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EVOLVERSE FANTASY  作者: 交差化 道也
プロローグ
2/22


 あいつらがユキナリに声をかけたのは、恐らく友達の少ない下位存在で、かつ攻撃する理由のある相手が誰かが分かってきた結果だろう。中学における発言力の大小を決定するのは学力でも運動能力でもない、交流の広さだ。きちんと観察するようなことをしなくても、そういうことは分かってしまうものだ。


 ユキナリの小学校の仲間はだいたい川向こうの学校に進んだから、ユキナリの中学に日乃以外の友達はほとんどいない。小学生なんて非情なもので、離れた友はあっさり忘れるのが常だ。中学で新しく出来た友達、といってよい関係性は2人くらいで、面倒見のよいイケメン風の男子と、同じく面倒見のよいクラス委員の女子だけだった。

 集団から一歩外れ、さりとていじめもされていないユキナリ。テストの成績だけは昔からやたらと高かったが容姿は平凡、経済的には特に問題なし。しかし思い返してみれば人付き合いは得意でもなく、やや意気地なしで、それでいてまた割と我の強い方だったろう。つまり言ってしまえば、ユキナリは典型的な「出る杭」である上に、一度ターゲットにされてしまえば後は延々と続くタイプの人間でだった。


 ユキナリの中学のアウトロー集団、いわゆる札付き――あいつらの初動は、「とりあえず足をひっかける。そして行く手を塞ぐ。そしてどつく」であった。中間テストと期末テストの間、中学生という生活に慣れ始めながらスタイルの確立されていない、なんとなくふわふわした時期の放課後のことだ。廊下を歩くユキナリを、奴らとしては軽い冗談か暇つぶしだろうが転ばそうとした。不意を突かれて驚きはしたものの転倒は回避したユキナリは、心の中で「小学生かよ」と吐き捨て、でも顔には出さずにそのまま通り過ぎて帰った。スルースキルには自信がある。奴らの顔など千分の1ミリ秒すら見ず、産毛1本そよがせずにユキナリは通りすぎた。


 おそらく発端はそれだ。あのとき見事になんの反応も返さなかったことで、逆にユキナリの顔は奴らにはっきり刻まれた。


 次の日、あいつらは放課後にユキナリを校舎裏に呼びつけた。華麗にスルーしよう程度に思っていたのに、校門にはリーダーの腰巾着が一人立っている。それでも何事もなかったかのように帰ろうとしたが、案の定無理やり拉致された。短いやりとり、いやユキナリは何の反応も返さなかったからやりとりですらないそれの後、とりあえず殴られ、蹴られ、ユキナリは何も出来ずに小さく声を上げながらダメージを食らい続けるしかなかった。だってそうだ、ユキナリは喧嘩なんてしたことがない。現金は持ってなかったから、強奪されることはなかった。


 数日後からは、金をもってくるように言われた。この時点で教師に報告しようと心に決めたが、実行に移す勇気はユキナリの中に存在しなかった。それなりに裕福な家ながらお小遣いは多くないユキナリは、そうかからないうちに両親に嘘をついてまで貢ぐようになった。一回の分量はだいたい昼飯代数人分程度、中学生にとっては十分過ぎるダメージだ。


 ユキナリは少なくとも自分を虐げる約三人には意識の上で格別の感慨は持たなかった。殴られても、パシらされても。どうせ奴らはアオミドロほどの脳味噌も無いんだから。それよりもユキナリを驚かせたのは、それまでほどほどに話もしていた《普通の人》――周りの人間の変化であった。最初はせいぜいがいないように扱う、程度だったのだが――。


 あるときはユキナリの目の前で、複数人でノートに落書きした。勿論それまで書き取った授業内容の上に、ペンで。そのまま教師に見せれば事態は解決したのかもしれない。でも騒がれたくなかったから、それからユキナリはノート提出をしなくなった。評定は無論下がった。

