第三幕 第十三場
いまおれは、アリスが運転する車の助手席にすわっている。そして見た夢の結果について、報告し終えたところだ。
「どうやら犯人の顔が、浮気相手の男だったらしいけど」アリスが言った。「その彼が犯人なのかは疑問だわ」
「どうしてそう思うんだ?」おれは質問する。「おれははっきりと夢のなかで見たぞ、あいつの顔を」
「あなたはあんなにもかたくなに、夢のなかで犯人の顔を見ることを無意識に拒んでいたはずよ。たとえ見たとしても、それを別人である福沢諭吉に同一化し、その正体を隠していた。にもかかわらず、今回はこうもあっさりとその顔を見せている。これはどう考えてもおかしいわ」
「たしかにそうかもしれないけど、見たのは事実だよ」おれは言い張った。「だいたいおれは犯人の顔を知っているはずだ。だったらあいつが犯人のはずだ」
「ちがうわね」アリスは声を強めて否定する。「おそらくあなたは、恋人に浮気されてくやしかった。だからその浮気相手であるその男を犯人にすることで、夢のなかで復讐しているのよ。言ったでしょう、基本的に夢は願望を叶えるものだとね。あなたはその彼に犯人であってほしかったのよ、恋人を殺した人間としてね」
そう指摘され、おれは図星かもしれないと思い、表情を曇らせた。たしかに赤松コウキが犯人であってほしい、というのはおれの願望なのかもしれない。それが夢に影響した可能性は否定できない。
「それにほかにもおかしいところがある」アリスが言った。「いままでは犯人は猫のマスクをかぶっていたはずなのに、今回にかぎっては、マスクをつけずにその顔を直接さらしている。これはあなたが知っている事実とは反することでしょう」
「……そうだな」おれは不承不承ながらうなずいた。「たしかに、おかしいよ」
「それに猫が登場するのも、いままでの悪夢とはちがう。その猫から容易にキャットマンを連想することができるわ。これはあなたの願望から犯人を浮気相手へと変えてしまった。だけど真実を知りたいという思いが猫を登場させ、ほかにキャットマンが、真犯人がいるのだと、無意識に伝えてきている。そうとしか考えられない」
つじつまの合う説明なので、それがほんとうの真実なのだろう、とおれは認めざるをえなかった。たしかにいままでの悪夢とはちがう点があるし、それに犯人も簡単にわかってしまうのもおかしい。
「だとしたら、あいつは犯人じゃないってことか……」
「勘ちがいしないでよ、黒川さん」アリスが言った。「あくまでもその夢からでは、その人物を犯人だと断定できないのであって、その人物が実際に犯人かどうかは、また別の話よ」
「そうだな」おれは頭を抱える。「だとしたら、せっかく夢を見たというのに、なんの手がかりもなしか……」
「そうとは言えないわよ。最初のテントの部分の話は興味深かったわ。錯覚形成がうまくいって、事件当日の出来事を再現できたにもかかわらず、恋人から大事な話があると言われたとたん、悪夢へと急につながってしまう、このもおかしな現象。いきなり過程を飛ばされ、事件現場へと場面が変わってしまったんでしょう」
「ああ、そうだよ。まったく意味がわからなかった」
「なるほどね、だんだんとあなたの夢の傾向がわかってきたわ」
「夢の傾向?」
「そうよ」アリスはうなずいた。「人それぞれということばがあり、人の特徴や傾向が個人個人で異なるように、夢にもその人の特徴や傾向が見られるの。あなたの場合、知りたくない事柄については、とことん隠す傾向にあるみたい。だから犯人の正体を隠すし、恋人との会話もすっ飛ばされた。実際にあったであろう恋人との大事な話を、検閲によって歪曲するのではなく、そっくりそのままなかったことにされている。よほど知りたくないことだったと思われる、犯人の顔を知ること以上にね。おそらくもう一度、同じ夢を見たとしても、同じような結果になるでしょうね」
「そうか」おれはため息をついた。「それは残念だ」
「あと少し、気になる点がいくつかあるわ。前回の夢とは微妙にちがっていたけど、おおむね同じ内容だったのよね。ただレッドローズということばが赤いバラに変わっていた。おそらくは言語的表現の取り換えか、もしくは連想化による検閲でしょうね。でもそのおかげで赤いバラから恋人の墓に手向けた花を連想して、その結果、自分が夢を見ていることに気づいた。そうでしょう?」
「そうだよ」
「その点は納得できるのよ。けどどうしてあなたの恋人が、両手にふたつの懐中電灯を持っていたのか、それが不思議だわ。これって明らかに不自然よね。だから検閲がはいったと考えるべきなんだけど、ふたつの懐中電灯と聞いて何か思いあたらない?」
おれはしばし考えるも何も浮かばない。「何もわからないな」
「そう……」アリスはため息をつく。「まあいいわ。何かわかったら、つぎのときにでも教えてちょうだい」
「わかったよ。そうする」
こうしておれは、有力な手がかりをつかめないまま、この日は、アリスと別れることになった。




