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第四幕 第二場

「何よその夢」アリスは不機嫌そうな顔つきで言った。「どうやら事件よりも、わたしに関心があるみたいだけど、これはどういうことかしら。あれほどわたしのことは、特別な感情を持たないよう、しゃべる機械か何かだとでも、思ってちょうだいと言ったはずよ」


「……でも見てしまったんだ」おれは気まずい思いになる。「だからそれはしょうがないことだろ?」


 いまおれは夢占いの館で、見た夢についてアリスに報告し終えたところだ。こちらの予想どおり、アリスは機嫌を悪くしている。だがしかし見た夢については、正直に話すことになっている。だからこれは仕方のないことだ、と自分に言い聞かせた。


 アリスは大きなため息をついた。「どうやら、このあいだのキャンプがまずかったようね。あれほどあなたの夢に影響を与えないよう、気をつけていたというのに……」


「それでアリス」おれはおそるおそる訊く。「この夢をきみはどう解釈するんだ?」


「あきれるぐらい単純な夢だわ。恋人との思い出と、このあいだのキャンプの出来事を、ひとつにしてしまっている。おそらくは同じキャンプ場での出来事だったから、そのせいで結びついてしまった。きっかけはわたしと恋人を同一化させたことがはじまりね」


「おれもそうだと思う」おれは相づちを打つ。


「そしてその後の出来事を再現するために、夢の世界までもが灰色になってしまった。これはあなたが色盲になってからの出来事だから、そうなってしまったと考えられる」アリスはそこで間を置くと、こちらをにらみつける。「それにしても、ようこそ灰色の世界へ、なんてセリフをわたしに言わせたものだわ。これはわたしが話した夢の話に出てくるセリフをもじったんでしょう」


 おれは眉をひそめる。「そんなセリフなんてあったっけ?」


「忘れたの!」アリスは声を尖らせる。「夢が覚醒時においては、その当人が全然おぼえのないような記憶を駆使することがある、そう説明し、たとえとしてわたしの子供のころの夢の話を聞かせたわ。夢のなかで紫色をした人型のうさぎが登場し、ようこそ夢の世界へ、としゃべるとね。それが緑山ドリームワールドのマスコットキャラクターのひとりだとわかった、とも説明したはずよ」


「ああ、そうだったね。思い出したよ」


「つまりはあなたは、わたしに対して強い関心が向いている。だからわたしとの出来事を駆使して、夢を見ようとしていると言えるわ。もう単刀直入に訊くけど、わたしのことをどう思っているの?」


「えっ?」おれは不意をつかれ、素っ頓狂な声をあげる。「えーと、それはその……」


「正直に話してちょうだい。こんなことを問いただすのは不本意だけど、夢占い師としてちゃんと知っておかなくては、今後の夢解釈に支障をきたすから」アリスはそう言うと、まじめぶった顔つきになる。「もしかしてわたしのことが好きなの? 好きだからこそ、恋人と同一化させてしまったのよね」


 アリスの真剣な態度に、これはきちんと答えなければならない、とおれは切実に感じた。


「……正直に話すと、好きかどうかは自分でも、その気持ちはわからない」おれは歯切れ悪く言う。「けれどきみに対して強い関心があるのは認めるよ」


「どうしてわたしに対して、そんなにも強い関心があるの?」


「きみの名を知ってしまったからだよ。灰田アカリ、それがきみの名前だろ?」


 そのことばを聞いて、アリスは大きく目を見開いた。「どうして、わたしの名前を知っているの? 教えたつもりはないはずよ」


「金森先輩から聞いた。いや、聞かされたよ」


 金森ヒデノリの名前が出たことで、アリスは顔をこわばらせた。


「金森先輩が警告してきたんだ」おれは話をつづける。「あの女とはかかわるなとね。そしてきみのことを……人殺しだとも言っていたよ」


「なるほど……」アリスの声音は弱々しかった。「どおりで夢のなかで、わたしは人殺し、なんてセリフを言うわけだ」


「アリスおしえてくれ。きみが金森先輩の弟を追いつめて、自殺に追い込んだなんて嘘だよな。きみはそんなことをする人間じゃないはずだ」


「……あなたがわたしの何を知っているというの?」アリスは語気を強めた。「何も知らないくせに、そんなこと言わないでよね」


「何も知らないわけじゃない。金森先輩から警告されてから、ずっと考えていた。アリス、きみが夢の検閲を説明する際に、その例としてあげた夢があったはずだけど、あれってすべてきみが見た夢の話だったんじゃないのか?」