 またあるときは、学校規定のジャージを学校の近くの川に流された。ずぶ濡れになって取りにいったが、泥まみれの随分と悲しいことになっていた。急いで帰って、親が帰る前に洗濯と乾燥をした。体育を見学することが多くなった。

 そいつらの中に、あの優しげなイケメンや、クラス委員までもしっかり入っていた。味方をしてくれるのは日乃一人だけだった。


 日乃はいかなるときでも素晴らしく味方であろうとしていた。がしかし、ユキナリは自分のために日乃が行動するのを止めるように必死で懇願した。唯一の信じられる人間を自分と同じ目に合わす訳にはいかない、と日乃と自分自身に言い訳をしながら。日乃の前で公然とユキナリに対しいじめが行われるようなときも、ユキナリは日乃が止めに入ることを拒否した。日乃はしぶしぶユキナリの主張を了承したが、二人になれるときにはいつでもこちらの都合などお構いなしに話し相手になった。ユキナリは若干迷惑そうなフリをしながら、このときだけは素の自分で喋ることが出来た。

「お前もヒマなやつだなあ……」

「ああゆーの嫌いなの、りーも知ってんでしょ? バッカみたい!! あんたも、あんなやつら、刻んで炒めて、三角コーナーに放り込んじゃえばいいのよ」

「ははは……無茶苦茶だ、料理失敗じゃん、《ひーちゃん》」

「無茶苦茶はあいつらでしょ」

「そうだとしてもパブリックスペースでりーって呼ぶな」

「あんただってひーちゃんって呼んでるじゃないよ、りー」

「お前が呼ぶから……」


 普通の顔をして、ある日突然敵になる人。何があっても味方でいてくれる(日乃)


 人の心ってどうなってるんだろう?


 それが、いつしかユキナリがいつも抱く永遠の謎になった。そしてちょうどそのころ、ユキナリに幾つかの変化があった。


 一つは、MM(大規模)(オンライン)RP(ロールプレイング)(ゲーム)との出会いだ。それまでも多少はゲーマーとしての気はあったものの、ユキナリはネットゲームをプレイしたことはなかった。それが、なんとなく当時の新規タイトルをダウンロードし、プレイしたところ完全に魅了されてしまったのだ。

 プレイヤーが皆、思い思いのなりたい自分を演じるこの世界に、ホンモノは無い。だから、《本当の心のかたち》なんて考える必要は無い。また、自分も臆病で幼馴染に助けてもらうユキナリではなく、なりたい自分でいることが出来る。ユキナリがいじめられていることなんか関係なく、強さとマナーで人付き合いが出来てしまう。ユキナリにとって、MMOはこの上なく易しい、いや優しい世界だった。その後睡眠時間も削ったプレイによって、サービス開始時から始めたそのタイトルにおいて、ユキナリは2ヶ月ほどで特に対人の分野で多少名前を、無論キャラネームでだが知られることになった。


 そしてもう一つ、それと連動して起こった変化が――対人関係の不全。

 目の前の人間が何者なのか、解らない。それがユキナリに、現実世界での付き合いというものに対する抵抗感を生んだ。日乃以外のリアルな付き合いを極限まで断ち、仮想世界への親和性を高めていくのに反比例して、ユキナリの対人スキルは急激に下がった。しまいには、他人に恐怖を覚えるようになってしまったのだ。

 それ以来、ユキナリは日乃以外ほとんど会話を行っていない。中ニの夏には、もう他人の目を見ることも上手く出来なくなった。自分の抱えた問題が明るみにでてしまうことも怖かったし、学力に関しては衰えさせたくなかったから、いじめを受けるまま、学校自体には通い続けた。幸いなことに偏差値で言えば70代後半くらいの学力を維持し続けることが出来たので、お金のかからない公立校の中で内申に関係ない入試の成績のみでの合格枠を用意している上位の進学校を選び、中学の面子がまず来ないそこを受験し、入学した。


