第9話 着付けしました
連れていかれた先には高貴な人しか入れない気がする邸があった。例えるなら将軍様が住んでいるようなお城だと梦羽は思った。
「さぁさぁ、遠慮せずにいらっしゃい!」
美女が腕を取ってしまうのではと思うほど痛いくらいに梦羽の腕を引っ張る。ツンと鼻にくる香りが邸から香った。
瑜磨は邸の中を見渡す。美女が着ているような煌びやかな服が廊下沿いに並んである。しかし、個人的にこういう派手なのはあまり好きではない。
「さ、お嬢さん達はこちらへ!お坊っちゃんはこちらへ!」
未依の腕も引っ張り、二人は半ば無理矢理にカーテンが掛かっている更衣室に連れていかれた。
「もう良いのを選んであるから、着てみてね」
ピクリと瑜磨は眉を動かした。美女の行動が早すぎるからだ。
__タイミング良すぎないか?さっき会ったばっかりなのに服を用意している……。
更衣室に入った未依は掛かっていた服に触れた。とサラサラしていて滑らか、敏感肌の未依にとってありがたい。その服は金髪が映える黒い色で赤い牡丹が描かれていた。
「これ、どうやって着るんですか?」
いつも着ている服より穴が多く空いていて、立体的ではなく平面的だった。
「あらら……。教えてあげるわ♪」
美女は更衣室の中へ入っていき、黒い服を着せていく。
「これは着物と言うの。」
服について説明しながらテキパキと整える美女。途中で腰紐で思いっきり縛られたときにはくぐもった声を出してしまった。
「きついです……。」
「そんなこと言わないの!大丈夫、綺麗よ。ほら!」
美女は帯を締めると未依の背中を押し、何処からか取り出した鏡を見せた。鏡に写る自分の姿は本当に自分なのかと疑いたくなる程大人びていた。普段じゃ見れない上品な女性らしさが出ている気がしたからだ。
「さ、待っててくれている人に見せに行きましょう?」
「あ、はい!」
未依は更衣室から出て、今まで着ていたコート類が気になって振り返る。気持ちを知っていたのか美女が服を畳んで持っていた。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
美女が未依の後からついてくるが、一緒に入った梦羽の姿が見当たらない。まさか何かあったのではないかと美女を見つめた。
「あの、梦羽は?」
「あの子、梦羽と言うのね。その子は今着付けているわ。」
美女は「ほら。」ともうひとつの更衣室を指差す。更衣室を見ると白いカーテンが揺れ、隙間から梦羽の手首が見えた。
「苦戦しているようね。」
「あはは……大変そうだ。」
未依は手伝おうと梦羽の方へ体を向けるが手伝えることもないと悟ると瑜磨のもとへと見をを翻し、歩いた。
「早くしてくれないか……。」
瑜磨はブツブツと腕を組んで待っていた。そうなってしまうのは仕方なかった。二人が連れていかれてもう二時間が経過しているのだから。いくら着替えるのが遅くても、あまりにも遅すぎる。この時間を街で歩いて聞いていたら『悲劇』について情報がわかったかも知れないのに。
無意識のうちに親指の爪を噛んでいた。そんな時に更衣室の方から二人の人影が見えた。
「遅いぞ。未……。」
瑜磨の声は途中で切られた。目の前に現れた少女がよく知っている妹に見えないからだ。
「えへへ……。どう?」
はにかみながら頬をかく未依。瑜磨は小さく頷くことしか出来なかった。
決してドキッとしたわけでも、妹に変な事を思ったわけでもない。ただ単純にビックリしただけだ。
「なんだお兄ちゃん、何も言ってくんないの?」
「あ、悪い。お前が別人に見えてな。ガサツな妹じゃなくて、そうしてると女子に見える。」
「僕も一応女の子だよ!!?」
未依は失礼なことを言ってくる兄に頬を膨らませながら抗議した。
「そりゃあさー、僕はこんな口調で行動ガサツで短気だけど。」
「自覚はあったか。」
「うん……。言うの二度目だけど一応女の子なんだよ?」
瑜磨はふいっと視線を逸らした。
隣で二人の口論(?)を聞いていた美女は何か閃いたように何度も頷く。
「なら、『僕』じゃなくて『アタシ』とか『私』とか、一人称をそんな感じにしたら?元々可愛いからいいと思うわ♪」
未依は苦しそうに顔をしかめ、首を横に振った。
「ありがとうございます。けどごめんなさい。それは出来ないんだ。自分の身を守るためにもさ。」
「え……?」
未依のその態度に美女は不思議そうに首をかしげた。
「……僕、記憶ないんです。だから、怖い。そんな臆病な自分を隠したくて、『僕』になったからさ。」
未依は幼い頃の記憶を思い出そうと何度も何度も試みた。幼い頃持っていた物を見て考えても、記憶を操る術師を頼ってやってもらっても、全然ダメだった。
ツキンと頭に痛みが走る、それだけだった。
「……ごめんなさい。私……。」
「大丈夫ですよ。気にしないで欲しいです。」
でも……、と続ける美女を未依は肩を軽く叩き、宥めた。そうしているともうひとつの更衣室から声が聞こえてきた。それは生まれたてのひよこのような小さな声で耳のいい者しか聞こえないような声だった。
「ん?梦羽が呼んでる。」
瑜磨は椅子から立ち上がり、梦羽のいる更衣室へと歩き出した。しかし、二人によって止められた。
「なんで行こうとしているのかな?
