第7話 白狼
なんかホノボノムードから一変。後半が……。
何処からかジリジリジリ……と目覚まし時計の音が響き、耳に届く。その目覚まし時計の上についているボタンを押して起き上がった瑜磨。
時刻を見ればまだ朝の5時半で、瑜磨の姿はあまりにも酷かった。綺麗な黒髪は寝癖で所々に跳ね、パジャマのボタンは外れてはだけていたのだ。その格好からは寝相の悪さが感じられる。
「…もうこんな時間か……。」
大きく伸びをして瑜磨はベッドから降りる。そのまま部屋に備え付けてある洗面所に行き、顔を洗う。
「ん〜……。」
冷たい水で洗ったのにも関わらず、頭の中では霧がかかっている。
その原因は……梦羽。彼女は出会ったばかりの瑜磨達の前に偶然現れ、一緒にいることになったからだ。瑜磨にとって梦羽に対する疑問がずっと頭の中の大半を占めていた。
モヤモヤした状態のまま普段着に着替え、部屋を出た。
女子の部屋と男子の部屋のちょうど中央にある場所に行く。そこはパラソル付き丸いテーブルがある調理場だ。
調理場には竈がある。その竈は火をつける場所には手動でないと火がつかないようになっている。毎回めんどくさいが、イマドキのガスコンロやIHはやり方がわからないという意見で変えていない。
「ん……?」
目を擦り、先の方を見つめれば人影があった。
「あ、おはよう。」
「……おはよう、お兄ちゃん。」
瑜磨は椅子に座る。斜め前には未依が立っていた。
「お兄ちゃん、何でそんなしかめっ面してるの?」
「んー、そうか?」
「そうだよ。せっかくのイケメンなのにさ?」
「……ありがとな。」
瑜磨は顔を少しだけひきつらせ、未依を座らせ、隣に自分が座った。
「お兄ちゃん、また考え事してたの?」
「んー……?」
「『んー?』じゃわからないし……。」
未依は先程の瑜磨と同じように顔をひきつらせると手を握る。
「お兄ちゃん、何考えてたのさ?」
「……。」
瑜磨は顔を伏せた。たとえ妹とはいえ、今考えている事を伝えれば未依は怒るか悲しむだろう。
__梦羽と名乗った少女が信じられない、とな。
とても人懐っこくて人を疑うことをしない未依は、“昔”はそれで騙された。だが騙された事があっても疑うことをしない妹が危なっかしい。未依が幸せに暮らせるようにと瑜磨は人を疑うようにした。突然現れて仲間となった梦羽の行動がどれも怪しく見えてしまう。
「……お兄ちゃん?」
未依は言い表せないような顔をしていた。眉尻を下げ、口をきつく結び、青の瞳には怖い顔をした瑜磨が映っていた。
__…未依……?
瑜磨が未依の頭を撫でると、未依は目を瞑ってされるがままにされていた。無防備な姿の妹の頬をきつく摘まめば「!いひゃいよっ!!」といつものように怒る未依に優しく微笑む瑜磨だった。
「出来た♪」
あのまま頬を摘まんでいると未依が立ち上がり、「料理するから!」と声を上げ、調理場へといってしまった。
未依が鼻歌を歌いながらこちらへ向かっていく。甘い香が瑜磨の鼻孔をくすぐり、「今回は大丈夫だったか。」と思う。
未依が持ってきた白のお皿の上には焦げ目がついている美味しそうなフレンチトーストに葉野菜のサラダ。サラダといっても細く千切りで切られていた。
瑜磨がじっと見ていると未依は兄の目の前に置き、続いてスープを持ってきた。
それはそれはとても不思議な色の液体だった。
「これは?」
「えっと、オニオンスープだっ!」
未依は「味見したらまあまあだったから大丈夫」とこれも目の前に置いた。
「大丈夫じゃないだろ?」
大きめな声で言ったのにも関わらず、他にも2つ持ってきてしまう。
2つの内、1つは未依用に。もう1つは。
「お待たせしました〜……!」
遅れてきた梦羽用だった。瑜磨は悟られないように笑いながら梦羽を自分の隣へ座らせる。梦羽は欠伸をしながらも小さく礼を言った。
「大丈夫ですか?」
未依が声を掛ける。
「何か昨日から心配され過ぎてますが大丈夫ですよ〜……。眠るのが遅くなっただけです!」
梦羽はにっこり笑う。寝不足らしいが目の下にはクマはなかった。
「そんなことより今日の朝ごはんは可愛らしいです。どなたが?」
未依が手を挙げると梦羽は「じゃあ、美味しくいただきますね♪」と手を合わせた。
「どうぞどうぞ♪」
自身満々で胸を張る未依。梦羽はナイフとフォークを器用に使い、食べていく。
「ん〜♪美味しいです。」
未依は嬉しくて跳び跳ねる……のを瑜磨は頭を抑え、食べていく。
「……遅くなったがおはよう、梦羽。あと未依も。」
「……はい、おはようございます。」
「お兄ちゃんがやっと挨拶した。」
瑜磨は煩いと未依の頭を軽く叩く。。そして静かに食べろと言葉ではなく目で語る。
「……。ところふぇさ。」
「モコモゴしながら話したら汚いですよ?ほら、口の回りに。」
立ち上がり、未依の隣に移動して、梦羽はナプキンで顔を拭いた。その姿はまるでお母さんと子供みたいだ。
「んっと。ありがとうございます、梦羽さん。ところでお兄ちゃん。」
「ん?」