「どうしてそう思うの?」


「おれが発見したお金について話すのを躊躇したとき、きみは言ったはずだ、顧客のプライバシーはぜったいに守る主義だ、と。そしてたとえ話にすらしたりしない、とも言ったはずだよ。そうなると、きみがその例としてあげた夢は、きみ自身の夢としか考えられない。そうなんだろアリス?」


 アリスは何も答えず、おれから視線をそらした。


「やっぱりそうだったんだ」おれは確信する。「言語的表現の取り換えの例としてあげられた、少女の夢。ある同級生の男子に対して、恋心を抱いていた話。そして同一・混同化の例としてあげられた、女性の夢。恋人と好きなアイドルを同一化させることで、恋愛することに恋をしていたと悟る話。それと連想化の例としてあげた、とある人物の夢。恋人と別れたかった話。これって全部アリスのことなんでしょう?」


 アリスはいまだに何も答えない。ただ苦しげに胸を押さえている。なのでおれは追撃にでることにした。


「それに不安夢の例として、あげた女性の夢。道に迷い街に帰れなくなる。それは現実で異性をひどく傷つけてしまったから。これもアリスのことなんでしょう。そうでしょう?」


「……ええ、そうね」アリスは暗い表情になる。「すべてわたしが経験した夢の話よ」そこで苦笑する声を漏らした。「そうよ、わたしは愚かな女なの。勝手に人に恋をしておきながら、それは自分がただ恋することに恋してたと悟り、それが重荷になって苦しかった。彼はやさしくてとてもいい人だから、余計に自分とは釣り合わない、と感じるようになった。だから息苦しくなって、一方的に振ったの。そしてそのあとは、あなたの知ってのとおり、彼は首を吊って自殺したわ。わたしが彼を殺したのも同然なのよ」


「でもだからと言ってアリス、その死がきみのせいだとはかぎらないだろ」


「わたしのせいよ!」アリスは目に涙を浮かべる。「彼が自殺して数日後にわたしのところに、彼から封筒が送られてきたわ。中身は映像データーのはいったSDカード。わたしはそれが恐ろしかった。わたしに対するどんな恨み言が撮影されているのか、想像するだけで血の気が引いたわ。あなたにはこの気持ちがわかる。自分が死に追いやってしまった相手から、送られてくる呪いの遺書が」


 それを聞いておれは表情を曇らせた。アリスの悲痛な声に、おれは心のなかで、憐憫の情がこみあげるのを感じた。


「とてもこわく恐ろしくて、それを見る勇気はない。でもだからといって、それを捨てることもできない。捨ててしまえば、それこそ最低の女に成りさがるから」アリスはがたがたと体を震えさせはじめた。「相手を殺しておきながら、その最後のことばに耳を傾けようとしない、薄情な人間にはなりたくない。けれどそれを見ることが、どうしてもできないのよ」


「アリス、それはとても苦しかったでしょう」おれはやさしい口調になる。「つらい思いをしていたんだね」


「話を聞いていたの?」アリスは信じられな、と言いたげな表情になる。「わたしは同情されるような女じゃないのよ」


「そんなことない。きみは悪意があって、そうしたわけじゃないだろ。ならそれは同情に値するよ」


「ふざけないで!」アリスは立ちあがる。「わたしは彼を死に追いやった人殺しなのよ。同情なんかしないで。だいたいなんであなたに、そんなこと言われないといけないのよ。自分のことだけを心配してなさいよ。そんな余裕なんてないくせに」


 アリスは興奮した口調でそうまくしたていると、涙をこぼしはじめた。その痛々しい姿を見て、おれは胸がうずくのを強く感じた。


「だからと言って、ほうっておけないよ」おれはそう言うって立ちあがる。「アリス、きみは自分を責め過ぎだ」


「責めなきゃどうするのよ。人殺しなのよ!」


 そのことばを聞いて、自分との境遇を重ねてしまう。自分も亡くなった白石ヒカリのために、犯人を捕まえなければ、と自分を責めて追い込んでいる。そんなのつらくて苦しいだけだ。