 高校を決めたときの日乃との会話を今でも覚えている。

「ユキナリ、高校決めた?」

「俺、奈草北にするつもり」

「うわ、奈草北かぁ」

 日乃のリアクションは、少々高い壁を目の前にしたときのそれだった。しかしさほど顔色を変えることなく、日乃は続ける。

「良いじゃん、みんなは行かないだろうし。内申はどうするの?」

「当日の成績で上位1割までは内申に関係なく入れるから、それで」

「あんたゲームばっかりやってるくせにそういうことサラっと言えるの、あたしじゃなかったら付き合い切れないだろうなぁ」

「日乃じゃなかったらサラっと言わないし。お前はどこ行くの?」

 この一言を言うのに、少し勇気が要った。中学の面々から解放されて、新しい環境でやり直すことは何よりも優先すべき目標だったが、誰よりも近くにいてくれる幼馴染だって自分の行くべき高校へ進学するはずで、勝手きわまる話だが、そのことに不安を覚えないわけではなかったから。

 はたして、日乃は即答した。

「奈草北」

「あの、無理して一緒に来なくても」

「何勘違いしてるのか知らないけど、あたしの内申と学力の総合から言うと安全圏は外れる、くらいの線。あたしはアピールしてないだけで、それなりに優等生だから」

 日乃はすまして答えていたが、もし日乃が元々ユキナリと同じ高校を目指していたのなら、奈草北の名前を聞いたときに壁を感じるのは変だ。

「でも今決めただろ、それ」

「もともと特に決めてなかったしね。でも上を目指すのは悪いことじゃないでしょ」

「いや、にしたって同じくらいのところでも他に選択肢あるだろ。お前、お金のかかる私立には行きたくないって言ってたじゃん。なら滑り止めのお世話にならないように、公立は安全圏から選ぶと思ってたんだけど」

「あたしも受けるの、嫌なの?」

 なんで日乃は自分と一緒にいてくれるんだろう。哀れみか? 「幼馴染だから」という義務感か? それは高校という今の自分たちの人生にとって相当に重要な決断を動かすものにはならないことを、自分も日乃も知っているはずだ。まさか恋なんていうものであるはずがない、それも良く分かっている。

「いや、全然嫌じゃないけど」

「なら何が問題なの?」

 誰かと一緒にいるためにより低い目標を選ぶことが、プラスに働くことが少ないことを日乃は良く分かっている。日乃はそこまで頭が悪いわけではない。だから日乃が安全に合格出来る高校をユキナリが受けることを、日乃は良しとしない。でもこの選択は日乃が渡らなくて良い危ない橋を渡るものだ。ユキナリがいなかったら、日乃はこんな選択をしなかったはずだ。

 ユキナリは自分の中の疑問を口にすることにした。《人の心ってどうなっているんだろう》、その問いに直結する疑問だった。

「ただ、分からないんだよ。なんでそんなに一緒にいてくれようとするのか」

 その言葉に、日乃はすこしだけ悲しそうな顔をした後、一切の反論を許さない強いまなざしで言った。

「ユキナリが行くって言ったからだよ」

 ユキナリが知りたいことは、何一つ分からない答えだった。でも、その言葉の力強さは、ユキナリに「これで良いのかもしれない」と思わせるのに十分なほどだった。

 日乃の瞳が強い光を秘めていた。ユキナリの目には、日乃の名前の通り、それが太陽光のように見えた。


 結局日乃はユキナリと共に合格し、二人で新しい環境に進むことになった。

 そのまま、現在に至る。


 ユキナリと日乃と、あまり多くない乗客を載せた電車がそれなりに大きな音とその割に小さな振動を以て、赤い屋根の駅舎に止まった。ドアが開いて、私服の学生たちがちらほらと降りる。

