第三幕 第二場
気がつくとおれは、観覧車のゴンドラの中でシートに腰掛けていた。目の前には青木ソウスケと赤松コウキが、そしておれのとなりには黄瀬エミがすわっている。みんなはそれぞれ窓の外へと視線を向けていた。
現在の状況が理解できないまま、おれはそれぞれに顔を向けると、そのあとで窓の外へと目を向ける。すると眼下には、太陽の日差しを浴びた緑山ドリームワールドの姿が。その光景を見て、なぜ自分がここにいるのか、ますます理解できなくなる。
「おいみんな」おれはたまらず声をあげた。「おれたちは何をしているんだここで?」
みんながおれに顔を向ける。その表情はいぶかしげだ。そのためさらに混乱はいや増す。
赤松がおれを手で指し示す。「おまえがおれたちを、ここに連れてきたんだろ」
「えっ、おれが?」
「そうだよ黒川」青木が言った。「こんなおんぼろに乗せられて、正直こわいんだよね。いつ落ちるかわからないし」
「わたしもこわい」黄瀬は顔を青ざめさせる。「ほんとうに落ちたらどうしよう……」
何がどうなっているんだ、とおれは思った。そもそも緑山ドリームワールドは閉園していたはずだ。それなのどうやってゴンドラに乗ったんだ。そもそもこの観覧車は動いているのか?
おれはふたたび外に視線を向ける。すると徐々に視線は高くなっていくではないか。この観覧車は確実に動いている。やがてゴンドラが頂上に着くと、視線の先に色鮮やかな虹が現れた。
「……虹だ」おれは思わずつぶやいた。
するとみんなもそこへ視線を向ける。
「きれいね」黄瀬は感じ入った様子だ。
「虹ですか」青木は眼鏡をくいっと持ちあげる。「なるほど、たしかにこの光景は美しいですね」
「虹か」赤松は腕を組む。「なんであんなに色鮮やかに見えるんだろうな」
「光の屈折による現象だよ」おれは自然とそれを口にする。「それに知っていたか。虹にも種類があって、あの虹は外側が赤くて内側が紫色だから、主虹って言うんだ。もしこの外側と内側の色が逆のグラデーションなら——」
おれはそこまで言いかけてはっとする。ここは夢の世界だ!
「どうしたの黒川?」黄瀬が言った。「話をつづけなよ」
「……主虹と逆の色のグラデーションなら」おれは視線をゴンドラの中へともどす。「副虹って言うんだよ」
「なるほどね」赤松は感心したかのように言う。「よく知っていたな。意外だよ」
「白石に教えてもらった」おれは表情をきびしくさせる。「この中にいるだれかが殺したであろう、白石にな」
それを聞いて、みんなは身をこわばらせた。
「なあみんな、いい加減に教えてくれないか。あの日、おれと白石は金を回収しにここに来た。そしてそれを待ち伏せするかのようにして現れたキャットマンに、おれたちは襲われたんだ。こんなことができるのは、あの金のことを知っている人間しかいない。つまりはこのなかにいる、おまえたち三人だ」
みんなはその表情を曇らせると、おれに不安げな視線を投げる。そしてそれから、お互いに視線を交わしはじめた。
「なあ赤松」おれは言った。「おまえが殺したのか?」
「馬鹿なことを言うな黒川」赤松はむっとしている。「おれも白石のことが好きだったんだよ。好きな相手を殺すはずないだろ」
おれは視線を青木へと向けた。「だとしたらおまえが殺したのか。小学校からの腐れ縁だったんだろ。それなのにどうして殺せた?」
「ひどいことを言うね」青木はうんざりといった様子で、首を横に振る。「ぼくがそんなことするはずないだろ」
おれはとなりにすわる黄瀬に顔を向けた。するとこちらが問いただす前に、黄瀬は首を大きく横に振る。
「わたしじゃないわよ」黄瀬が言った。「黒川にはわたしが人殺しに見えるの?」
おれは何も答えず、目頭を押さえてうつむく。夢のなかとはいえ、みんなを人殺しとして疑うのは、とても心苦しく、罪悪感を覚えてしまう。
「……わかったよ。みんなを信じるよ」
そう言っておれが顔をあげると、いつのまにかゴンドラはは下に着いていた。みんなはゴンドラから外へとおりはじめる。自分もそれにつづこうと、腰をあげたとき、ゴンドラの中にライターが落ちているのを発見した。おれはそれを拾い、ゴンドラをおりる。
「ライターが落ちていたぞ」おれは言った。「だれのだ?」
おれが質問すると、みんなは手振り身振りで、そんな物は知らないとジャスチャーしてくる——
おれは目覚めると、ぼんやりとした頭で天井を見つめる。そしていま見た夢を忘れぬよう、記憶に焼き付けた。