「もうやめるんだ」おれは言った。「そんなことをしても、どうにもならない」


「なんでわたしにやさしくするのよ。どこまでお人好しのつもり。わたしのことは、しゃべる機械だとても思っておいてよ」


「思えるわけないだろ」おれはアリスに歩み寄る。「アリス、きみは感情的になりすぎている。少し落ち着いたほうがいい」


 おれはアリスの肩に手を置こうとしたが、払いのけられた。するとアリスは、おれの胸ぐらを両手でつかんでくる。


「やっぱりあなたってむかつくわ」アリスは声を震わせる。「自分勝手なくせに、こんなときだけやさしくする。最初会ったときに、いきなり恋人と死に別れるつらさがわからないんだ、って言われたときも、ものすごく腹が立った。あなたよりも不幸で、苦しんでいる人間だっているのに。それなのに自分が世界でいちばん不幸みたいな顔してて、ほんとうにむかついたんだから」


「……そうだったんだ。ごめん。だけどそれでも協力してくれていたんでしょう。ほんとうにありがとう」


「感謝しないでよ」アリスは苦しげに顔をゆがめると、おれの胸に自分の額をつける。「わたしがあなたに協力したのは、自分のためよ。わたしは罪人だから、あなたのような不幸な人間を助けることで、罪の意識を薄れさせようとしただけなの。だからあなたを利用した。ただそれだけのことよ。だからわたしは同情も感謝もされるような人間じゃないの……」


 そのことばを最後に、アリスは泣き出しはじめた。おれは静かにその背中に手をまわすと、アリスをやさしく撫でて慰める。


 しばらくのあいだそうしていると、不意に物音が聞こえ、おれははっとする。そのため音のした方へと顔を向けると、そこには部屋の戸口でたたずむ黄瀬エミの姿があった。


「なんで黒川がここにいるの?」黄瀬が呆然とした口調で言う。


 そのことばを聞いて、この状況は黄瀬にとっても予想外の展開なのだと悟る。そして黄瀬とひさしぶりに再会した場所が、自分がいまいるこの雑居ビルの外だったことを思い出した。もしかしてここのお客だったのだろうか?


「アリス先生、これはどういうこと?」黄瀬が言った。「どうして黒川とそんなことしているの?」


 アリスはおれの胸から顔をあげると、涙をぬぐって黄瀬へと目を向ける。ついで壁にかけてある時計へと視線を向けた。


「ごめんなさい黄瀬さん」アリスが言った。「もう四時になっていたのね。あなたの予約の時間だわ。ちょっと彼と話し込んでしまって、時間を押してしまったみたい」


 ふたりのやりとりから、やはり黄瀬はこの店のお客だったのだと、おれは確信した。


「……ねえ黒川」黄瀬はきびしいまなざしを浴びせる。「あなたはここでいったい何をしているの?」そう言うと、引きつった笑みを浮かべる。「アリス先生とそういう関係だったの?」


「ち、ちがうぞ黄瀬」おれは慌てて否定する。「勘違いしないでくれ。そういうわけじゃないからな」


「嘘言わないでよ」黄瀬はわなわなと体を震わせる。「どこからどう見ても、そういうことなんでしょう。そうだったんだ。もう白石の代わりはいたんだ。だったらわたし馬鹿みたいじゃないのよ」


「白石ちがうんだ、聞いて——」


「聞きたくないわよ!」黄瀬はおれのことばをかき消す。「どうせわたしのことなんて、どうでもいいくせに」


 黄瀬はそう言うと、足早に部屋を出て行く。どうやら勘ちがいさせて、怒らせたのはまちがいないようだ。


「彼女を追いかけて」アリスが言った。


「えっ、でも……」状況が状況だけにおれは躊躇してしまう。


「黄瀬さんと知り合いなんでしょう。だったら行きなさいよ」


「だけどまだ——」


「わたしのことはもういい」アリスは少しさみしげに微笑む。「だから行ってあげて。お人好しならそうしなさいよ」


 おれがどうするべきか迷っていると、アリスはおれの背中を押しはじめた。


「お願い、行ってちょうだい」アリスが言った。「いまここで、これ以上あなたといっしょにいたら、わたしがおかしくなる。だからしばらくひとりにしてちょうだい」


「……わかったよ」

 おれはそう告げると、黄瀬を追いかけるべく部屋を出て行った。

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