「このテントがあるならどうして街で使わなかったの?」
瑜磨は小さく唸り、フォークを置く。
「どうせ街にいるならちゃんとしたところで泊まりたかったからな。」
テントは緊急時用、と付け足すと未依はなるほどと頷いた。
梦羽はいつの間にか兄妹自身の話を聞きながらもフレンチトーストを食べていた。そしてスープを一気に飲んで「ぷはぁ。」と息を吐き出した。
「私、後片付けしますね。今はもう使わないお皿とかありますか?」
「……いや、俺がやるから。」
「そうだよ!お兄ちゃんに任せたら?」
梦羽は首を横に振り、にっこり笑って断ることを伝えるとゆっくり食べていたのが嘘のようにテキパキと後片付けをし始めた。
「……早いな。」
「早いね。」
あっという間に梦羽は自分が使ったお皿やスプーン等をもとあった場所に戻す。兄妹が食べ終わるのを確認すると梦羽はサッと奪い、洗うとそのまま布巾で拭き、戻した。
「はい。終わりました。」
「ありがとうございます!」
「ありがとう。じゃあ後10分後に出るから、支度しといてくれ。」
瑜磨の頭の中は余計に考えがこんがらがってしまい、整理する為にその事を伝えるとそさくさと部屋に戻った。
朝食を食べてから10分後、3人はまた調理場にいたが今度は荷物を持っていた。
「……いいか?これから出るが森の中だ。魔物たちがウジャウジャいるから気をつけろ。」
「うん。」
「はい。」
瑜磨は指で小さな円を書くとその中心を軽く触る。
「手、繋げ。」
三人は手を繋いた。円から光が溢れだし、未依と梦羽は目を瞑った。
「ほら、着いたぞ。」
瑜磨の声で目を開ければそこには木々が生い茂る、森の中だった。
梦羽は空気を肺一杯に吸い込む。
__いつもの空気だ。……でも、何か変?
梦羽が首をかしげると同時に未依が叫ぶ。
「魔物っ!」
辺りを見渡せばそこには魔物。と、見慣れない動物。
「何、あの狼みたいなのは。」
「あれは白狼です。普段は大人しいのに、どうしたのかな……。」
「グルルルルァ¨ア¨!!」
白狼は3人を視界に入れると襲いかかる。鋭い牙を剥き出しにし、低くて恐ろしい唸り声をあげて。
「っと……。何、こいつら…コンビでも組んだのか?」
「かもしれないね。白狼も遂には魔物と同じってことさ。」
「……先に魔物を潰す。」
瑜磨と未依は武器を取り出す。瑜磨が走って魔物を斬りつけ、消していく。注意が瑜磨にいっている間に未依が魔物を潰していく。
その間、梦羽は何もしていなかった。いや、何も出来なかったのだ。胸にかけているネックレスをぎゅっ……と握りしめて。
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「……よし。これで魔物は潰したな。あとは白狼だけだ。」
瑜磨が白狼に斬りかかる。未依も矢をセットしていつでも射てるように構える。
唸り声をあげながら近づいてくる白狼。隙を見つけようとする兄妹。先に動いたのは、
「ガル¨ル¨ルルルァ¨ァ¨!!」
白狼だった。瑜磨は狙っていたと言わんばかりに目を細め、勢いよく飛び出す。そのまま正面で斬りかかると思いきや膝を曲げ、白狼の足の間を通り抜ける。白狼は体長二メートル以上あり、足が長いのが特徴だ。その特徴を生かして瑜磨は刀を一気に上に上げた。
「ガァルルルルルァ¨ァ¨!!」
森に響く叫声をあげながら白狼は倒れた。瑜磨は白狼の血を浴びて赤く染まっていた。
「お兄ちゃん!まだいるっ!」
瑜磨を取り囲んだ白狼5匹。其々が牙を見せつけ涎を垂らしていて、ジリジリと近づく白狼に瑜磨は刀を構える。
そして同時に敵へ自身の武器を向ける。白狼達は牙と爪で、瑜磨は一匹の血が滴る刀を。
「ガルルルルアァァア!!」
「……。」
瑜磨は何も言わず、白狼の体を斬りつける。刀は何の抵抗もなく白狼の中へと飲み込まれていき、同時に激しい血しぶきを上げ、倒れた。
「……!!」
それを見た白狼達は皆森の中へと逃げて行った。
「お兄ちゃん、血だらけ……。って怪我してるじゃんか!」
「……平気だ。」
白狼の血でわかりづらくなっているが、左肩を牙でやられていた。
「梦羽。」
「……っ。」
__いや……、やめて……!!
梦羽は頭を抱え、その場に膝をついた。
「梦羽!!」
「はっ……!」
梦羽は声をあらげた瑜磨の声で顔をあげた。
「どうしたんですか?」
「いえ……。そんな事よりも瑜磨くんの怪我を……!」
梦羽は本を取りだし、肩に触れる。
「いっ……!」
「痛いですが我慢してくださいね?」
梦羽は小さな声で唱えると傷口から血が流れなくなった。
「今は一旦傷口を塞いだだけです。ちゃんとしたところで見てもらってください。あと、無理したらまた傷口が広がって溢れますから。」
梦羽は小さく笑った。
「……でも血だらけで広がったとき見えないからダメですね。」
梦羽は歩き出す。
「一晩寝たら道がわかりました。確かこっちの方に滝がありましたから、そこで洗ってください。」
梦羽は木を掻き分けながら歩いて行く。続いて付いてくる兄妹が歩きやすいように。