「ほらユキナリ、降りなきゃ」

もの思いに耽っていたユキナリに日乃が呼びかけた。パブリックスペースでは下の名前。それが中学の頃に取り交わした協定だ。

「あ、ああ」

 若干呂律の回らない返事をして、発車前のメロディが流れるホームに降りる。 赤い木造の駅舎というと、なんとも田舎っぽい感じだが、ユキナリたちの高校があるまちは、雑誌で紹介されるような店も沢山ある小洒落たところだ。駅もみすぼらしい要素はかけらもなく、その歴史と素朴なデザインによって住民やここに来る学生に愛されている。もちろん、ユキナリも日乃も一目で気に入った。

「ユキナリー、ちょっと急いだ方がよくないかな?」

「……ああ、うん」人が増えたせいでさらに硬くなったユキナリは答えた。


 改札を抜けたロータリーで、右手に握った傘を見やる。一見なんの変哲も無いこの傘は、ただの雨除けの道具ではない。サンドバッグを渾身の力で殴りつけても歪み一つ出来ない特殊な材質で出来ているという触れ込みの護身用傘だ。これはユキナリにとっては他者から精神的に自分を守る《鎧》だった。これを持っていれば多少は落ち着くことが出来る。

 雨が降ればいい。蛇の目でお迎えに来て欲しい訳では全くないけれど、堂々とこの傘をかざせる。降らないにしろ、せめて曇天。せめて降水確率40パーセント。


 駅から学校までは真っ直ぐな桜並木の大通り。1キロメートル強の少し長い通学路だ。道の両側には幾つも店が立ち並ぶ。格式高い老舗やアンティークショップ、お洒落な菓子店などなど。晴れた空の下、日の光を浴びる大通りの姿が、日乃や道行く他の学生にはよく合っても、ユキナリは全く相応しくないように思えた。その日乃が、かなりの速さで先を歩きながら口を開く。

「ほらほら、見てよユキナリ、この通り葉桜終わっても綺麗よね?」

「う、うん」

「おー、あのお店今度新メニュー出るんだ。今度行こうよ?」

「あ、ああ」


 通行人全ての視線が自分に向けられ、物理的に突き刺さるように感じるのは九割方は自身の錯覚。過剰な自意識の成せる業であることをユキナリは自覚しているが、早足になることを止めることは出来ない。傘なんて持たなければ極端に浮いた気もしない、というのは解っている。それでもこうして晴れの日も持ち歩かなければならないのが現在のユキナリであった。


 明るく話し続けてくれる日乃に上手い返事を返せないまま、ユキナリは慎重にあたりを注意しながら、右手を握り、せかせかと神経質に足を進める。同じ方角へ歩く大半は同校の奴らで、一人で登校する者もいれば仲間同士で歩く奴らもいる。昔なら「ちんたら歩きやがって、余裕だな」と吐き捨てるところだが、体が滑らかに動かない。強化傘を握りしめる右手に力が入る。


 この軽く小さな剣が実際に役に立ったことは一度としてない。自分を攻撃してくる奴などめったにいないし、攻撃されたらされたで、ジャファルのように武器を振るってやられる前にぶちのめすなんてことは少しも出来ない。せいぜいなんの反応もせずにやられ続け、悪夢が長引かないようにするだけである。

「おっそーい!! 早くしろ、遅刻になっちゃうよー」

 いつのまにか日乃はもう校門のあたりまで行っている。遠くからデカい声で呼びつけないでくれよ、視線を向けられる。


 学校の正門を通り過ぎた。自覚ありの自過剰と、完徹による寝不足のせいで、朝から障気がユキナリの周りを渦巻いている。きっと今すごい顔をしていることだろうとユキナリは思い、早速今日一回目のため息。本当に清々しい朝の空気には似合わない。前方にはクラスメイトがかたまって歩いているが、会話の断片も聞きたくはない。新しい環境でやり直すとはなんだったのか、中学の頃程ではないにしろこれが今の自分の状況だ。目的地は教室。さっさと自分の席につこう。とりあえずは、下駄箱の日乃のところへ。


『遅起きは置いていくからね!』


 テキストが音声つきで脳内にリフレイン。ユキナリは更に早足になろうとしてつんのめり、

「もう、何やってんのよ」前方の日乃が笑う。

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