんだ。おれとアリスは黄瀬が考えているような関係じゃないんだ」


「……アリスって呼び捨てにしているんだ」そう言った黄瀬の声は落ち着きをとりもどしていた。「やっぱりそういう関係なんだ」


「いや、ちがう。これはその……」おれはそこで気を取り直すかのように咳払いする。「アリス先生とは、そういう関係みたいなものではない。だから勘ちがいしないでくれ」


「だったらなんであそこにいたの?」


「それはその……」


 おれは口を濁してしまう。事件解決のために、アリスに協力してもらっていたなど、容疑者のひとりである黄瀬に言えるはずもなく、もしそんなことをすれば、アリスに実害が及ぶかもしれない。それは避けなければいけないことだ。だからほんとうのことは話せない。ならどうやってこの場を乗り切るべきだろうか……。


「悪夢について、アリス先生に相談していたんだ」おれは声の調子を落とした。「おれがトラウマになっている、白石が殺される夢を、何度も見るようになってしまったからね」


「なるほどそうだったの。それはわかった。それでどうしてああなるわけ?」


「それはそのだな……」


 おれはまたしても窮地に追い込まれた。アリスの過去の話を聞いて、ああなったとは説明しづらい。それはアリスのプライバシーにかかわることだし、それにその恋人が自殺したことなんて、黄瀬には話せない……えっ?


 黄瀬と金森先輩はいとこ同士。なら金森ヒデノリの弟であるタクヤなる人物を知っているはずだ。その人物と交際していたアリスのもとへ、どうして黄瀬は訪ねてきたんだ。


「なら逆に聞かせてくれよ」おれは言った。「どうして黄瀬はあの店にやってきたんだ?」


 黄瀬は眉を吊りあげた。「話をごまかす気なの?」


「ちがうそうじゃない。ただその前に確認したいことがあるんだ。だから訊いているんだよ」


「そんなのあなたといっしょよ」黄瀬は口を尖らせた。「わたしも白石が亡くなって、それについての夢を見ると話したでしょう」


「ああ、たしかそうだったな。けど理由はそれだけなのか?」


「それはどういう意味?」黄瀬は首をかしげる。「それが理由だけでは、おかしいってことなの?」


「いや、べつにおかしくはないが」おれは眉根を寄せる。「もしかしてアリス先生のことを知らないのか?」


「そのくらい知っているわよ。夢占い師だってことでしょう。だから相談している。そうじゃなきゃ、あの店に来ないわよ」


 もしかして黄瀬は、いとこのタクヤがつき合っていた相手が、アリスなのだと、知らないのかもしれない。


「なあ黄瀬、このあいだおれが金森先輩とあった話をしたよな」


「ええ、したけど」黄瀬は困惑しつつもうなずく。「それがどうかしたの?」


「そのときに言われたんだ、おまえの気持ちはよくわかる、と。おれにも親しい人をある日突然に亡くす経験をしたからな、とも言われたよ。それってだれのことかわかるか?」


「たぶんヒデノリの弟、タクヤのことだと思う」黄瀬は表情を曇らせた。「一年ぐらい前に自殺しちゃったから……」


「おまえはそいつと仲はよかったのか?」


「ええ、まあ子供のころはよく遊んだりしたから、仲はよかったわよ。けど大きくなるとしだいに疎遠になったわね。会うのは正月の親戚の集まりくらいになった。けどヒデノリとは大学でいっしょになったし、サークルも同じだから、また遊ぶようになったわ。だけどタクヤはちがうから……」


「それじゃあ、どうしてそのタクヤが自殺してしまったのか、その理由は知らないのか?」


 黄瀬は眉根にしわを作る。「一応失恋によるショックからの自殺とは聞いているけど、くわしいことまでは知らない」


「だったらそいつがつき合っていた相手のことも知らないのか?」


「知らないけど……」黄瀬は眉間にさらに深いしわを作る。「ねえ黒川、さっきからわたしに、いったいなんの話をさせるのよ。まったく関係ない話をさせてごまかす気なの」


「いや、そうじゃないけど……、ただ知りたかっただけなんだ」


「言い訳するなら、もっとましな嘘はつけなかったの」


「言い訳なんてとんでもない。おれはただその……」


 おれはふたたび口ごもり、あとにつづくことばが言えなくなってしまった。その姿を見た黄瀬が大仰にため息をついた。


「……もしかしてわたしのせい」黄瀬がか弱い声で言う。「わたしのせいでああなったの?」


「えっ、何が?」


「わたしが白石の浮気をばらしたから、黒川は白石のことを忘れて、アリス先生とああいう関係になったんでしょう」


「それはちがうよ」おれは強く否定する。「それだけはぜったいにない。事件が解決されないまま、おれが白石のことを忘れるなんてことはありえない」


「浮気されていたのに?」


「それでもおれは白石のためにも、事件を解決したいと強く思っている。それに彼女のやり残した夢も叶えたいと思っている」


「レッドローズのことね。おぼえていたんだ。全然口にしないから、忘れているんだと思っていたのに……」黄瀬はそこで声をきびしくさせる。「でもそんな夢を叶えて何になるの? 白石はもういないんだよ。死んだのよ」


「そんなのわかっている!」おれは思わず声を大にする。「だけど、そうしないと、おれの気持ちがすまないんだよ」


「ほんと……お人好しね」黄瀬は冷淡な口調になった。「それなら、わかったわ。もうあなたの好きにしたらいいわよ。事件も恋もあなたの好きなようにね。わたしも好きにするから」


 黄瀬はベンチから立ちあがると、背を向けて歩き出す。


「おい黄瀬」おれも立ちあがり、あとを追う。「待ってくれ」


「来ないで黒川!」黄瀬は叫んだ。「そうやってだれにでも、やさしくしようとしないでよ。そういう態度がわたしみたいな馬鹿な女を勘ちがいさせるから。もうわたしのことは忘れて。白石のことは忘れられなくても、わたしのことは忘れられるでしょう」


 そう告げると、黄瀬は走り出してその場から立ち去った。

 おれは追いかけることもできず、罪悪感にさいなまれならが、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。