」
「乙女の着替えを覗くなんて、紳士のすることではありませんよ?」
「……はい。」
瑜磨は椅子に座り直した。それを見届けた未依と美女は更衣室へと小走りで向かっていった。
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「梦羽、大丈夫?」
「大丈夫です……あ、やっぱり全然大丈夫じゃないです……。」
梦羽は左手をカーテンの隙間から伸ばし、未依の服を掴んだ。
チラリと美女がカーテンを捲る。そして目を見開く。
「あらら……。」
「!み、見ないで欲しいです……!!」
未依も気になり、カーテンから覗く。視界に写ったのは着物を着た梦羽。襟元やおはしょりがきっちりと整えられて乱れがない。帯は蝶々結びにされている為に着付けは完璧だった。何だ、『大丈夫じゃないか』と未依は思ってしまう。
「どうしたの?着付け、ちゃんと出来てるわよ。」
「…は……です。」
「「え?」」
とても小さな声でギュッと白いカーテンを掴むと、たくさんの皺が出てきた。
「恥ずかしいんです!」
未依と美女は互いに顔を見合わせ、笑い出す。出てこれない理由はなんて可愛いのだろうかと二人は思った。
「大丈夫。ほら、一緒に見せにいこ?」
手を差し出し、恥ずかしさを収めさせるために微笑みかける。梦羽は瞬きをして未依の手を握った。
「お兄ちゃん、お待たせ!」
「やっとか……。遅い…ぞ……?」
瑜磨がため息混じりの文句の一言が疑問形になってしまった。目の前に着物を着た少女が立っていたからだ。
ぼーっと見つめてくる瑜磨に白に深紅の薔薇の刺繍がしてある着物を着た梦羽は頬を赤らめる。
「あ、の……。」
「あ……!に、似合ってる……。」
梦羽は褒められ、隣にいた未依に抱きついた。未依は思ったよりも小さかった梦羽の頭を撫でた。
「そうだ!このまま着物で外へ出てみませんか?」
「「「え?」」」
美女は細長い指を絡ませ、お願いのポーズで三人を見つめる。
「実は、宣伝してほしいの。ここの街は着物を着るのが当たり前です。が、この頃着る人が減ってきてしまって……。」
「いや……。お、私達は着物を着るために来たのではなくて……、」
「はい!」
梦羽は二つ返事だった。瑜磨は目の前にいる梦羽を睨んだ。
「おい……?今、何て?」
「だから、宣伝しますって!」
「ありがとう!助かるわ……!!」
美女は頬に手を当てて、目尻を下げ、奥へと行く。「宣伝してくれるなら坊っちゃんも!あと下駄と度を持ってくるわっ!」と顔を赤らめ、パタパタと小走りで行ってしまった。
美女の興奮ぎみな笑顔を見てニッコリ穏やかに微笑んでいる梦羽の肩を掴む。
「……何で許可したんだ?そんなことしてる暇ないよな?」
瑜磨は語尾を強調して問いかける。彼の怒りに梦羽はそんなことに知ってか知らずが、一言。
「それはそうだけど……。だって困ってる人をほっとけないもん!」
梦羽はグイッと顔を近づけた。金色に輝く瞳には決意のような、哀しみのような光が見え隠れしている。
「瑜磨くん…、お願い……。」
梦羽は今にも泣きそうになっている。涙が目尻に溜まり、今にも落ちそうだ。
「……わかった。わかったからそんな顔をすんな!」
「……!ありがとう!」
梦羽は今までの表情が嘘のように笑う。そして未依の手を取り、二人でその場にジャンプした。
奥から戻ってきた美女に着物が乱れてしまうから止めなさい!と言われ、未依と梦羽はクスクス笑う。
瑜磨はそのあとに美女に着付けしてもらいながらも梦羽の泣き顔には弱いのか?と考えていた。
「はぁ。俺…、何考えてんだろうな……?」




